2016年09月13日
2014年1月下旬、シリア内戦の終結をめざすアサド政権と反体制派の代表組織「シリア国民連合」による和平協議「ジュネーブ2」がスイスで開かれた。その前にシリアの様子を見ておこうと、ダマスカスに入った。首都はかなり平穏を取り戻しているようだった。
私がダマスカスに入った時、反体制勢力が支配しているダマスカス東部や南部では政権軍が包囲攻撃を続けていた。私がカイロからインターネット電話を通じて取材したダマスカス南部のマアダミヤも含まれていた。
シリアでの取材は、すべて情報省の外国メディア担当を経由することになる。ダマスカスの郊外に出る場合も、要人とのインタビューもすべてである。ただし、ダマスカス市内の許可証を出してくれるので、市中心部に出て、市民の話を聞くことはできたが、情報省に登録した通訳兼案内人を連れて行かねばならない。現代の中東では、最も厳しい報道管理である。
この時は、最初にアリ・ハイダル国民和解相のインタビューができた。その時、前年12月末にマアダミヤと停戦が成立した、という話が出た。合意後に、国連世界食糧計画(WFP)がマアダミヤに食糧を搬入した、という。マアダミヤは政府の兵糧攻めで子供たちが餓死しているという地域で、停戦の話は初めて聞いた。
国民和解相によると、停戦によって5000人の民間人がマアダミヤから退避し、3000人の戦闘員が武器を放棄したという。停戦が進めば、電気や水道などの公共サービスも再開し、破壊された建物の再建を始めると語った。
和解相の話は政府の宣伝だろうと考えて、インタビューの「停戦合意」の部分は記事にはしなかった。ところが、その翌日、
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