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[3]五木寛之氏と語る―乱世を生き抜く力と知恵

五木寛之VS島薗進VS鎌田東二

松本一弥 朝日新聞WEBRONZA編集長

※これは、2016年10月29日に上智大学での講演(五木寛之「悲」の力~乱世を生きぬくために)に続く形で行われた、作家の五木寛之氏、上智大学大学院グリーフケア研究所所長の島薗進氏、上智大学グリーフケア研究所特任教授の鎌田東二氏による鼎談(いずれも上智大学グリーフケア研究所とNPO法人東京自由大学の主催)をもとに、再構成のうえ加筆修正したものです。

悲しみの格差が広がっている

鎌田東二さん(左)、五木寛之さん(真ん中)、島薗進さん拡大鎌田東二さん(左)、五木寛之さん(真ん中)、島薗進さん

五木 ちょっととそのへんがね、例えばさっき言ったように、骨が折れた、転んで骨折したっていうその時に、心が折れたっていうのはやっぱり人間の高齢化、それからやがて死を迎えていくっていう、そういうものとつながってくるんで。その中で様々な苦しみとか痛みがあるけれども、問題はさっき僕が言っているように、地獄っていうものは格差がないんですよ。

 ところが今の痛みや苦しみっていうのは格差がある。あるところの人たちはそれを感じない、あるところの人たちはそれを常に感じている。その格差の問題がね、やはり極めて大きくなってるような気がするんですね。悲しみの格差っていうか。それをどういうふうに乗り越えていくかっていうのが大事なことだろうというふうに思っています。

ゆっくりと下山していくことの醍醐味

島薗進さん拡大島薗進さん

島薗 そうですね。乱世を、法然と親鸞の時代、12世紀から13世紀というものを一つのモデルに今考えてきたんですが、これと現代がどう重なるかというふうにちょっと話をつなげていきたいと思うんです。

 五木さんは「下山の思想」とおっしゃっていますね。これは東日本大震災のあとに、そういうことをお書きになっていて、非常に共鳴する。右肩上がりだった時代、あるいは「坂の上の雲」のように上を見ていた時代というのが、戦後も続いてきたんですけども、どうもそうではなくなってきた。そういう感覚を一つには表している。そして山登りをするのも大事なんだけど、ゆっくりゆっくり下りてくる。このときこそが、実は山の醍醐味があるんじゃないかというふうなことをおっしゃっています。と同時に、下山というのは法然がやったことでもありますね。つまり比叡山を下りて……

五木 中退ですよね。

阿弥陀仏のエクスタシー

島薗 聖っていうのは、一回山に入った人が、また巷に下りてきて、人々の悲しみに近づいていく。比叡山の中には当時、格差かどうかわかりませんが有能人が多かった。なかでも法然上人は何度も大蔵経を読んで、「智慧第一の法然房」という大変な人であったんだけれども、何度読み返しても、自分が救われる、悟りが得られるというふうに思えなかった。そのことの悲しみ、そこに法然が持っている悲しみがあった。と同時に、これは、人々が世の中で日々のつらい暮らしの中で感じている苦しみ、それとつながると感じていたと思うんですね。

 ですので、さっき「南無阿弥陀仏」の歌を歌いまして、あまりに明るいので(会場・笑)、ちょっとエクスタシーになりかかりましたですね、我々も。それは本当に「悲」の精神かしら?っていうことなんですが、恐らくそういう法然の中では両方があったと。つまり、悲しみに打ちのめされた自分というものがあり、世の中の人たちとそれがどこか通じる、共感共苦の「悲」の精神があり、その中でこそ阿弥陀仏のエクスタシーもあった。そのへんはいかがでしょうか?

「鎌田さんは根本的に明るいんだよね」

五木寛之さん拡大五木寛之さん

五木 僕はこういう言い方は非常によくないんですけど、鎌田さんは人柄として根本的に明るいんだよね(会場・笑)。だからあなたが何を歌っても明るく聞こえる。反対に、僕は「五木は暗い」って言われ続けてきてますけどね。やっぱりその人の人柄っていうのはあるよねえ。

