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[1]「保守=嫌韓」の図式は間違っている

「戦後保守」の「可笑しさ」を指摘し、保守本来の輪郭を浮かび上がらせる

古谷経衡

「保守」という言葉

自民党大会で10代の党員らとともにガンバロー三唱で拳を突き上げる安倍晋三総裁(中央)=3月13日拡大自民党大会で10代の党員らとともにガンバロー三唱で拳を突き上げる安倍晋三総裁(中央)=3月13日

 「保守」という言葉がインフレを起こしている。

 自民党や日本のこころを大切にする党、維新の党などいわゆる「右派」「保守」政党や議員とその支持者はもとより、先に行われた民進党代表選挙でさえも各候補者が自らを「保守」と称した。翁長沖縄県知事も「保守」という言葉を使って自らを形容する。いまや誰も彼もが「保守」を使うようになった。

 本稿はそんな「保守」インフレの時代を踏まえて、改めて「保守」を定義づける、というわけではない。

 西欧で次々と市民革命が勃発した2世紀以上も前の古典の時代の保守のありように立ち返ることは、原義の「保守」とか「保守主義」が持つ意味合いが二重にも三重にもねじれてしまった現在の日本において、もはや思考実験の領域を出ないであろう。

 むしろ本稿の目的は、「保守」を自称する人々の可笑(おか)しさ―それをいわゆる「戦後保守」と呼んだりする―を鋭利に指摘することで、逆説的に「保守」の持つ本来の輪郭を浮かび上がらせよう、という試みである。

 直接的に犯人を照らす光が強すぎると、その真の姿はまぶしすぎて見えにくくなる。斜め上からあてる光でこそ、その存在が漆黒の中に明瞭に浮かび上がろう。

 いわゆる「戦後保守(保守)」とは何なのか。彼らの何がおかしいのか。今盛んに「保守」と自称する人々のどこが矛盾をはらみ、あるいはどこに正義の片鱗(へんりん)を感じるか。この目で確かめた分析と記録の詳述である。

「保守=嫌韓」の図式

安保関連法案や原発政策など安倍政権の政策に反対する人たちが、日比谷野外音楽堂に集まった=2015年7月24日拡大安保関連法案や原発政策など安倍政権の政策に反対する人たちが、日比谷野外音楽堂に集まった=2015年7月24日

 自らを「保守的な政治的姿勢」とか、「保守的な価値観」を持っている、と表明すると、必ずと言ってよいほど「保守ならば、韓国が嫌いなんですね」という返答を受ける。

 「保守=嫌韓」という、まったく相関しない等記号が「保守」に対して平然と投げかけられ、あるいはそう認識されているこの現状こそ、市民革命の時代の「保守」とか「保守主義」の原義的概念が、現在日本においての「保守」にまったく適応できないことを明瞭に物語っている。

 「保守=嫌韓」の図式が出来上がったのは、間違いなく2002年をその嚆矢(こうし)とする。

 同年行われた日韓共催W杯で、ネット空間に逃避した一部のユーザーが苗床となり、ネット上で右派的・国粋主義的な主張を行う一群の集団が誕生した。彼らは声高に既成の大手マスメディアを呪詛(じゅそ)し、嫌韓姿勢を鮮明にした。いわゆる「ネット右翼」のはじまりであった。

 詳細は拙著『ネット右翼の終わり-ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか-』(晶文社)に図解を含めて詳述しているが、爾来(じらい)15年近くが経過し、「ネット右翼」が独立系CS放送などの活動により、既存の「保守」とか「保守論壇」と結託し、いまやこの両者、つまり「ネット右翼」と「保守」はほぼ完全に融合する形となった。

 まるで初めは独立していた二つの銀河が、お互いの重力で一つの巨大な銀河に合体したかのようである。

 「保守=嫌韓」の図式を自明のものとして観測している人々の多くは、もはや「ネット右翼」と「保守」が分かち難い一つの巨大な集合体に合体している現在だけの姿から判断してそう考えているのであり、元来この国の、とりわけ戦後の保守にはそうした姿勢は感じられない。

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筆者

古谷経衡

古谷経衡(ふるや・つねひら) 文筆家

1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。主な著書に「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。

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