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憲法改正論議をどのように行うのか

検討に値する、内閣による改憲案提出

井上武史 九州大学大学院法学研究院准教授

モデルとしての天皇の生前退位論議

 昨秋の臨時国会では、参議院では9カ月ぶりに、衆議院では1年5カ月ぶりに憲法審査会が開かれた。衆参で合計3回行われた実質的な審議では、憲法や立憲主義についての考え方などの総論的な議論に終始したが、1月からの通常国会では、いよいよ具体的な改憲項目の絞り込みが行われるようである。候補となる個別の改憲項目は、改憲を推進する自民党だけでなく、従来憲法改正に慎重だった連立与党の公明党や野党第1党の民進党からも提示されており、憲法改正をめぐる動きはもはや、「本当に行うのかどうか」から「どのように行うのか」という新たなフェーズに移行したと言えるのかもしれない。

拡大衆院憲法審査会の森英介会長
 それでは、憲法改正はどのように行えばよいのか。わが国の憲政史上初めてのことなので前例がないのは当然である。しかし私は、図らずも同時に進行している天皇の生前退位の論議が、今後の憲法改正プロセスの1つのモデルになると考える。天皇の生前退位を認めるには現在の皇位継承ルールの変更が必要となるが、それは憲法1条で定められる天皇の地位・身分の変動に及ぶものであるから、日本国憲法下の統治機構の根幹に関わる問題である。内容的には憲法改正に匹敵する重みをもつと言っても、言い過ぎではないだろう。それゆえ、これほど重要な制度変更がどのようなプロセスによって行われようとしているのかは、これから行われようとする憲法改正にとっても参考になるのではないか。

 天皇の生前退位論議では、①天皇の高齢に伴う任務遂行の困難から生前退位を認める現実的必要性が認められ(現実的必要性)②有識者会議およびその下でのヒアリングを通じて皇室制度や法律(憲法)の専門家が関与しており(専門家の関与)③内閣の責任の下で法案が作成・提出され(内閣による法案提出)④退位を認める制度改正について国民の間に幅広い合意がある(幅広い国民の合意)、という4つの要素を見いだせる。もちろん、憲法上退位(譲位)が許されるのか否か、また皇室典範改正と特例法制定のいずれの方法を選択すべきかについては、憲法上議論の余地があるが、ここでは問題としない。

 現在、政府が検討しているとされる特例法によって退位を認める案は、伝えられているところによれば、おそらく国会において与野党の幅広い合意によって成立するだろう。また、世論調査を見る限り、仮にこの問題で国民投票が行われたとしても、過半数の賛成が得られる見込みも高い。そうすると、このたびの天皇の生前退位をめぐる論議は、形式的には法律改正の手続であるが、国会両院での3分の2以上での賛成と国民投票による過半数の承認という憲法改正の要件をみたす可能性が高いため、実質的には憲法改正プロセスになぞらえることもまったく不当というわけではない。このため、そこでの一連の法律改正プロセスは憲法改正の場合にもあてはまるのではないかと考えられる。

 そこで、今後の憲法改正について上記の諸要素を踏まえれば、必ず国民投票が行われるため④国民の幅広い合意が存在しなければならないが、そのためには①改憲の現実的必要性が強く認められなくてはならない。もちろん、審議の過程でこれらの要素が満たされるということもあるが、具体的な改憲項目を選別する段階でも、上記の2要素がみたされる見込みが高くなければ、憲法改正は現実には困難であろう。

専門家を関与させる仕組みが不可欠

 ただ、上記の法律改正の場合とは異なり、憲法改正では②専門家が関与する仕組みや③政府による憲法改正原案の提出は当然には認められていない。しかしこの2つのプロセスは憲法改正にとって、むしろ国の基本法である憲法の改正においてこそ不可欠であると考える。

 国の基本法制の整備に研究者や実務家などの専門家が関与することは普通に行われている。専門家による理論的・技術的な知見なくしては、合理的な法制度を設計するのは不可能だからである。現に民・刑事の基本立法にあたっては、通例、法務大臣の諮問を受けた法制審議会で調査審議が行われる。通常国会に提出される予定の民法(債権法)改正案も法制審議会はじめ、専門家による長年の議論をベースに作成されたものである。

 国の基本法である憲法の改正については、専門家の関与がより一層必要であろう。曽我部真裕京大教授は、「最終的には国民が憲法改正を決定するとしても、検討過程まで国民の代表である国会に独占させるべきではない。憲法学者に限らず、関係する学問領域の専門家に役割が与えられるべきだし、専門家は建設的な貢献が求められる」(日本経済新聞2016年6月9日)と指摘するが、その通りだろう。実際、憲法改正ではないが、1990年代から2000年代初めにかけて行われた行政改革や司法制度改革などの統治機構改革では、審議会が設置されて専門家が重要な役割を果たしたのだった。

 専門家による審議会が設置される例は、他国の憲法改正プロセスにも見られる。フランスの2008年の憲法改正は全体の約半分の条文が変更されるほどの大改正であったが、そのプロセスではまず大統領によって憲法学者と法実務家などで構成する審議会が設置され、当該審議会は諮問事項についての分析・検討と具体的な改憲案を提示した答申を大統領に提出した。これを受けた政府は、審議会の答申に基づいて改憲原案を作成し、国会に提出したのだった。もちろん、政府の改正原案は必ずしも答申通りではなく、また、提案された改正原案は国会でも修正される。しかし、専門家が関与することによって、実現した憲法改正に一定の専門的合理性が確保されることには大きな意味がある。

 日本における問題は、 ・・・続きを読む
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筆者

井上武史

井上武史(いのうえ・たけし) 九州大学大学院法学研究院准教授

1977年生まれ。京都大学大学院法学研究科修了。博士(法学)。専門は憲法学。京都大助教、岡山大准教授を経て2014年から現職。2010年から2012年までフランスのパリ第1大学客員研究員。主な著書に「結社の自由の法理」(信山社)、「憲法裁判所の比較研究」(共著、信山社)、「La sphère privée」(共著、Société de législation comparée)などが、近刊に「一歩先への憲法入門」(共著、有斐閣)がある。