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トランプ勝利とTPP採決、日米どちらが深刻か

民主主義的批判が力強いアメリカ、国会審議が地に堕ちた日本

小林正弥

トランプ勝利翌日のTPP採決強行

 事前のほとんどの選挙予測に反して、ドナルド・トランプ氏が11月8日に米大統領選で勝利した。アメリカに関しては9・11以来の衝撃だろう。

 トランプ氏は暴言で知られ、人種差別主義者とか性差別主義者・排外主義者・半知性主義・極右などと批判されている。既得権益を持つエリート(エスタブリッシュメント)の政治を批判して当選した。彼の主張したような政治は学問的にはポピュリズムと呼ばれており、彼が右派的ポピュリストであることは間違いない。

 その主張の主要な柱の一つがTPP(環太平洋経済連携協定)合意への批判であり、就任初日にTPPを離脱するとしている。そこで当選翌日には共和党上院トップ(マコネル院内総務)が今年のTPP法案の提出はないと明言し、続いてオバマ政権もTPP承認を断念した。

 民主党のヒラリー・クリントン候補も大統領選挙では反対の姿勢に転じたので、TPPの発効はもともと難しかった。ただ、クリントン氏が当選した場合はオバマ大統領の任期中にアメリカ議会が承認し、クリントン氏が就任後に追認する可能性は残されていた。それを期待して安倍政権はTPPの審議を強行してきたのだろう。しかしトランプ大統領の選出によって一切の可能性が絶たれたのである。

衆院TPP特別委で、採決に反対する野党議員らが詰め寄る委員長席を見る山本有二農水相(左奥)20161104拡大衆院TPP特別委で、採決に反対する野党議員が詰め寄る委員長席を見る山本有二農水相(左奥)。日本の民主主義も深刻だ=2016年11月4日
 それにもかかわらず、トランプ選出の翌日に衆議院本会議でTPP承認案と関連法案の採決を与党が強行した。

 野党が共同提出した山本有二農林水産相不信任決議案を否決して、TPP採決には民進・自由・社民が退席し、共産が反対した。

 不信任決議案の提案理由において民進党・福島伸享氏がこのタイミングの採決を「悪い冗談でなければ、究極的に間抜けであり、世界中に恥をさらしている」と批判したのは、言いえて妙だろう。

世界的なポピュリズム台頭による経済的グローバリズムの破綻

 TPP発効の可能性が事実上なくなり、日本の議会で成立したからといってTPPそのものによってすぐに実益ないし実害が生じることはなくなった。

 与党や経済界などの推進派は落胆しているだろうが、農業の壊滅や食品の安全、医療制度などに対するダメージを懸念していた反対派は、胸をなでおろしたかもしれない。日本国内の抵抗による衆議院可決の阻止はできなかったが、天祐のようにアメリカ政治が阻んでくれたからである。

 しかし単に喜んだり悲しんだりするのではなく、この原因を洞察することが必要だろう。トランプ氏の勝利は、イギリスのEU離脱決定と同様に事前の予測に反していた。識者の予想を超えてそれぞれの国民に既存の政治に対する不満や鬱憤がたまっていたのだ。フランスをはじめEU諸国で右派的ポピュリズムが台頭しているのも同じ現象である。

 この最大の要因は、新自由主義的な経済的グローバリズムの推進が各国の中層ないし下層の人々に没落や貧困を招いたことにある。それが西欧においては移民やイスラーム系の排除を訴える右派的ポピュリズムの台頭を招くことになった。

 トランプ勝利についても没落する白人層の支持が一般には注目されており、その勝利は右派的ポピュリズム勃興の最大の表れである。経済的グローバリズムはひとまずは頓挫したことを認識すべきだろう。

 ところが日本では現在の右派政権がこれを推進しようとしていた。国内経済政策ではこれは、ネオ・リベラリズム(新自由主義)ないしリバタリアニズムと連動している。日本では中曽根政権あたりから始まって小泉政権で頂点に達し、今も続いている。民主党の菅直人政権が推進し始めたTPPは環太平洋地域におけるその表れであり、政権交代後も安倍政権が引きついで強行しようとした。

 思想的にはナショナリズムの強い右派政権は、経済的グローバリズムとは必ずしも整合的ではない。グローバル化を徹底すれば、国内の文化や伝統が破壊されかねないからである。それにもかかわらず政権はTPPを強引に推進しようとしているために、世界的な経済的グローバリズムの破綻によって「間抜け」とか「恥」と批判されるような失態を演じてしまったのである。

 日本政府は安倍晋三首相とトランプ氏との会談などでTPPの批准を説得しようとしていると報じられているが、新大統領との関係を考えると外交的にも得策とは思われない。

地に堕ちた国会と三権分立侵犯

 実害がなくなりそうだからといって、この強行採決に表れた問題を見過ごすことはできない。 ・・・続きを読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院人文社会科学研究科教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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