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「今日の結果はDisasterである」

11月8日(火) 朝からとてもよい天気だ。これで投票率も上がるかもしれない。午前7時にホテルから取材に出発。まずはNY5番街のトランプタワー前に。驚いたことに、入り口前の道路には食品衛生局の大型トラックが何台も駐車していて、一般車両や抗議する人々が近づけないように厳戒態勢がとられている。ちょうど、日本の機動隊の通称カマボコ車両がデモ規制で道路をふさぐようなのと同じ。道路を挟んで向かい側にも警察が鉄柵を設置して、車道を渡れないようにしている。警察官がかなりの数出動している。中継カメラも含めてメディアが多数。簡単にリポートをとって、投票所取材へ。

 まずはマンハッタンを離れてスタテン・アイランドへ。NY州はもちろん民主党の牙城だが、このスタテン・アイランド地区は共和党が歴史的にとても強い地域だ。ブルーカラー層が多い。あとイタリア系移民も。

 車で1時間近く走り、投票所に着くと、朝から次々と住民たちが投票にやってきている。話を聞いてみると、圧倒的にトランプ支持者ばかりなのに驚かされた。それも半端ではない熱狂的な支持という感じなのだ。投票所の第23公立小中学校の真向かいの住宅地には、トランプ支持のサインと星条旗とともに何とトランプの旗を掲げている民家があるではないか。その家の主にインタビューをしていたら、ここでは数少ないヒラリー支持の住民が「投票所の前にサインを掲げるのは違法だ!」と喧嘩を売って来た。

 と言ったって、投票所にやってくる住民たちは胸に堂々とトランプ支持の缶バッジをつけていたり、トランプTシャツを着ていたりするのだ。そんなことはアメリカでは当たり前だ。日本ではTシャツ訴訟という裁判にまでなってしまっているけど。文化の違いでは済まない。何が済まないかと言うと、もちろん、日本の方で表現の自由が極端に制限されていることを言っているのだが。

 その後マンハッタンに戻って、かつてボブ・ディランらが住んでいたグリニッチ・ヴィレッジ地区の第41公立小中学校の投票所へ。何と数百メートルの長蛇の列。ここでは投票所のなかでも比較的自由に取材が出来た。大変な数の人々でごった返していた。こちらの地区は圧倒的にヒラリー・クリントン支持者が多かった。アッパーウエスト地区にも行ったがこちらは数が少なく取材を見送った。朝の両候補の投票風景では、クリントン候補は「謙虚な気持ちで責任の重さを感じている」と話していたのに対して、トランプ候補は投票所でブーイングも聞かれたという。

 トランプ陣営の勝利集会会場に予定されているミッドタウンのヒルトンホテルに行ってみる。かなり小ぶりの会場。トランプ陣営は基本的には外国メディアを締め出しているので、祝賀会場のホールに入れるのは僕らの局全体でもNY支局のわずか2名というありさまだった。ランチをとった後、いったんホテルに戻って情報整理。

 その後、オハイオから今日、NYに「上京」してきて、当選を見届けたいというクリントン陣営の熱烈な支持者ラナ・モレスキーさんの取材。投票結果をウォッチする献金者たちのパーティーがあるという。夫ともども勝利を待ちわびている感じ。ラナさんは大口献金者なので、当選後には本人と会えて記念撮影ができるのだという。

 クリントン陣営の勝利集会が行われることになっているJavits Centerの周りも警備が厳しく、午後6時頃には会場入りを待っている支持者たちの長い列が出来ていた。会場に入れる報道パスの数(有料)が限られていて、僕ら「報道特集」のチームでは僕一人しか入れないことになっている。あとはワシントンDCチーム(3人)と「Nスタ」チームの竹内明キャスターと東京からのカメラマンKしか入れないのだ。パスをうまく使いまわして融通しあうしかない。

 会場全体を見渡せるイントレ(高台のようになっている)には別料金のパスが必要でこれは3枚しかない。「報道特集」Sディレクターのチームは会場近くのメキシコ料理店のウォッチ・パーティーの取材をしている。このJavits Centerは天井をはじめガラスを素材として多く使った構造になっていて、今日はクリントンが悲願の「ガラスの天井」を破る日とするために、あえてこの会場を選んだのだという。

 携帯電話がつながりにくい。さらには馬鹿でかいプレスファイリングセンターもテレビ的には面白い場所ではないので、何とか支持者たちが集まっている会場フロアに近いところで立ち続けて、聴衆とともに開票結果を待ち続けるしかないのだ。

集会会場で、ドナルド・トランプ氏の勝利を喜ぶ支持者ら=9日、ニューヨーク、ランハム裕子撮影20161109拡大トランプ氏の勝利を喜ぶ支持者たち=2016年11月9日、ニューヨーク 撮影・ランハム裕子
 会場の大スクリーンにはCNNの開票特番が流され続けていた。夕方の時間が浅い時刻には集まった聴衆には楽観ムードが漂っていた。それが票が徐々に開くにしたがって、20時35分頃までに、テキサス、ジョージア、オハイオ、ノースカロライナ、ニューハンプシャー、そしてペンシルベニアと次々にトランプ優勢が報じられていく。

 この時点で選挙人の獲得数がトランプ136対クリントン104とトランプ優勢が報じられると、会場の雰囲気ががらりと変わった。とても重苦しい空気が流れ、聴衆の顔から笑みが消えた。

