メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

日本はイラク戦争検証を議論せよ

リアリストからの提言ー同盟外交のジレンマに正面から立ち向かえ

渡邊啓貴 東京外国語大学大学院教授、国際関係研究所所長(ヨーロッパ政治外交、国際関係論)

自己批判を正々堂々と行う大切さを学ぼう

故キング牧師の写真などを掲げ、反戦を訴える人々=2003年3月20日、サンフランシスコ拡大故キング牧師の写真などを掲げ、反戦を訴える人々=2003年3月20日、サンフランシスコ

 この7月、英政府独立調査委員会が2003年のイラク戦争へのイギリスの参戦の経緯に関する報告書を公開した。結論は、「イギリスは武装解除に向けた平和手段を尽くさないままイラク戦争に参加した。その軍事行動は最終手段ではなかった」というものである。

 当時首相であったブレア氏は自らの判断の非を認めた。筆者はこの件については、我が国でも改めてきちんとした議論を行うべきだと提案したい。イラク戦争をめぐる重要な時期に在米していた経験からもそのことを痛切に望む。その理由は二つある。

 その第一は、日本における外交問題議論のあり方である。

 当時、「親米か(戦争支持)、反米か(戦争反対)」という単純な二者択一の中で、前者こそ国益にかなっているから戦争やむなしと、早い時期のアメリカ支持を訴え、日本人の中だけの議論を展開し、イラク戦争の本質を見誤った人たちは反省の姿勢を示すべきであると思う。それは、国際政治の用語でいえば「バンドワゴン(勝ち馬乗り)」の議論ではあっても、グローバルな視野からの真の意味での「リアリズム」ではないからだ。

 それは本来、別に難しいことではないはずだ。民主主義の下での言論の自由は、責任と反省によって担保されている。過ちを認め、改めるべきは改めて、次なるステップを模索すべきだと思う。過ちを認めたから再起不能になるということではない。そうした土壌では民主主義は育たない。

 みんなおかしいと思いつつ、微妙に論調を修正したり、核心的問題についての議論は回避し、誤った方向に世論が導かれるとするならば、こんな不幸なことはない。それこそ社会全体の危機である。

 すでに私たちは第2次大戦の経験をもっている。発言の自由をうたう民主主義は強い意識を持たないと守ることができない。「自由からの逃走(フロム)」を再び繰り返してはならない。筆者の危機感はむしろそこにある。

 よく考えてみると、アメリカ衰退論についての強い主張は、むしろアメリカの論壇から出ている。ある種のコマーシャリズム的な意味も大いにあるが、自己批判を正々堂々と行うことは、我が国がもっとも学ばねばならないことである。いや、それができない社会に未来はない。表面的な勢いばかりはよくとも、衰退感を払拭(ふっしょく)できない今の我が国の国民感情の底流はそこにある。そして外交論議はそんな国民の精神風土に左右されるのである。

グローバルな視野からの世界観の欠如

イラク攻撃に反対する人たちが集まり騒然とする米国総領事館前=2003年3月20日、大阪市北区拡大イラク攻撃に反対する人たちが集まり騒然とする米国総領事館前=2003年3月20日、大阪市北区

 イラク戦争を再考する必要性の第二の理由は、アメリカとの同盟の本質にかかわる重要なことである。

 イラク戦争が提起した問題は、アメリカという世界最強国が、国際社会の同意を得ずに独断専行を決めたときに(この場合は戦争開始)、同盟国としてそれにどう対応するのか、という同盟国共通のジレンマであった。そしてそれは今後もなしとはしない。

 むしろヨーロッパ諸国にとって、それこそが米欧同盟の歴史であった。それは世界の秩序と日本のその後の命運をかけた重要な議論である。それをなおざりにしてよいというわけはない。

 その意味では、戦争支持を標榜(ひょうぼう)した「リアリスト」に対する戦争反対派「リベラリスト」の方にも、同盟における「ジレンマ」という意識は希薄だった。その意味では、「戦争反対」一辺倒の理想主義平和論者の議論のあり方も再考すべきであろう。日本が平和国家であるから、戦争反対という主張は何人も否定するものではない。しかしそれだけでは「世界の平和のためにイラク攻撃は不可避である」と主張する当時のアメリカを説得することはできなかった。なぜならフセイン大統領を素手でおさえこむことはできなかった結果が戦争という手段の選択を招いたという論法だったからである。

 一体、世界でどのような議論が行われ、それに日本がどのようにして主体的に関わっていくべきなのかという本気の議論がなかったからである。それは今でも同じである。そこでいつものことながら、日米同盟賛成か反対かという、他律的で内向きの議論が繰り返された。そして日米同盟重視ならば戦争支持という主張となった。しかし世界は、イラク戦争の是非と国際社会安定のために何をするべきか、という議論をしていたのである。

 
 そのためには事実の正しい検証が不可欠であった。その時点で間違っていたことを反省する、というのがイギリスの今回の調査委員会の趣旨であった。日本では戦争支持派も反対派も、世界の論調に即した具体的な提案をめぐる議論が本当にはなかった。そこには、グローバルな視野からの主体的で責任ある外交意識が欠如していたのである。

