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[3]ベトナム戦争から生まれたPTSD

高原耕平

ベトナム帰還兵の問いかけ――PTSDと政治の関係

 前回までは、現代の自衛隊のメンタルヘルス対策に焦点を当ててきた。

 いったん視野を広くとってみたい。現在の自衛隊メンタルヘルス対策の中核にあると考えられるのが、「PTSD」の予防である。そのPTSDの成り立ちを見てゆくと、そもそも防衛省(政府)が隊員のPTSDあるいはトラウマ対策を率先して行ってゆくことが、はたしてどのような意味を持つのか、という新たな論点が見えてくる。

 PTSD(Post Traumatic Stress Disorder 心的外傷後ストレス障害)とは、トラウマとなる出来事(Traumatic Stress)を体験した後(Post)に、その記憶が原因となって、心身にさまざまな深刻な変調(Disorder)を来す、という精神疾患の考え方である。

 別の言い方をすれば、衝撃的な記憶が身体にこびりつき、人生の意味の一部としてゆっくりと言語化することができず、日常生活がその記憶に振り回され、健康な生活が損なわれている状態である。

 典型的な症状には次のようなものがある。フラッシュバックや悪夢というかたちで、自分が望んでいないのに出来事の記憶やその一部がくりかえし意識に現れること(侵入)。再び恐ろしい出来事が生じるのではないかと気分が張り詰めてしまい、不眠などに陥ること(過覚醒)。出来事に関係するような場所や人や状況を生活のなかで避けようとすること(回避)。これらの症状が長く続く場合、PTSDの診断がなされうる。

 PTSDは1980年にアメリカで精神医学の正式な疾病として認められた。日本には、1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件を大きなきっかけとしてPTSDが紹介・導入された。そのため、「トラウマ」やPTSDというと、震災などの大規模災害をまず思い起こす方が多いかもしれない。だが、PTSDの直接の源流は「戦争」のトラウマにある。

「ベトナム帰り」と「特攻くずれ」

 PTSDは、ベトナム戦争から生まれた。

 1960年代から70年代、アメリカは泥沼のベトナム戦争にのめりこみ、従軍したアメリカの若者の多くが深刻な精神的ダメージを負って帰国した。かれらはさまざまな問題を抱えていた。「フラッシュバック」や悪夢、不眠。自分が戦地で行った行為や、戦友を喪ったことについての罪責感。アルコール中毒、薬物中毒。自殺願望や未遂。感情のコントロールができないこと、異性関係や家族の破綻、仕事が長続きしないこと……。これらは俗に「ベトナム後症候群」と呼ばれ、社会問題化していた。

 いわゆる「ベトナム帰り」は、ハリウッド映画のキャラクターのひとつとなった。 ・・・続きを読む
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筆者

高原耕平

高原耕平(たかはら・こうへい) 大阪大学文学部博士後期課程

大阪大学文学部博士後期課程(臨床哲学専攻)。大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム所属。1983年、神戸生まれ。大谷大学文学部哲学科卒。研究テーマは、トラウマに関する精神医学史、ドイツ哲学、阪神淡路大震災。最近の論文として、「反復する竹灯篭と延焼 阪神・淡路大震災における〈復興/風化〉と追悼の関係」(『未来共生学ジャーナル』3号、2016年)など。