公共哲学と礼節の欠如がもたらす危機
2017年01月31日
トランプ氏が就任演説を行い、新大統領となった。果たしてその内容はどのような政治思想に近かっただろうか?
アメリカ大統領の就任演説を私はしばしば例にとって、そこには新政権の公共哲学が現れると説明している。ここでいう「哲学」とは、学問的な哲学ではなく、多くの人々に共有されて政治や政策を方向付ける考え方という意味だ。
それでも、これは学問的な政治哲学と対応している場合が多い。たとえばアメリカ民主党の政権には、人権や平等・福祉を重視するという点で平等主義的なリベラリズムの色彩が強い。オバマ政権の考え方には道徳性や倫理性が含まれていたという点でコミュニタリアニズム(美徳やコミュニティを重視する思想)の傾向も現れていた。
今回の大統領選で、民主党の大統領予備選挙で争ったバーニー・サンダース候補は自ら民主社会主義を主張していた。このような思想の持ち主が有力候補になるのはアメリカでは極めて珍しいことだ。これは格差の拡大を明らかに反映している。ヒラリー・クリントン候補は女性候補であって男女平等の主張を国民に印象付けるという点でオバマ政権よりもリベラリズム寄りだった。その敗北は、リベラリズムの政治的敗北とみなせる。
ここには重要な意味がある。今の政治経済状況で民主党が勝利するためには、リベラリズムではなく民主社会主義やコミュニタリアニズムを重視しなければならないのではないだろうか?
それではトランプ政権はどうだろうか? 就任演説はトランプ氏の大統領選のメッセージを集約したようなものだった。「アメリカ第一」であり、「貿易、税金、移民、そして外交問題に関するすべての決定は、アメリカの労働者やアメリカ国民の利益になるものにする」ということだ。ワシントンの既得権益層から国民に権力を取り戻すというのである。だから「二つのルール」として「アメリカ製品を買いアメリカ人を雇用する」のであり、「雇用と国境と富を取り戻す」というのだ。
主要な政治哲学に対応させて考えれば、人々の利益を最大にするということを考えている点で、「最大多数の最大幸福」という標語で知られる功利主義に最も近いだろう。トランプ氏は成功した実業家だったから、利益を中心に考える実利的発想が強いのだ。国内政策でも対外政策でも実利を得ようとしている。
しかもその目標はあくまでもアメリカという国家・国民の利益の増進だ。そのためには不法移民を排除しようとしたり、同盟国の負担を増大させたりしようとする。それによって、アメリカ人の利益ないし幸福の総量が
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