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[1]アメリカはどこへ行こうとしているのか?

「民主主義がより成熟するためのプロセス」が始まる。日本にとっても他人事ではない

芦澤久仁子 アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

 2017年の年明けを迎えたワシントンDC。議会議事堂前広場には特設閲覧スタンドがすでに建てられ、1月20日の大統領就任式に向けての準備が静かに進められている。

 あと2週間あまりでホワイトハウスの主となるトランプ次期大統領のもと、アメリカはこれからどこへ向かおうとしているのか。ワシントンの現場から考えてみたい。

見えてこないトランプ新政権の政策

 

トランプ氏と握手するペンス副大統領(左)。そのすぐ後ろには、娘のイバンカ氏と手をつなぐ夫クシュナー氏が続く。今では、これからの米国政治の行方のカギを握る人物たちだ=2016年7月、オハイオ州、ランハム裕子撮影 拡大トランプ氏と握手するペンス副大統領(左)。そのすぐ後ろには、娘のイバンカ氏と手をつなぐ夫クシュナー氏が続く。今では、これからの米国政治の行方のカギを握る人物たちだ=2016年7月、オハイオ州、ランハム裕子撮影

 米大統領選以降の2カ月間、メディア、シンクタンク、大学キャンパスといった場所で、トランプ新政権下のアメリカについて議論されてきた。様々な意見が出される中、一つ共通しているのは、トランプ政権が実際にどのような政策をとるか、ということを予想するのが非常に難しい、ということだ。

 理由は、選挙中、選挙後を通じて、トランプ陣営から出て来る政策関連の情報が、質的な面で非常に限られていたこと。これまで、大統領候補者たちが、個別の政策提案を具体的な文書にして公式発表するのは、ほぼ常識となっていたのだが、トランプ氏の場合は、オフィシャルサイトに大まかな新政策のアイデアが載っている以外は、本人のツイート、演説、インタビューで、ニュース作りのための短い情報がさみだれ式に出てくるだけだ。

 また、トランプ氏が、共和党候補者だったにもかかわらず、共和党の政治信条(小さな政府、社会的保守、市場経済信奉、軍事力優先)に必ずしもこだわっていないことも挙げられる。彼が、もともとは民主党支持だったことも周知の事実だ。従って、これまでのように、共和党大統領だからこういう政策を取るだろう、という単純な予想をすることも出来ない。

 さらに、トランプ氏自身の発言に一貫性がないこと。例えば、選挙当初からの目玉政策の一つだった「メキシコ国境に壁を建てる」は、選挙後、いったんトーンダウンして「一部はフェンスでもいいかも」「メキシコ政府が全部費用を払うわけでもない」となり、その舌の根のかわかぬうちに、また「グレート・ウォールを建てる。払うのはメキシコだ!」と演説している。

 「オバマケア」と呼ばれる医療保険制度や地球温暖化問題、イスラム教徒の入国などについても同様で、トランプ氏の発言はコロコロ変わっており、端から見ていて、もう「お見事」という感である。比較的一貫しているのは、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱と、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉ぐらいである。

三つのトランプ現象がアメリカの民主主義を脅かす?

 そんなわけで、今の時点でトランプ政権下のアメリカについて書くのは、まさに臆測の域を出ないのだが、それでも、選挙後2カ月間の社会・政治状況や、ほぼ固まってきたトランプ政権の閣僚メンバーの顔ぶれが、いくつかのヒントを与えてくれる。

 そこから出てくるのは、アメリカの民主主義のあり方に根本的な変化が起きているのか、一体どうなっていくのだろうという、素朴な疑問である。

 今回の選挙で特に明らかになったことは、アメリカの政治・社会においての(1)「ホワイト(白人)・ナショナリズムの台頭」、(2)「選挙・投票制度の不平等性」、(3)「ポスト真実(post-truth)時代の幕開け」という現象である。この三つの現象は、トランプ政権下で、さらに顕著になっていくことが予想される。

 そして、それぞれが、アメリカの民主主義を脅かす可能性があるので、順に見て行きたい。

白人ナショナリズムの台頭

 まず、ホワイト・ナショナリズム台頭の問題について。

 トランプ次期大統領は、経済的・社会的な不満を持つ白人投票者達の心の中に潜んでいた、ホワイト・ナショナリズム―「昔のような白人中心社会でアメリカの繁栄を取り戻す」—の感情を、選挙戦術として巧妙に利用し、成功した。トランプ氏の勝利によって、この感情を持つ人達は「自分たちの考え方が認められた」と自信を持ち、その結果、さらに大胆な主張や行動をとっている。

