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「イラク戦争は地獄のふたを開ける」

ファルージャ近郊に集結したイラク治安部隊=5月拡大ファルージャ近郊に集結したイラク治安部隊=5月

 イラク戦争を検証した英「チルコット」報告書が、7年もの年月をかけて作成、7月6日に発表に至ったことは、中東諸国でも注目されている。報告書がブレア首相(当時)の判断ミス、情勢認識の失敗を書き連ねていることに対して、「いまさら新味はない」としつつも、「だからいったじゃないか」的反応が主流だ。

 「イラク戦争をすれば100人のビン・ラーディンが生まれる」というムバーラク元エジプト大統領の言葉は、「アラブの春」でムバーラク政権が転覆された今となっては思い起こす者はいないが、同じエジプトの外相アムル・ムーサの「イラク戦争は地獄のふたを開ける」との13年前の発言は、「その通りになっただろう」との文脈で、あちこちで引用されている。

 ブレア元首相は7日、BBCのインタビューで、「それでも世界は(サッダーム・フセインがいた世界よりも)マシになった」と答えたが、これに対して、あちこちで「イラク戦争の前は、「イスラーム国」(IS)も「カリフ制」もなかったではないか」、「これだけの紛争、暴力、テロの蔓延は、イラク戦争前にはなかったというのに」と反論の声が上がっている。

 今世界を覆うすべての元凶がイラク戦争にある、と指摘するメディアの論調は、多い。一年前のCNNのインタビューでは、ブレア元首相自身が「イラク戦争はIS台頭の原因になったかもしれない」と認めているほどだ。

すべての元凶はアメリカだ

 中東メディアの多くは、チルコット報告書では十分ではない、と主張する。ブレアは謝罪すべきだといい、「ブレアは国際刑事裁判所で裁かれるべきだ」という。エジプト国民議会のアラブ委員会議員は、イラク侵攻に関与した者全員を国際刑事裁判所に訴える、と述べた。それを、非アラブであるイランの英語テレビ放送が賛意をもって報じているところが、アラブ、非アラブを通じて共通した憤懣を表している。

 このことは、現在中東地域を覆うイランとサウディアラビアの地域内覇権抗争の危機的状況から見ると、やや奇異に見えるだろう。

 最近展開されているイラクでのIS掃討作戦をめぐっては、ISに対する徹底した戦いを主張するイラク政府と、イランというシーア派イスラーム主義勢力と、IS支配下に置かれたイラクのスンナ派社会への同情を前面に打ち出してシーア派イスラーム主義勢力のスンナ派対策に問題あり、とするスンナ派のアラブ諸国とが激しい舌戦を繰り広げているからだ。

 イランがISの残虐さ、非道さを強調する一方で、アラブ諸国のメディアは、IS掃討作戦を口実にシーア派民兵が宗派主義を振りかざしてスンナ派社会を迫害している、とする。

 だが、どちらの側もすべての元凶が「アメリカ」だとする点で一致していることは、興味深い。イランは、IS発生の背景にはシリア内戦でアメリカが反アサド勢力を支援し続けてきたことがある、と言い、アラブ湾岸諸国は「ISは、アメリカの残虐性とイランの支持者たちが合体してできたものである」「アメリカは(アルカーイダやISのような)スンナ派の民兵活動には手厳しいのに、(IS掃討作戦に関与している)シーア派民兵には甘い」と主張する。

 つまり、イラク戦争の責任者である英米を非難するのは、アラブも非アラブも、シーア派もスンナ派も、変わりない。ブレアの失敗が暴露されたときには、角突き合せているイランとサウディアラビアも対米英批判で一致する。もっともそれは、英米の対中東政策を批判しているときだけしか、両国は意見を一にできない、ということでもあるのだが。

イラク人の意見は

 ところで、肝心のイラク人の意見はどうなのだろうか。

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筆者

酒井啓子

酒井啓子(さかい・けいこ) 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

1959年生まれ。東京大学教養学部卒、英ダーラム大学修士。アジア経済研究所研究員、在イラク日本国大使館専門調査員、東京外国語大学教授を経て現職。専門はイラク政治、現代中東政治。著書に『イラクとアメリカ』(岩波新書)、『イラク・フセイン政権の支配構造』(岩波書店)、『〈中東〉の考え方』(講談社現代新書)、『中東政治学』(有斐閣)等。

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