鎌田 引導を渡されてしまった(会場・笑)。

五木 あなたが亡くなるときも、今みたいに元気に歌って……(会場・笑)。

鎌田 それはそう思ってるんですよ。お祭りのようにね。

五木 だって四国の人は明るいでしょう。基本的に。

鎌田 そうですね。阿波踊りですからね(会場・笑)。

「鎌田さんの苦しかった時というのもあるんです」

鎌田東二さん(左)、五木寛之さん(真ん中)、島薗進さん拡大鎌田東二さん(左)、五木寛之さん(真ん中)、島薗進さん

島薗 でもね、鎌田さんと共に歩いてきましたので、鎌田さんの苦しかったときっていうのもね、あるんです。ね、どうでしょう(笑)。

鎌田 そうですね……(会場・笑)。

五木 苦しい時でも笑顔でやる人なんだ。

鎌田 あのですね、こういう公開の面前で語るべきことかどうかはちょっと恐れますが、こういうことがありました。1985年の6月頃に「鎌田東二に天誅をくだせ。こいつはとんでもない思想を持っている共産党第五列の人間である。国学院大学から追放せよ」という怪文書が神社本庁部課長以上、国学院大学部課長以上に何百枚かまかれたようです。私が33歳か34歳の時、「神界のフィールドワーク 霊学と民俗学の生成」という最初の論集を出す直前にそういうことがあったんです。

 これは私にとっては非常な打撃で、もう自分自身が、自分が考えていることをすっと世の中に伝えようとしたことの出る前にそれが起こった。出版される2カ月ぐらい前。完全に出鼻をくじかれた。僕はそのときに高橋巌という師匠がいて、慶応大学の美学教授もしていたシュタイナーの日本に対する最大の紹介者ですが、「そういうことがあったんですよ。「先生、どうしたらいいでしょうか?」みたいなことを言ったら、「鎌田くん。鎌田くんもやっと一人前になりましたね」と言われた(会場・笑)。

 僕が明るく生きるというか、その攻撃を受け止めることができたのは、その一言や、高橋巌という人の存在があったからだと思いますね。親鸞上人における法然上人のような、そういう人がいてくれた。なので、自分に今起こっていることは、多くの人がいろんなケースで、いろんな形で受けてきた一つの人生の通過儀礼のような出来事にすぎない。あっ、そうなのか、そうしたら自分はそれを一つの糧にして、ばねにして、それを門にしてくぐっていけばいいんだ。それに別に抵抗するまでもなく、そういうところを淡々と生きていったらいいんだなと自分の中で一つの方向性が定まったというか、心が一つの気づきを得た。それ以来、叩かれたり、いろんなこと言われても、「まあそういこともあるよね。こういう性格だったら」って思うようになりました。

言葉をどう受け取るかは受け手次第

五木寛之さん拡大五木寛之さん

五木 それはね、受け止め方の問題ですよ。受け止め方が明るいんだよね(会場・笑)。本当にね、大事な一言でも、それをどういうふうに受けるかっていうのは、その人の持ってる性格があるから。やっぱり受け手の問題なんですよ。だからその先生の言葉だってね、大した言葉じゃないですよ(会場・笑)。

鎌田 グリーフケアの話をしてください(笑)。

五木 いや、僕グリーフのことでね、このあいだ、東北へ行った時に、東京からいろんな方がボランティアで来られて。それで自分たち東北の人間っていうのは口が重いんだ、そういう方たちはとにかく聞くことに徹せよというふうな教育を受けているんで、とにかく聞こうとする。だけど我々は口が重いからあまり話したくない。

 そうするとね、どんどん質問してくるっていうんですよ。「こういうことがありましたか?」「ああいうことがありましたか?」って、根掘り葉掘り聞かれると信用調査されてるみたいでつらいって言うですね。だから話すことが苦手なタイプの人間にとっては、話すことはつらいんだよねぇ。そういうこともやっぱりあるんだよね。

鎌田 私も話すことつらいんですけど……(会場・笑)。

五木 全然そう見えない。

明るさと陰気さとを合わせ持つ宮沢賢治

島薗 鎌田さんは一見明るいんだけれども、でもね、宮沢賢治が好きな同士なので、宮沢賢治は明るくも受け取れるんですけども、悲しい人ですよね。

五木 ええ。あの人の写真見て、みんな「なんて陰気そうな人だろう」と(会場・笑)。

鎌田 でも、「先生はほほうっと宙に舞った」っていう爆発する面もあるんです。ほうっと、跳びはねジャンプしながら生徒に接した。教育の現場の中では、そういう振る舞い方をしてたんですよね。だから子供たちは宮沢先生の破天荒なキャラクターに惹かれた。一緒に外に散歩に連れていったり、いろんなところでおもしろいお話しをしてくれたり、子供たちと一緒に演劇をやったり、「星めぐりの歌」とかの歌を作詞作曲して歌ったりとか。そういう歌や演劇をどんどんやって、子供たちの持ってる創造性をがーっと開花させていった。そういう側面もあるんですね。

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筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞WEBRONZA編集長

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、月刊「論座」副編集長、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務めた。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

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