 例えば、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、ムスリムといったマイノリティーに対する言葉の攻撃が増加している。公民権保護で有名な非営利団体「南部貧困法律センター(Southern Poverty Law Center)」は、選挙後の10日間で受けた、人種差別がらみのヘイト発言の報告が867件にものぼり、そのうちの300件以上が、トランプ氏の名前や選挙中のトランプ氏の差別的発言を使用していた、と発表した。街中の道路上やガソリンスタンド、学校や病院などの様々な場所で起きたケースを詳細に報告している。

◆南部貧困法律センターのレポート
https://www.splcenter.org/20161129/ten-days-after-harassment-and-intimidation-aftermath-election

 また、「白人だけのアメリカ」を目指して、ホワイト・ナショナリズムを標榜(ひょうぼう)する「ナショナル・ポリシー・インスティテュート」(2005年設立)は、選挙後2週間も経たぬうちに、ワシントンDCで大会を開催。そのカリスマ的なリーダー、リチャード・スペンサー氏が、参加者を前に「ハイル・トランプ! ハイル・我が人民たち!」と叫び、これに対して、300人近いホワイト・ナショナリストたちが、右腕を斜め上に突き出すナチス式敬礼をしている様子が報道され、物議を醸した。

リチャードスペンサー氏(ナショナル・ポリシー・インスティテュートの公式サイトより)拡大リチャードスペンサー氏(ナショナル・ポリシー・インスティテュートの公式サイトより)

 まさにトランプ氏が、選挙を通して、ホワイト・ナショナリズムを可視化し、その運動にプラットフォームを提供し、エンパワーメント(潜在性を最大に発揮出来るように)してしまった結果である。

マイノリティーにとって息苦しい社会の到来

 トランプ氏本人は、選挙後のインタビューで、ホワイト・ナショナリストの行動や考え方を否定する発言をしている。しかし、大統領就任後に、この運動を抑制するための具体的な政策を取ると期待するのは難しい。なぜなら、自分の片腕となる大統領主席戦略官に、まさに近年のホワイト・ナショナリズム運動の、陰の立役者とも言える人物を任命したからだ。

保守系サイト「ブライトバート・ニュース」の会長、スティーブン・バノン氏=ロイター 拡大保守系サイト「ブライトバート・ニュース」の会長、スティーブン・バノン氏=ロイター

 その人物は、「ブライトバート・ニュース」というオンラインニュースの元会長、スティーブン・バノン氏。選挙中は、トランプ選対の最高責任者として勝利に導いた戦略家だが、極右の人種差別主義者としても知られ、「最も危険な政治職人」と称されている。

 実際、本人自身が、「ブライトバート・ニュース」が、最新の白人至上主義運動—「オルト・ライト(Alt-right)運動」と呼ばれている―のプラットフォームである、とはっきり認めているのだ。

 差別主義者は、バノン氏にとどまらない。副大統領のマイク・ペンス氏は、同性愛者に対する差別的な立場で有名で、インディアナ州の知事として、同性愛者の権利を制限する法律を発効させた(後に、憲法違反として修正された)。そのため、アメリカのLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)コミュニティーは、ペンスの副大統領就任によって、連邦政府レベルでの同性愛者の権利を制限する法律が通されるのでは、と戦々恐々としている。

 さらに、経済的弱者への差別も増加するだろう。

 保健福祉長官に指名されたトム・プライス下院議員は、オバマケアの廃案を推進した共和党議員グループの中心的人物。教育長官に指名された女性実業家のベッツィー・デボス氏は、学校教育を民間企業に運営させることで、公立学校に対する支出削減を提案している。

 また、元神経外科医で、共和党の大統領候補指名を争ったベン・カーソン氏は、住宅都市開発長官に指名されたが、「政府融資住宅といった公的な住宅支援プログラムは依存を強めるだけだ」という発言をしている。

 このような新閣僚達の考え方が政策に反映されると、経済的弱者達への医療、教育、住宅といった社会福祉面でのサポートが大幅に削減され、機会均等という観点から見ての構造的な差別化が助長されることになる。

 結果として、人種面でのマイノリティーのみならず、性的志向や経済面での社会的なマイノリティーや弱者達が、これまでの権利を奪われ、息苦しく、時に身の危険を感じるような状況が今後増えていくことを覚悟しなければならない。

