戦後日本の政治の「質」を問う重要な試金石
2016年07月01日
今年4月に沖縄県で起きた米軍属(元海兵隊員)による女性会社員死体遺棄事件(強姦・殺人の疑い)では、容疑者の軍属が犯行時に公務外で、沖縄県警が米軍より先に身柄を確保したため、事件の捜査妨害や第一次裁判権の扱いなど地位協定上の問題は表面化しなかった。
それにもかかわらず、沖縄県や県民、県議、国会議員らはこぞって「日米地位協定改定」を声高に叫んでいる。沖縄の怒りが爆発した「少女暴行事件」から20年。メディアも繰り返される米兵事件を「地位協定問題」に矮小化し、ステレオタイプの対応と報道に終始している。
国防総省幹部や在日米最高司令官が「一民間人」と思っていた男に、誰がいつ、なぜ「軍属」資格の「特権」(公務中と言えば日本側は身柄を取られ、取り調べもできず、第一次裁判権もなし。公務外でも米側が先に身柄を取れば引き渡し義務なしなど)を与えたのか。
絶大な地位協定特権の「ステータス付与」が、軍内部の恣意的運用に委ねられてきたことが図らずも浮き彫りになったのである。理由の如何では最高司令官の首すら飛びかねない。事件発覚直後、「軍属認定基準の曖昧さ」という重要な問題を取材するよう複数のメディアに再三再四求めたが、とうとう取り上げられることはなかった。
しかし、事態に慌てた日米両政府はシンガポールで6月4日行われた日米防衛相会議で「日米地位協定の対象となる軍属の扱い見直し」について協議に入ることを急きょ決定。日本のメディアもようやく問題に目を向けるようになっている。
日米両政府がとった措置は「軍属」の基準見直しの検討だけである。沖縄県の翁長雄志知事はじめ沖縄県民が求める「地位協定の抜本改定」には「運用改善で対応」(日米両政府)と従来通りの対応を繰り返すばかりで、改定に応ずるつもりは全くないと明言している。
罪のない20歳の女性が元海兵隊員の軍属に殺されても、メディアの要求を無視し、コメントすら拒否した安倍首相や沖縄担当閣僚の対応に唖然とした国民の多かったであろう。今回の事件は、国民を殺されても「それでも日米安保は大事だ」と、改定要求一つできない「米国に物言えぬ政権」の実態を、まざまざと見せつけてくれた。
地位協定は、条文自体はわずか28条に過ぎない。だが、条文の裏には数千の日米合同委員会合意があり、合意内容のほとんどが「密約」とされ、外務、防衛各大臣はもちろん、外務省の地位協定担当者さえ全容は把握できていない可能性が高い。把握できたとしても、把握する気はなく、把握する必要もないと考えている。なぜなら、日米両政府はこれまでも、そしてこれからも永遠に日米地位協定を改定する気はないからである。
戦後70年を経てなお、米軍優先と治外法権を認める条約。それが日米地位協定である。協定によって米軍は日本国内にあっても国内法の適用を除外されている。租税は免除され、入国管理も管轄外で、国内外に出入り自由。検疫も免除されるなど、免法特権を保障されている。空港、港湾・高速道路使用料も日本の税金で賄われ、駐留米軍は無料で自由に使っている。
米軍・関係者の「Yナンバー」は自動車税も5分の1程度に軽減され、基地内の電気、ガス、水道料金は、近年、全額補助はさすがに廃止されたが、8割以上を日本が国民の税金で負担している。国有地は米軍基地にタダで提供され、米軍基地への提供を拒む私・公有地の米軍基地への強制使用手続きも日本政府が代行し、提供施設の借地料も日本の税金で賄われている。基地内の住宅や学校、体育館、隊舎、商業施設や教会、軍用機の格納庫まで日本側が費用を負担し、建設し提供している。
提供された米軍基地には排他的使用権、強大な「管理権」が保障され、日本の領土にもかかわらず日本政府も立ち入れない。このため、環境汚染や火災、事件、事故が発生しても、日本政府はもちろん米軍基地を抱える当該都道府県、市町村には通報されず、汚染除去や汚染の拡大防止、消火、防災などに加え、被害実態や事故原因の立ち入り検査など再発防止策もままならない状況が続いている。
米軍が不要になった基地を返還する場合でも、米軍が残した重大で危険な汚染物質や不発弾などの除去義務はなく、返還跡地の環境汚染の除去、浄化など「原状回復」義務は日本政府の責任となっている。ところが、米国が日本と同じ敗戦国のドイツやイタリアと結ぶ地位協定(ボン補足協定、米イ地位協定)では、原状回復義務は米軍にあり、日米地位協定が許す米軍機の低空飛行訓練もドイツ国内法(航空法)が適用され、イタリアでもイタリア政府やイタリア軍の許可制となっており、事実禁止されている。
日米地位協定では、頻繁に寄港する原潜など米原子力艦船には、原子力災害対策特別措置法の適用もなく、放射能漏れも十年余たって初めて「米軍の好意」で通報される始末。基地内の工事は米軍の自由に任され、
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