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「平成の玉音放送」と二つの天皇像

生前退位反対論へのメッセージ

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

改憲問題と生前退位

 参議院選挙の結果、衆参両院で改憲の発議が可能になった。安倍首相は選挙戦では改憲問題にふれなかったのに、選挙直後から改憲に意欲を見せている。憲法を変える政治(憲法政治)の次の段階に日本は突入したのだ。

 憲法のもっとも大事な条文の1つが、象徴天皇を規定した第1条であることは言うまでもない。自民党改憲案ではこの条文も変えようとしている。

象徴としてのお務めについて、お言葉を述べる天皇陛下=宮内庁提供 20160808象徴としてのお務めについて、お言葉を述べる天皇陛下=2016年8月8日、宮内庁提供
 その状況下で「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」がビデオメッセージとして公表された。

 天皇陛下のビデオメッセージは東日本大震災の際に続く2回目であり、おそらく敗戦時の玉音放送と同様の歴史的メッセージと言えるだろう。「平成の玉音放送」という見方も現れている。

 おそらく天皇陛下は直接に国民に語りかけたいと望まれ、宮内庁もそれを尊重して、多くの人々が見られるような日時や形式を選んで放送され、宮内庁のサイトでも掲載された。

 憲法上の制約で天皇陛下は政治的発言ができないので、皇室制度に具体的にふれることは控えられたが、お気持ちを明確に伝えられた。

 そして国民の8割以上が生前退位に賛成しているが(朝日新聞調査では84%、8月6・7日)、必ずしもすぐにはそう進まないかもしれない。なぜなら保守派が反対し始めているからである。実は天皇陛下の「おことば」はこのような反対論を意識して、それに対して「個人として」自らの考え方と御意向を明確に表明されたものと思えるのだ。

生前退位反対論にみられる天皇像

 たとえば、生前退位の意向がNHKで報じられた(7月13日)3日後に『産経新聞』では小堀桂一郎氏(東京大学名誉教授)による「摂政の冊立が最善」という文章(談)が掲載された(7月16日)。――「日本の天皇はその為す所によってのみならず、唯国家元首として在位して頂くだけで、国家にとって十分の意味を有する存在」であって、「天皇御自身は無為であっても、必要な皇室祭祀と国事行為とは、摂政宮殿下に代行をお任せ遊ばされればそれでよい」。皇室典範の増補改訂には大きな検討が必要となるので、「天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である」。だから、摂政を立てるのが最善だ――というのである。

 同じように保守的雑誌の月刊『WiLL』2016年9月号でも、反対論が並んでいる。

――「摂政を置いて万世一系を」(渡部昇一)によれば、生前退位を認めることは「万世一系」の天皇制を揺らがせることになりかねない。

 「『生前退位』とは何事か」(加地伸行)によれば、両陛下は可能なかぎり「宮中奥深くにおいて、静かにお祈りくださらんこと」を願い、「国民の前にお出ましになられない」方がよく、「〈開かれた皇室〉という〈怪しげな民主主義〉に寄られることなく〈閉ざされた皇室〉としてましましていただきたい」のであり、そうすれば公務の「御負担は本質的に激減する」。

 「『ご存在』の継続こそ」(大原康男)によれば、「摂政」や「国事行為の臨時代行」などの形態を活用することが考えられ、「『同じ天皇陛下がいつまでもいらっしゃる』という『ご存在』の継続そのものが『国民統合』の根幹をなしている」。

 「『陛下のご意向』と立憲君主制」(百地章)によれば、立憲君主制のもとでは天皇陛下のご意向に国会や内閣が拘束されるわけではなく、国民の多くが公務の軽減を願っていても生前の「譲位」を認めることとは区別すべきであって、新旧皇室典範の制定にあたって終身制を採用した判断は重いから、必要なら摂政を置き、なお支障があれば慎重に譲位制度を検討すべきである、という。

 これらに表れている天皇観は、

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