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自分の言葉で「不戦の誓い」を発信してほしい

原寿雄・元共同通信編集主幹に聞く 

松本一弥 朝日新聞WEBRONZA編集長

 安倍晋三首相がオバマ米大統領とともに真珠湾を訪ねることをどう考えるか。安倍首相に望むことは何か――。元共同通信編集主幹の原寿雄氏(91)に聞いた。(聞き手は松本一弥・WEBRONZA編集長)

世界に向けて「不戦」を誓ってほしい

原寿雄さん拡大原寿雄さん

――安倍首相は記者団に対し、「犠牲者の慰霊のための訪問だ。二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという未来に向けた決意を示したい」、「(オバマ政権との)4年間を総括し、未来に向けてさらなる同盟強化の意義を世界に向けて発信する機会にしたい」などと話しています。原さんとしては、安倍首相は真珠湾でどんなメッセージを発信すべきだと考えますか。

 戦後71年も経ってから日本の首相とアメリカの大統領が真珠湾に行くわけですから、日本とアメリカ、双方が「不戦の誓い」をするべきだと思いますね。日米両国、それぞれ自分の国民に対してだけでなく、世界に対して「もう二度と私は戦争をしません」ということを誓うべきではないでしょうか。

 その際、首相として、「期待された程度の良識の範囲で追悼の言葉を述べる」ということではなく、安倍首相でなければ言えない言葉、役人が用意したような形式的な言葉ではない、自分の言葉で「不戦の誓い」を発信してほしいと思います。

 また「慰霊」という場合、真珠湾で亡くなった人たちに対する慰霊ということだけなのか、それを悼んだアメリカ国民に対しても哀悼をするということなのか、はっきりしませんが、いずれにせよ、「不戦を誓う」という形にならなければだめだと思う。

オバマ大統領の人間性が伝わってきた広島訪問

――オバマ大統領は現職の米大統領として初めて5月に広島を訪問しましたが、この訪問についてはどう受けとめましたか。

 「米大統領にぜひ広島を訪れてほしい」という働きかけについては、日本側では共同通信にいた(元ワシントン支局長の)松尾文夫君が早くからやっていたんです。

――戦勝国と敗戦国の首脳がお互いの国を訪ねて犠牲者を悼む「相互献花外交」を提唱されていましたね。過去の記事を見ると、松尾さんは2009年ごろ、米国のジョン・ルース駐日大使(当時)と面会し、大統領の広島訪問と献花を持ちかけたそうです。

 オバマ大統領が広島を訪れたのに続いて、今回、安倍首相が犠牲者を悼むために真珠湾を訪れるということで、そのこと(相互献花外交)が形の上では一応整ったような気がします。オバマ大統領は、まわりの政治家や役人などのアドバイスもあったでしょうが、それで広島行きを決めたのではなく、最終的には大統領自身が決断した広島訪問だったのではないでしょうか。その思いが大統領のスピーチに表れていたと感じられたし、大統領の人間性が伝わってきた訪問でした。

真珠湾攻撃を知り、軍国主義少年として武者震いがした

原寿雄さん拡大原寿雄さん

――1941年12月8日に真珠湾攻撃があった時、原さんはどこで何をされていましたか?

原 ぼくは県立平塚農学校の5年生でした。あの日は、学校の講堂の前にある、全校に聞こえるようなスピーカーで、真珠湾のニュースを放送していました。ぼく自身は当時、天皇に身を捧げる熱狂的な天皇教の軍国主義少年として、海軍を志願していましたから、ニュースを聞いて思わず武者震いをしたのを覚えています。「よし、やってくれたな」ってね。

 それで教室の2階の窓から、相模湾の方をにらみながら、黒板に白墨で自分の決意を大きく書いたんです。

 「我に大和魂あれば 彼にヤンキー魂あり 然(しか)して 彼我の勢力伯仲すれば 何をもってか勝たん 曰(いわ)く 機先を制す」

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筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞WEBRONZA編集長

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、月刊「論座」副編集長、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務めた。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

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