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[8]人は去る 思い出だけを残して

金平茂紀

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11月15日(火) アメリカ取材の時差ぼけが出て危うく遅刻しそうになる。今日は福井県敦賀の高速増殖炉もんじゅの内部取材だ。家を出る前に朝日新聞の朝刊を見ひらくと、いきなりショッキングな記事が目に飛び込んできて、エッと声が出た。TBSの大先輩、吉永春子さんが亡くなられたとの訃報。吉永さんこそ日本の放送ドキュメンタリーの歴史のなかで、真の意味で、先駆者、挑戦者だった方だ。

吉永春子さん1991年拡大吉永春子さん=1991年
 かつてTBS社内では「お春さん」と呼ばれて尊敬の念を集めていた。僕が新入社員の頃、「あれが『魔の731部隊』をつくった人か」と挨拶に行ったら、「まあ、かわいいわね、お勉強してらっしゃい」とニコニコ顔で軽くあしらわれた。

 だが仕事となると形相が変わる。白石秀人さんというカメラマンが専属のように担当していたし、編集マンも大体決まっていた。北川さんではなかったか。

 編集ブースでは取材に関わったスタッフが全員立ち会い「はい、このカット!」「いいねえ!」などとまるで映画監督のような指示を発していた。今から考えるとものすごい光景だった。

 人脈も幅広く「お春アミーゴ」などと呼ばれていた。ミッチーこと故・渡辺美智雄氏もその一人だった。『キャバレー』『さすらいの未復員』、青い芝の会を扱ったタイトル不明だが障害者のドキュメンタリーもものすごい作品だった。『報道特集』のディレクター時代には、宇野宗佑首相(当時)の愛人の「三つ指発言」を独占インタビューして放送し、ほどなく首相の首が飛んだ。稀代の仕掛け人でもあった。

 同じく会社の大先輩だった田畑光永さんにかつてお聞きした話だが、大昔、TBSの報道局内には資本論勉強会のようなものがあって、そこに吉永さんも参加していたと。そこでお春さんファンだった何人かの男どもが、会が終わったあとお春さんをひそかに尾行したとか何とか。

 最後に吉永さんと会話を交わしたのは、たしか2年ほど前に座・高円寺で毎年開かれているドキュメンタリー・フェスティバルの前だったか。吉永さん特集をやりたいと実行委員の山崎裕さんから「意向を聞いて欲しい」と頼まれてご本人に連絡したところ、電話で「今はまだ書き物の作業をしているので、そのようなイベントに参加する余裕がない」とお断りになられた時だったと思う。電話での会話で吉永さんはテレビの現状を深く憂慮しておられた。ご冥福を祈るのみ。

 10時44分、米原でTら取材スタッフと合流。車で敦賀へ。あいにくの雨模様。もんじゅの原子炉格納容器の中に入るのは初めての経験だが、取材規制がとても激しい。もんじゅとともに人生の大半を歩んできた人たちと話をするのは、複雑でつらい面もあるが、聞くべきことは聞かねばならない。何しろ過去1兆円を超える国民の出費を強いてなおかつほとんど稼働したことがない「夢の増殖炉」なのだから。むしろ政治の側の責任が重いと思う。核燃料サイクル存続を国策として掲げ、3・11以降でさえ、本質的な見直しをまだまだ回避しようとする国の姿勢は、まるで旧日本軍ではないのか。

 夕方の新幹線に飛び乗り帰宅。時差ぼけがひどく、頭が働かない。NHKの宮崎駿の再放送番組をみる。面白い。アニメーション作品にかける思いの根っこの部分が垣間見えるような瞬間が撮影されていた。ドワンゴの代表らを一喝するシーン。テクノロジーにたましいをあずけるアニメ制作のあり方を激しく否定した発言だった。

 時は流れ人はまた去る 思い出だけを残して (江戸アケミ)

9条の条文をまもることと、9条の精神をまもること

11月16日(水) 身心ともに不調で、こういう時には泳いでもダメだ。でも少しだけ泳いだ。午後、南スーダンの自衛隊PKO派遣問題で、東京外語大の伊勢崎賢治氏にインタビュー。府中の外語大キャンパスは、緑に囲まれていて、いい環境だなと思う。

 自衛隊の南スーダン派遣については、根源的な問題は憲法9条との整合性なのだが、政府はPKO5原則がすでに破たんしている現実さえ直視しない。要は、安保法制の初適用の実績づくり。これでは隊員もたまったものではない。何かが腐っているのだ。「憲法9条の条文をまもることと、憲法9条の精神をまもることが遊離してしまっているんです」。これが伊勢崎氏の立場だ。オフレコ部分が興味を引いた。伊勢崎氏はジャズ・トランペッターでもあって、コミュニケーション能力が群を抜いている。局に戻り『神奈川大学評論』の最終校正。『越境広場』の原稿途中まで。

11月17日(木) 朝、寒い。トランプ・ショックの余波。朝日朝刊のトランプ特集を読んでいたら、エマニュエル・トッドが「マルクスが生きていたら、結果に満足していたかもしれません」とは。一体何を言っているんだろう。逆に、マルクスが生きていたら、トッドの記事に大笑いするのではないか。完全に時差ぼけ、いや、これは本当の老年性ぼけか? 

