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「都庁総懺悔」ではすまされない「豊洲の謎」

敗戦のような「都庁の失敗」

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

自己検証調査報告書における捏造と責任転嫁

 豊洲問題について、都の調査特別チームが「豊洲市場の地下空間設置と盛土がなされなかったことに関する自己検証報告書」をまとめ、9月30日に小池百合子知事が記者会見でそれを説明した。盛り土がなされなかったことについては、2008年の技術部門での内部検討から13年2月の実施設計完了まで5段階の過程を示したが、責任者を特定できなかった。

小池百合子・東京都知事拡大小池百合子都知事は「責任の所在」をどこまで明らかにすることができるだろうか
 そこで小池知事は「いつ誰が、という点は、ピンポイントで指し示すのは難しい。流れの中で、空気の中で進んでいった。それぞれの段階で責務が生じる」とした。

 敷地全体で盛り土をしたという説明を続けた点については「誰も気づかず、チェックさえなかったという恥ずかしい状況」と述べた。二人の市場長も知事に続いて会見して謝罪した。

 私はこの報告書を読んで、ここに示された実態は、日本の無責任体制を典型的に示していると思った。

 限られた時間の中で作られた報告書であり、内部での調査だから、もとより限界がある。会議の議事録がないので、関連する5人の市場長や関連部署にヒアリングを行い、その結果をまとめたものだ。気づかなかったという当事者の説明をそのまま記載している。「いつ、どの時点で誰が盛り土をしないことを決めたのか」という小池知事の問いに明快な答えが出てこないのも当然だ。

 この点には多くの人が不満を持った。誰かが決めたはずなのに決定者がわからないのだから、この「豊洲の謎」(朝日新聞、10月1日付)に奇異な思いを感じる人も少なくないはずだ。現に会見を聞いた都民や市場関係者からは怒りや不信の声が聞かれた。

 案の定、都議会ではこの調査に批判が相次いだ。そこで10月5日に小池知事は、歴代の市場長については退職者も含めて責任の所在を明確にし、その他の幹部職員についても懲戒処分などを行う意向を明らかにした。そのためには個々人の役割と責任を明確にすることが必須である。

 さらに報告書では、技術会議が平成20(2008)年12月25日に独自提案として地下のモニタリング空間(地下水のモニタリングのための空間)を提示したとし、東京都はそれと整合的な資料を技術会議のサイトに追加掲載した。ところが都議会における公明党議員の追及により、これは技術会議ではなく都の側の提案であることが判明した。

 市場長がこの点に関する誤りを認めて、東京都は訂正に追い込まれた。つまり実際には東京都の提案であるのに、技術会議の提案であるかのごとく偽って報告書を作成していたわけである。そこで小池知事は10月7日に「残念、遺憾としか言いようがない」と述べて、次はヒアリングではなく聴取に近い形で第2段階の調査書を作る方針を新たに表明した。

 つまり、調査書が無責任構造を描き出しているだけではなく、調査書そのものにおいて東京都の責任を技術会議に転嫁していたわけである。ますます東京都の問題が浮き彫りになった。真相が究明されなければならない。

縦割り行政による無責任構造

 とはいえ、この報告書が無意味であるというわけではない。これを額面通りに受け取ってすら、深刻な問題点が明らかになる。このような事態が生じた構造上の原因を都の行政内部に限っては浮き彫りにしているからだ。

 報告書の「要因分析」で述べられているように、ここに描かれているのは典型的な縦割り行政の問題である。まず技術部門の内部で土木部門と建設部門との間のコミュニケーションが課長以上において不十分だった。

 そして技術部門と官房部門(事務系)との連携は不十分極まりなかった。何しろ、統括すべき市場長(事務系)においても、5人のうち4人までは全面的な盛り土がなされていると思っていたというのだ。虚偽が判明した技術会議の提案のあとで、技術部門の内部でモニタリング空間の建設が検討されてコンセンサスとなり計画が変更されたので、全面的な盛り土ができなくなったとされている。

 この空間の存在と全面的盛り土がなされなかったことを知っていた唯一の市場長も、矛盾や問題点に気づかなかったという。さらに本庁(官房部門)と築地(技術部門)との分離を背景として指摘する人もいたという。

 要は、技術部門内部における縦割り、そして技術部門と事務部門との縦割りが存在していて、その間の連携ができなかったということだ。横の連携だけではなく、市場長に至る縦(部下と上司)の連携も不十分だった。そしてその誰もが十分な主体的な責任意識を持っていなかったようだ。

 すでに虚偽が判明した以上、この説明の正確さは疑わしい。本当の決定者が黙っているのかもしれないし、周囲もかばっているのかもしれない。けれども、必ずしもそれだけではないだろう。確かにある人は提案し、ある人は検討して賛成し、ある人は実質的な決定に関与し、ある人はその報告を聞いて承認したのだろう。この人々には確かに責任があるから、それを明確にすることが必要だ。でも集団的な過程として行われたがゆえに、「自分が決めた」という自覚を誰も持っていないのかもしれない。そこで「誰が決めたのか」と問われても、「自分が決めた」と責任を認める人がいない。

 報告書の公表の際に小池知事が、評論家である山本七平の『「空気」の研究』に言及したように、このような現象は日本文化論や日本行政研究ではよく知られている。無責任の構造や縦割り行政の問題そのものである。この周知の現象があまりにも典型的な形で都庁の中に存在していて、かくも膨大な損失をもたらしたのである。

「膨大な無責任の体系」による「都庁敗戦」 ・・・続きを読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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