リアリストとしての提言

 それではこの同盟のジレンマへの良策はあるのであろうか。

 筆者は、2002年7月から約一年、ジョージ・ワシントン大学シグール・センター客員教授としてワシントンDCに滞在していた。ブッシュ政権によるイラク攻撃の議論が盛んになり、翌年にイラク攻撃が開始され、5月にアメリカの勝利宣言、8月に国連デメリロ代表が犠牲になり、それ以後アメリカ中心とするイラク統治が失敗の道をたどり始めた時期である。

 ブルッキングス研究所、CSIS(戦略研究センター)、ウィルソン研究センターなどで連日開催されていた会合に出かけ、ホワイト・ハウスや国務省などにもインタビューに出かけた。CSISや大学では自ら報告も行った。手前みそではあるが、筆者はイラク戦争をめぐる米国の状況を現場で最もよく理解した日本人の一人だと自分では確信している。

 そしてイラク戦争が始まる直前に、以下のような論考を東京に送った。

 「日本はいまこそ、日米同盟関係最重視を説きつつも、曖昧な形ではなく国連決議を尊重するという立場を内外に改めて明確にすべきだと考える。国連尊重と日米同盟重視は必ずしも矛盾するものではない。米国に気遣う日本政府関係者の心情もわからないではないが、ここは間口を別に主張しても良いのではないか。(略)」

 「(第二の)理由は、居丈高に拳を振り上げた強者・米国の孤独である。国内でも反戦運動の高まりが見られる中で戦争が行われたならば、米国にとっては、その戦争は短期的で犠牲者の少ないものでなければならない。さもなければ、国内的にも対外的にも米国の威信低下は避けられない。そのときは米国が国際社会で孤立するばかりか、みずから孤立主義に立て籠もるシナリオも考えられよう」

 「実は、国連の強い支持が欲しいのは他ならぬ米国である。そのための理を説くことは日本外交の本来の姿であるし、米国のためともなるはずである。それで初めて開戦前の議論に日本がコミットする余地も出てこよう。大国米国の国民感情は傷つきやすく、時に極端な反応をする。強気の米国を前に主張することは勇気のいることだろう。しかし、まさにそこに日本の外交力が期待されている。今からでも遅くはない。」(『朝日新聞』2003年2月17日)

 帰国後、筆者はイラク戦争をめぐる米欧関係について二冊本を出版したが(『ポスト帝国---二つの普遍主義の衝突』駿河台出版社2006年、『米欧同盟の協調と対立』2008年有斐閣)、前者では日本外交のその後の立ち位置について論じた。その意見は今でも変わっていない。

 筆者は自分ではリアリストだと思っている。したがってその主張はとりわけ珍しいものではないとも自分では考える。ぎりぎりまで戦争回避のための努力を日本はすること、それを同盟国や国際社会に印象付けること、ただしそれは戦争に突き進むアメリカに反対するというよりも国際社会の平和の「理」を説くことであった。戦争支持を急ぐ小泉政府にもう少し待って意見を提示することを促したかった。それが上記の記事だった。

日本外交の未来のために不可欠なこと

 もちろん居丈高なネオコン指導者にそれをとくことは難しかった。しかしそれでもアメリカに対して、そして世界に対してそうした日本の姿勢を示すこと、それが日本外交の見識であったと今でも思っている。平和外交とは結局「見識」である。またソフトパワーである。どのようなタイミングで、どのような提案や発言をするかということにその真骨頂はある。それは技術ではない。哲学であり、情熱と共有意識である。

 グローバルな視野から日本の置かれている位置をよく理解し、世界の動きにタイアップした外交論議を行うこと、それはそんなに難しいことではないはずである。後に聞いた話だが、実は当時の在米日本大使館からはイラク戦争支持を遅らせる進言が東京に発出されていた。残念ながらそれは十分に検討されず、大勢に掉(さお)さす議論として処理された。

 「湾岸トラウマ」の亡霊から「バスに乗り遅れるな」という心境ばかりが先行した。実はいち早い日本のイラク戦争支持は、逡巡する韓国・タイなど東アジアのほかの国を戦争支持に傾けさせる影響力は持った。国内ではあまり理解されていないが、これこそ当時アメリカが最も感謝したことだった。安保理で孤立し、独仏に支持されないアメリカは実は国際的に孤立しかけていたのである。そうした認識も希薄だった。そして日本外交は依然として真の意味でのグローバルな視野からの外交へ脱皮したようには思えない。

 イラク戦争をめぐる過去の検証によって、あらためて日本外交の今日の姿がはっきり浮かび上がってくるだろう。それは犯人捜しの議論ではない。むしろ日本外交の未来のために不可欠であると筆者は強く思う。

・・・続きを読む
(残り:約22文字/本文:約3922文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

渡邊啓貴

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか) 東京外国語大学大学院教授、国際関係研究所所長(ヨーロッパ政治外交、国際関係論)

1954年生。東京外国語大学卒業、慶応義塾大学・パリ第1大学大学院博士課程修了、高等研究大学院客員教授(パリ)、リヨン高等師範大学校、ジョージ・ワシントン大学シグール研究センター客員教授、在仏日本国大使館公使、雑誌『外交』『Cahiers du Japon』編集委員長などをへて現職。『ミッテラン時代のフランス』芦書房、『ポスト帝国』駿河台出版、『米欧同盟の協調と対立』有斐閣、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』大修館、『シャルル・ドゴール』慶応大学出版会、『現代フランス』岩波書店など。

渡邊啓貴の新着記事

もっと見る