 22時13分には重要州オハイオがトランプ勝利に確定。トランプ168対クリントン122となる。これは大変なことになった。白人のブルーカラーの不満を民主党陣営は拾い切れなかったのだという「敗因」めいた分析が会場の生中継放送中の米メディアから聞こえてきた。聴衆はもはや重い沈黙に包まれていて動けない。一種のショック状態に陥っているのだ。

 23時になって西海岸のカリフォルニア州の投票が締め切られ、ここは民主党の牙城なのでその選挙人の数の票がクリントンに加えられたが、トランプ190対クリントン179。もはやこれまでで、フロリダの選挙人29人がトランプに行くと勝利に向けての勢いが出てきた。

 となれば、これはトランプ新大統領の誕生だろう。とうとうニューヨークタイムズが電子版の速報でトランプ勝利の可能性が80%超と報じたという。アメリカはどこへ行くのか。そんな悠長なことをここで考えている場合ではない。会場外のSらと連絡を取り合って、トランプの勝利集会会場に急遽移動。23時52分に到着。もはや祝賀会場内には入れない。トランプ支持者やメディアでごった返している。沿道にはトランプ支持者たちが集まり始めている。星条旗やUSAコール、ヒラリーを投獄しろというプラカードも。

 会場のヒルトンホテル内外は異様な雰囲気に包まれている。ホテルのバーではトランプ支持者たちが祝杯をあげてテレビをみていた。ひどく酔ってベロベロになっている人が多い。僕らスタッフ内でもささいなことからぶつかる。完全に空気が変わったのだ。クリントン陣営のJavits Centerでは選対責任者が出てきて「今日のところは帰って寝ましょう」と事実上の集会解散を宣言したそうだ。

 26時を過ぎようとしていた。外に出ようとしたら警備の人間に止められた。ホテルから出られない。何が一体どうなっているのか。ホテル内の祝賀会場から着飾ったお祝い客たちが外に出ようとしていたが彼らも止められた。ニューヨークタイムズの電子版にポール・クルーグマンが「民主主義の価値観を共有していると思っていたが、過半数の白人は僕らの考えている理想の国家像を共有していなかった。男性中心主義社会や人種による区別を受け入れていた。今日の結果はアメリカと世界にとってDisasterである」という趣旨のオピニオンを寄稿したようだ。

 ようやく外に出て沿道の人々を取材しているさなかにトランプ氏の勝利宣言の音声がどこからともなく聞こえてきた。どこでやっているんだ? ヒルトンホテルからはパーティー客が帰ってきていたので、おそらくトランプタワーのなかの陣営本部なのだろう。僕はその模様をアイフォンの画面でトランプ支持者でごった返している沿道で聞く羽目になった。クリントン候補から祝福の電話をもらったことから切り出して「すべてのアメリカ人の大統領になる」と宣言した。

 この場所では「多勢に無勢」のクリントン支持者と、トランプ支持者の間で口論が起きている。これまでと全く違うタイプのアウトサイダーが大統領に選ばれた日。まとめのリポートを路上で撮ってホテルに引きあげると、午前4時半を過ぎていた。あしたの動きをどうするか。簡単な打ち合わせ。NYに残留するか。勝敗を左右した激戦州に行ってみるか。それとも予定通りワシントンDCに向かい、リアクションを中心に取材するか。クリントンの敗北宣言やNY証券取引所などは、支局にまかせて、やはりDCで、「何が起きたのか、これからどうなるのか」を中心に取材することにした。午前5時に仮眠に入る。

「Love Trumps Hate!」 (愛は憎しみに勝る)

11月9日(水) 午前7時にホテルをチェックアウト。午前8時のアムトラックでワシントンDCに移動。さすがに眠気と疲労で体がボロボロに近い状態。スタッフやコーディネーターのIさんも同様だろう。移動の車中は貴重な時間。『クレスコ』の原稿。

 11時DC着。ホテルで打ち合わせ。クリントンの敗北演説。なかなか感動的な内容だった。特に自分のあとに続いて生きていく女性に対してのメッセージは心を打つものがあった。アメリカには何だかんだ言ってもまだ、女性の大統領なんか選んでたまるか、という根強い女性蔑視の思想が残っているのだ。マイケル・ムーアが「トランプ勝利 今やるべき5つのこと」なるマニフェストを発表している。中身がある。

 簡単なランチ後にシンクタンク、カーネギー国際平和研究所のジム・ショフ氏インタビュー。今後の日米や米中、ロシアとの関係など興味深い話が聞けた。午後から夜にかけてcalm down。夜、テレビをつけたら、NYやシカゴなど全米の数か所の都市で反トランプの大規模抗議デモが展開されているではないか。特にNYではトランプタワーのそばまで夥しい数の群衆が押し寄せたようだ。一瞬、NYにとどまっていた方がよかったかなという考えもよぎったが、ショフ氏インタビューの中身とあす以降の取材立て直しを考えれば、DC戻りでよかったのかもしれない。

 トランプ勝利について、日本のリベラル陣営の一部に、反エスタブリッシュメントという角度から肯定的に評価した上に、日米安保廃棄の梃子になるなどとの見方をしている人々がいるとか。何をトンチンカンなこと言っているんだと個人的には思うのだけれど。

11月10日(木) 朝、まずはホワイトハウスへ。 ・・・続きを読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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