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[14]この憎しみの根源にあるものは何か?

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

イラクのクルド人自治区へ

12月26日(月) 成田からイスタンブールへ。トルコ航空のエコノミー席はすごく狭い。幸い隣席1席が空いていたが、それでもまるでヨガでもやっているかのような不自然な姿勢をとり続けて眠ろうとしていたので腰がおかしくなった。今回もNさんとの共同作業。フィナンシャルタイムズに米ノースダコタ州のパイプライン建設計画についての記事。筆者Ed Crooks記者は、このパイプライン計画がトランプ政権によってオバマ政権のルート変更を再び覆すだろうと読んでいるようだ。環境活動家に対する書きっぷりや、「Not in my backyard」というトランプ政権移行チームの言葉をことさらに取り上げているあたりはどうなんだろうなあ。ある種の悪意が感じられる。

 早朝にイスタンブール着。長い待ち時間。「毎日新聞」やその他の原稿を書く。夜遅くイラクのアルビル着。Eさん、Sらと合流。何だか懐かしい。Sは相変わらずレーニンにそっくりだ。前回のアルビル着は今年(2016年)の3月だった。ホテルも前回と同じ。

黙示録的な光景

12月27日(火) 未明、日本のTさんから電話が入る。TBS社会部での大先輩、丸野明夫さんが死去された。あさって家族葬とのことだが、今はイラクのクルド人自治区にいるのでどうしようもない旨を伝える。丸野さんには本当にお世話になった。ご冥福を祈るのみ。

 朝、今回のチームで打ち合わせを終えて、午前8時半に取材出発。KRG(クルディスタン地域政府)の軍事組織ペシュメルガがISIS(イラク・シリア・イスラム国)から奪還したバシュカをめざす。今日は天気がいい。途中、検問多数。難民キャンプや墓地、多数の救急車。理不尽な命令。以前の感覚が徐々に戻って来た。この喧騒まみれの場所。いくつかのポイントで取材。IED(仕掛け爆弾)。ペシュメルガのジェネラル取材。イラク軍とペシュメルガの支配地域は厳格に線引きがなされていて、ジェネラルのインタビュー中、イラク軍支配地域を通ってモスルから逃げてきた難民たちの姿を多数目撃する。彼らは一日かけて徒歩でここまで逃げてきた。バシュカの町の破壊具合も半端ではない。

 国境なき医師団のブリーフィングの時間があるので引き上げた帰途、大量の難民(多くは女性と子供たち)が、トラックの荷台とバスに分乗してキャンプへ移動させられるところに出くわした。トラックの荷台の上の母子たちは皆疲れ切っていた。NGOのスタッフたちが緊急食糧を与えていた。何という光景だろうか。戦争は結局のところ、このような弱者・貧者の群れを生み出す。正義の戦争はない。小笠原みどりさんのスノーデン・インタビュー本を読み始める。これは相当に面白い本だと思う。

12月28日(水) 朝8時半、ホテルを出発。モスル南部のイラク軍支配地域ケヤラへと向かう。ペシュメルガ支配地域からイラク軍支配地域への「越境」は非常にセンシティブなので検問をいくつもクリアしなければならない。Eさん、Sの尽力なしには不可能。いろいろな幸運が重なって目的地に行き着くことができた。ISISから奪還されたケヤラの町は賑わいをみせていた。特に小学校の教室に取材に入って驚くことしきり。学校があって、そこで授業があるというだけで、子供たちの目が輝いている。小さな教室に40人以上が詰め込まれていたが、何だか皆嬉しそうなのだ。その後のISISが破壊したケヤラ油田の惨状は、黙示録的な光景だった。こんな光景はみたことがない。

 夕方までにアルビル帰着。きのう購入した20ドルのコンバットブーツが役にたった。これがなければ靴を一足ダメにするところだった。泥、泥、泥、泥……。ホテルに戻ってイラク国営テレビをみると、ニュースがすべて対イスラム国戦争で埋め尽くされている。これが戦時下テレビというやつだ。この国のことを笑えない。真珠湾の安倍演説を称賛する日本のメディアの底の浅さをこのイラクから想像する。

狂気を感じる破壊

12月29日(木) 朝8時半すぎにホテルを出発。今日はモスル南東部30キロほどのところにあるキリスト教徒の町カラコシュへと向かう。イラク最大のキリスト教徒の町だという。ISIS占拠以前は人口5万の農業の町で、アッシリア人が大多数。シリアン・カソリック・チャーチの教徒が7割、あとの2割がオーソドクス。つまり人口の9割がキリスト教徒の町だ。ここにあった19の教会がISISによって破壊された。

 例によってEさん、Sの尽力で、キリスト教民兵組織(NPU)のコントロール下での取材許可を得る。イラクに着いてからずっとお天気に恵まれて今日も晴天だ。この町の破壊の質は他の町とは明らかに異なる。破壊の仕方に憎悪が溢れだしているのだ。中世の魔女狩り、あるいは中国の文化大革命、さらにはカンボジアのクメール・ルージュのような「狂気」を感じた。商店や住民の住居の破壊は半端ではない。

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