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英国がEUから離脱しても、統合は進む

――現実主義者の欧州統合擁護論

渡邊啓貴

 9月に行われた、イギリスの代表が招待されなかった初めてのEU首脳会議では、難民問題をめぐる亀裂が大きかった。難民受け入れの分担制について、中・東欧諸国、とくにヴイシェグラード四か国(チェコ、ポーランド、ハンガリー、スロバキア)の強い反対が顕著だった。

 難民割り当て・緊縮財政をめぐるドイツのイニシアティブに対する批判も強い。統合のイニシアティブが揺らいでいることのあらわれだ。しかし同時に、来年3月のローマ条約(EEC設立条約)60周年記念首脳会議には新しい方向性を打ち出すことも約束した。欧州統合の行方を考える。

欧州統合はリアリズム

イギリスのメイ首相=ロイター拡大イギリスのメイ首相=ロイター

 6月23日に実施された英国のEU離脱をめぐる国民投票で離脱派が勝利したが、イギリスの離脱をめぐる行方は杳(よう)として知れない。

 不安を払しょくするために、メイ首相は、来年3月には離脱を通告すると表明したが、離脱交渉に向けた青写真とその準備がどこまで整ったかは不明だ。

 EU崩壊論がかまびすしい。

 ギリシャ財政危機、ユーロ危機、ヨーロッパへの大量難民、無差別同時多発テロ事件の頻発と移民、反EUポピュリズムの盛り上がり、そしてウクライナ問題など、統合は「マルチ・クライシス」の中に埋没してしまうのではないか。EUが難局に直面して各国に動揺と不安感が漂っていることはたしかだ。

 しかしEUは分裂するだろうか。

 筆者の答えはノーである。平和と安定、民主主義と市場経済を通した共通の繁栄をうたった欧州統合は確かに理想主義である。しかし今日の統合の論理は忽然(こつぜん)としてわいた夢の論理ではない。またイデオロギーや宗教的な理想でもない。それは長い年月を経て培ってきた欧州の総意とコンセンサスが基礎となった必然的な産物だ。

 筆者なりの表現でいえば、統合とは、共通の危機を克服するための「国境を超えたリストラ(構造再編)」を通した一元化の論理である。

 そしてそれに向けた意思の力が衰えない限り、統合は停滞し、後退することはあっても、潰(つい)えることはない。筆者の楽観論は単純な理想主義ではない。むしろ現実主義を基礎にすればするほど、統合は必然的だという議論である。

 もし統合が挫折するとすれば、各国の指導者たちが統合をあきらめ。放り出してしまった時だ。そのときこそ、真の意味で、欧州統合は危機に直面する。かつてポール・アザールが「ヨーロッパ精神の危機」と呼んだ状況こそ、真の危機なのだ。

「国境を超えたリストラ」

EUからの離脱が決まった国民投票のやり直しを訴える若者たち=6月28日、ロンドンのトラファルガー広場拡大EUからの離脱が決まった国民投票のやり直しを訴える若者たち=6月28日、ロンドンのトラファルガー広場

 域内市場統合が達成される90年代初めのころから、筆者は欧州統合を「国境を超えたリストラ」と考えるようになり、それ以来1980代以後のフランス政治・社会をそのような視点からずっと考えてきた(拙書『現代フランス、「栄光の時代」の終焉、欧州への活路』、岩波書店2015年参考)。

 現代のヨーロッパ統合とは、先進各国が一国で解決できない経済・社会問題の解決のためにリスクを共有し、規模のメリットによって危機を克服していこうという現実主義である。

 共有する困難を克服するために一国経済・社会の枠を超えて、新しい制度構築と構造改革を試みることこそが統合の本質だ。その意味では統合とは現実主義である。

 例えばしばしば理想化して語られるが、1950年代初めの欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の出発は、より喫緊の問題として、西欧諸国の戦後復興が背景にある。そのために、アメリカはマーシャル・プランという復興援助を行った。西欧諸国が援助受け入れのために統合計画を作成することを望んだのはアメリカであった。

 1985年の域内市場統合のよびかけは、70年代から80年代にかけてのユーロペシミズムに苦しんでいた西欧先進国諸国の窮状が背景にある。サッチャリズムという「小さな政府」、ミッテラン社会主義による「大きな政府」、いずれの側にも正解はなかった。だとすれば、これまでの規制の枠組みを問い直すしかない。

 そしてそれに合わせて各国の枠組みを再編する。それが関税統合や共通通商政策を達成し、通貨統合を試みていた欧州の次なるステップ「域内市場統合」、すなわち非関税障壁の撤廃、「人・モノ・カネ・サービスという四つの自由」だった。

 統合とは危機脱出のためのリアリストの「手段」だった。

 一時期、ユーロ危機が騒がれたが、2012年に欧州安定メカニズム(ESM)が制定され、EUとして財政支援が可能となった。また、キプロス・ギリシアの財政破綻の元凶となった銀行管理の制度化も「銀行同盟」という形で進んできた。ギリシア財政危機は収まってはいないが、危機をバネにして、ユーロ圏全体としてはセーフティネットが構築されてきたというのが現状だ。

嵐の前の静けさか

 今後イギリスの国民投票の結果を受けて、ヨーロッパ諸国での反EUの勢いがそんなに急速に拡大することはないと、筆者は考える。

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筆者

渡邊啓貴

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか) 東京外国語大学大学院教授、国際関係研究所所長(ヨーロッパ政治外交、国際関係論)

1954年生。東京外国語大学卒業、慶応義塾大学・パリ第1大学大学院博士課程修了、高等研究大学院客員教授(パリ)、リヨン高等師範大学校、ジョージ・ワシントン大学シグール研究センター客員教授、在仏日本国大使館公使、雑誌『外交』『Cahiers du Japon』編集委員長などをへて現職。『ミッテラン時代のフランス』芦書房、『ポスト帝国』駿河台出版、『米欧同盟の協調と対立』有斐閣、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』大修館、『シャルル・ドゴール』慶応大学出版会、『現代フランス』岩波書店など。

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