 時差ぼけと加齢ぼけのブレンドがこれ以上進むとやばい。『越境広場』の原稿完成に手間取って夜遅くまでかかる。

 安倍首相がトランプに会うため、政府専用機でニューヨークへ。こんな恥ずかしいお膳立てをしたのは一体誰だ? 駐米大使? 取り巻きの忠臣たち? きちんと取材しよう。

「バッカみたい」な安倍トランプ会談の大騒ぎ

11月18日(金) 時差ぼけで朝早く目が覚めて、テレビをつけると、安倍トランプ会談で大騒ぎ。特にNHKは、番組『朝イチ』を何度か中断して時々刻々と報じている。馬鹿みたい。いや、正確には「バッカみたい」だな。どこの世界にも、どこの組織にも、どこの会社にもいるよな。トップや役員や上司が替わると、人を出し抜いてでも我先にと挨拶に馳せ参じるような輩がさ。属国の属国による属国のための政治。大統領選挙のさなか、ニューヨークでヒラリー・クリントンとだけ会って帰ってきた日本のトップは誰だったっけ? ペルーで開かれるAPEC首脳会議で顔をあわせるオバマ大統領にどんな顔をして握手するんだい?

 何とも憂鬱な気分になったので、泳ぐ。ひたすら泳ぐ。雑事で時間が流れていく。夜、映画『怒り』最終日に滑り込みでみる。力強い作品だ。これを見ると『シン・ゴジラ』や『君の名は。』は、いかにも軽く思えてくる。宮崎あおい、広瀬すず、沖縄の少年役の佐久本宝という人がいい。登場する役者がみな自分の殻を破ろうとしている。深夜、新宿でIさん。開店10周年のN目。

11月19日(土) 本当にひさしぶりに東京の局のスタジオに。プレビュー中も眠くて、眠くて仕方がない。2種類のぼけ・ブレンド(時差ぼけと加齢ぼけ)。南スーダンへの自衛隊派遣と北方領土問題の2本立て。南スーダン自衛隊派遣のテーマでは、青森の高校教諭のストーリーがとても新鮮だった。

 「報道特集」オンエア終了後に21時過ぎから、新宿で『雨にゆれる女』。初日ということで監督と主演俳優の舞台挨拶があるという。甘かった。チケットはすでにソールドアウト。立ち見でいいからと入場したら、マスメディア(僕らの仲間だ)のカメラの放列が多数劇場最後部に。最前列の席はスチールカメラとペン記者に開放されていた。

 舞台挨拶は興味がないので、早く終わって本編を見たいと思っていたら、ほどなく終了。同時にメディアの人々が一斉に帰り、最前列の一列があいた。僕を含めて立ち見客が結構いた。なぜ空いたのに皆移動して座らないのだろう? 少し考えてから意を決して僕は最前列に歩いていってそこで座ってみた。だが他の誰もそのようにしようとしないのだった。NYの映画館では、そういう時、映画館側の人間が、立ち見客を誘導してくれて「座ってご覧ください」と言ってくれたような気がするな。とにかくそうやって座って見ることができた『雨にゆれる女』はよかった。人はさみしき。

11月20日(日) 今日は頭をからっぽにしよう! 朝から泳ぐ。その後、世田谷・シアタートラムでケラリーノ・サンドロヴィッチの『キネマと恋人』。これが大当たりだった。かつて映画が国民のなかに根付いていた時代の映画へのオマージュ。舞台の完成度が高い。虚構と現実の境目をなくすマジックを虚構のなかで見せる。観客席と舞台のあいだの境目まで壊すことを絶対にやらないという意味では古典的な劇作品だ。

 その後、川崎駅まで移動。かわさきジャズ2016の最終日。バンドネオンの三浦一馬らのピアソラ作品の演奏や、山下洋輔・大谷康子・大倉正之助の共演など多彩な顔ぶれだったが、何と言ってもこの日の驚愕は、トルコ生まれのピアニスト、ファジル・サイだった。すげえや。この異才。際立っていた。

「永い言い訳」(C)2016 「永い言い訳」製作委員会拡大「永い言い訳」 (c)2016 「永い言い訳」製作委員会
11月21日(月) 前から見たいと思っていた西川美和さんの映画『永い言い訳』。とても面白かった。そこに登場してくるTVピープルの描かれ方が、あまりにも(ステレオタイプに)えげつなくて哀しくなったことを記しておこう。

 早稲田。講義は「トランプ・ショックとは何か」。ゼミは北海道・浦河にある統合失調症などの人々の自立互助施設「べてるの家」を扱った過去の『報道特集』斉藤道雄さんの20年近く前の作品をみる。こんな番組をつくりたいものだ。その後、インターネットTVで高野孟さんと対談。トランプ・ショックをめぐって。高野さん、Hさんらと少し話をして帰る。

 早く時差ぼけを直さなければ。


筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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