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現実的・実効的な核軍縮の基盤形成が喫緊の課題だ

核兵器の法的禁止と日本の対応をめぐって

戸崎洋史 公益財団法人日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員

多国間核軍縮交渉の前進を求める「L41」の採択

 2016年の国連総会第一委員会で最も注目された決議案は、オーストリアやメキシコなど34カ国が共同提案した「多国間核軍縮交渉の前進」である。その文書番号から各国の政府関係者、専門家、NGOなどの間で「L41」と称された決議案には、「核兵器を禁止する法的拘束力のある文書を交渉するため、2017年に国連の会議を開催する」こと、交渉は「国連総会の手続き規則の下で行われる」こと、さらに核軍縮・不拡散交渉では初めて、国や国際機関に加えて市民社会の代表も交渉に参加することなどが定められている。

拡大国連総会第1委員会で「核兵器禁止条約」の交渉開始を求める決議が採択され、笑顔をみせる推進国オーストリアの外交官(中央)=ニューヨークの国連本部
 10月27日に第一委員会で賛成123、反対38、棄権16で採択された「L41」は、12月の本会議でほぼ確実に決議として採択されるであろう。核兵器に関するいかなる禁止条約が策定されるか、現時点では予断できないが、「L41」の主導国やNGOなどが有力視するのは、最終的な目標である核兵器の廃絶に先行して保有、取得、開発、移転、使用などの法的禁止を設定するという核兵器先行禁止条約(Nuclear Weapons Ban Treaty: NWBT)である。

 日本はこの決議案に、中国(棄権)を除く核兵器不拡散条約(NPT)上の核兵器国、ならびに米国に拡大核抑止(核の傘)を供与される他の同盟国などとともに反対票を投じた。岸田文雄外相は翌日の記者会見で、反対票を投じた理由に、「この決議案が、(1)具体的・実践的措置を積み重ね、『核兵器のない世界』を目指すという我が国の基本的立場に合致せず、(2)北朝鮮の核・ミサイル開発への深刻化などに直面している中、核兵器国と非核兵器国の間の対立を一層助長し、その亀裂を深めるものである」ことを挙げた。

 他方で岸田外相は、交渉への参加・不参加は今後の検討によるとしつつ、「現段階では、交渉に積極的に参加をし、唯一の被爆国として、そして核兵器国、非核兵器国の協力を重視する立場から、主張すべきことはしっかりと主張していきたい」との意向も示した。一見すると矛盾する対応だが、そこには現実主義と理想主義の双方を直視して展開されてきた日本の核軍縮政策が反映されている。

現実的・実効的な核軍縮に対する禁止条約の課題

 「核兵器のない世界」を謳(うた)ったバラク・オバマ米大統領のプラハ演説(2009年4月)は核軍縮の機運を急騰させたが、数年も経たずに核軍縮は停滞、さらには逆行へと向かった。こうした状況への強い不満と失望が、核軍縮を核兵器国や他の保有国に委ねても前進せず、非核兵器国のイニシアティブで推進すべきだとの決意に転じ、国際社会の3分の2の国々による「L41」への賛同をもたらした。

 現時点で仮に核兵器禁止に関する条約が成立しても、「L41」に反対または棄権した核保有国(北朝鮮のみ賛成)や、米国の同盟国が署名・批准する可能性は極めて低い。これに対して推進国は、条約の策定により核兵器に「違法」の烙印を押して(stigmatize)国際規範を確立し、これを梃子(てこ)に核抑止に依存する国々に圧力を加えることを企図している。また、「L41」では、原則としてコンセンサス方式(1カ国でも反対すれば合意に至らない)ではなく、多数決による合意を定める国連総会の手続き規則を交渉会議で採用するとしており、仮に禁止条約の内容や採択に反対する交渉参加国があったとしても、多数派の賛同国が欲するような条約の成立が可能である。

 しかしながら、一概には言えないが、国際規範の確立が当該問題に強い利害を持つ国を含めて国際社会に広く受容および遵守される状態を指すとすれば、「L41」に3分の1の国連加盟国が反対または棄権し、安全保障を核抑止に依存するほぼすべての国がこれに含まれ、条約加盟の可能性も低いという状況を考えれば、NWBTの成立が直ちに核兵器禁止に係る国際規範の確立を意味するとは言い難い。また当然ながら、主権国家体制下では、非加盟国はその条約に拘束されない。NWBTなど禁止条約の成立が、少なくとも現状で、核兵器の数的削減や役割低減といった具体的な核軍縮の進展、ならびに核の脅威の現実的な低減をもたらすとは考えにくい。

 非加盟国や違反国への対応にも課題が少なくない。たとえば、推進国などが示すNWBT構想には、義務の遵守を確認するための検証措置、違反国に対する制裁措置、あるいは非加盟国に不利益を課す措置のいずれも含まれていない。推進国などは、核保有国の当初の不参加を前提に、検証・査察や制裁といった、交渉を複雑化させるとともに、合意には相当の時間を要すると見込まれる措置については条約成立後に検討し、まずは禁止規範の確立を急ぐとの考えを示唆している。

 しかしながら、国家、地域および世界のいずれのレベルでも安全保障に多大な影響を及ぼす核兵器の問題に関して、とりわけ核抑止に依存する国は、他国の善意のみに禁止義務の遵守、さらには自国の安全保障を委ねることはできないであろう。さらに言えば、核兵器の法的禁止に係る遵守の強制には、逆説的だが究極的には、核兵器を保有・取得する非加盟国や不遵守国に対する核抑止力の存在が―これに代わる効果的な強制措置の確立や禁止規範の広範かつ絶対的な受容がない限り―必要になり得るとの難題に、核兵器禁止に係る現在の条約案は答えを示していない。

 核兵器禁止の国際秩序への含意も無視できない。第二次大戦終了後、大国間戦争の不在という意味で、核兵器の存在が国際秩序の維持に一定の役割を担ってきたことは否定できない。他方で、 ・・・続きを読む
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筆者

戸崎洋史

戸崎洋史(とさき・ひろふみ) 公益財団法人日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員

九州大学客員教授、国際基督教大学客員講師などを歴任。専門は核軍備管理・不拡散、核戦略・抑止論など安全保障問題。主要な著書に、『安全保障論─平和で公正な国際社会の構築に向けて』(共編著、信山社、2015年)、『NPT―核のグローバル・ガバナンス』(共著、岩波書店、2015年)など。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程中途退学。博士(国際公共政策)