選挙制度の問題が露呈

 次に、ホワイト・ナショナリズムの台頭に加えて、今回の大統領選で注目されたのは、選挙・投票制度の問題だった。

 まず、投票者全体の得票率で見ると、クリントン氏が48.3%、トランプ氏が46.2%で、クリントン氏が2%以上の差で勝っていた。得票数の差は280万票を超えた。

 しかし、米国は「選挙人制度」という独特の制度を採用しており、個人が直接大統領を選ぶのではなく、州ごとに割り当てられた選挙人に投票し、その選挙人達が大統領を決める仕組みだ。ほとんどの州が「勝者総取り方式」を採用しているため、結果、選挙人の獲得では、トランプ氏が306票と、クリントン氏の232票を大きく上回った。

 このようなねじれ状態は、2000年の大統領選挙の際にも起きており、民主党候補のアル・ゴア氏が、共和党候補だったジョージ・W・ブッシュ元大統領に、選挙人数では負けたが、投票数では約60万票の差で勝っていた。

 二つのケースを合わせて考えると、民主党側にとっては、自分たちの候補者に不利に働くシステムと感じざるを得ない(ちなみに、19世紀にも3回、ねじれケースが起きているが、当時は、現在のような民主・共和の二大政党制は確立していなかった)。そして、280万票を超える得票数の差から、民意が正確に反映されていないのでは、という指摘が繰り返されている。

「投票者抑圧」問題も登場

 さらに、日本ではあまり報道されていないが、「投票者に対する抑圧(voter suppression)」の問題も顕著となった。これは、アラバマなどの共和党が強い14の州で、今回の大統領選を前に、投票に関する新しい州法律・規則が導入されたのだが、それが実質的には、一部の投票者達が投票しにくい状況を作り出している、という問題である。

◆ニューヨーク大学、ブレナン公正センターの報告
https://www.brennancenter.org/voting-restrictions-first-time-2016

 具体的には、投票時に写真つき身分証明書の提示の義務づけ、事前投票の機会の制限、選挙登録作業の複雑化などである。また、これらの州の計381の郡で、投票場所の数が43%も削減されている。

 こういった新しい規則で、投票することが難しくなったのは、低所得者達である。

 運転免許証やパスポートを持っていなかったり、長時間労働に追われて選挙登録に十分な時間をとれなかったり、選挙日当日(火曜日)に仕事を抜け出せない、遠い投票所に行く交通手段がないなどの状況に陥りやすい人たちだ。

 彼ら彼女らの多くはアフリカ系アメリカ人で、典型的な民主党支持層である。従って、民主党側は、今回の民主党支持者の投票率が前回2012年に比べて落ちたことの原因の一つは、この新しい投票規則による「投票者抑圧」だったと指摘し、各州の規則の是正を訴えている。

 トランプ政権下で、これらの選挙・投票制度の問題が是正されることはないだろう。何と言っても共和党に有利であり、少なくとも今後2年間は議会の上院・下院ともが共和党多数なのだから。

 さらに、今回、司法長官に指名されたジェフ・セッションズ上院議員(アラバマ州)は、共和党の最右派で、投票者の権利を規制することに積極的に関わってきたことで知られる。また、大統領法律顧問になるドナルド・マクガーンは、連邦政府選挙委員会のメンバーとして、選挙時の政治献金の上限を実質なくして、大富豪や大企業からの大規模政治献金を可能にした中心人物である。

 このようなメンバーの政権下では、全ての人の票が公正に扱われる選挙・投票制度を推進することは困難であり、ひるがえって、さらなる投票者抑圧が推奨される可能性もある。結果、選挙で選ばれる人達の正統性(レジティマシー)が、徐々に失われていくことが心配である。

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筆者

芦澤久仁子

芦澤久仁子(あしざわ・くにこ) アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

ワシントンDC在住。東京生まれ。慶応大学経済学部卒業。テレビ東京勤務後(ニュース番組制作等担当)渡米。2005年にタフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士課程(国際関係論)を終了し、英国オックスフォードブルックス大学(准教授)を経て2012年から現職。また、米国ウッドローウイルソン国際学術センター、東西センター、ライシャワー東アジア研究所に招聘研究員として滞在。主な研究分野は日本外交、日米関係、アジア地域機構、グローバルガバナンス。研究論文は、International Studies Review, Pacific Review, Journal of Peacebuilding and Development等の英文学術誌および編著本に多数発表。著書、Japan, the U.S. and Regional Institution-Building in the New Asia: When Identity Matter (Palgrave McMillan)が、2015年度大平正芳記念賞を受賞。

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