メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

「ポスト・トゥルース」の政治とは何か

政府見解に引きずられることのない事実を、我々の側で手放さずに守り抜くことが必要だ

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

「もう一つの事実」を流布させる政治

1月30日、米ニューヨークのコロンビア大学であったトランプ米大統領の入国禁止令への抗議集会=ロイター 拡大1月30日、米ニューヨークのコロンビア大学であったトランプ米大統領の入国禁止令への抗議集会=ロイター

 「だれも真実を探求しようとせず、だれもが公平さや正確さをまったくないがしろにして、一定の『立場』を打ち出しており、誰の目にも明白な事実ですら、それを観たがらない人々からは無視されてしまうことがある」(ジョージ・オーウェル『私の好きなように』より)

 2017年1月、アメリカに新たな大統領が誕生して以降、ポスト・トゥルース時代の政治が本格的に到来しつつあることに、少なからぬ数の人々が底知れぬ不安と恐れを抱いていることだろう。その不安と恐れは、正しい反応である。なぜなら、ポスト・トゥルースの政治の特徴とは、「ファクト」と「リアリティ」をコントロールすること、すなわち現実に起きた事実の真偽に関する支配にほかならないからだ。

 それは、政権にとって都合の悪いメディア報道が伝える事実に対して、政府高官が「もう一つの事実(オルタナティブ・ファクト)」があるというプロパガンダをたれ流す政治である。

 ポスト・トゥルースの政治が現実に存在する事実を重視しないという基本姿勢は、何も政権獲得後に始まったことではない。このことは政権獲得前も後も変わらないのである。しかしながら、政権を獲得するまでと、政権を獲得してのちでは、民主主義にもたらす政治的影響力の深刻さの次元と質がまったく異なってくる。

 というのも、トランプ新政権はついにポスト・トゥルースの政治を、政府の公式なプロパガンダの一環として行うようになったからだ。このような過去の民主主義の政治とは別次元の政治に対して、我々はどう向き合うべきだろうか。いままで起きてきたことと、これから起こるであろうこと、そしてそれらに対してどのような姿勢で臨むべきなのか。

オーウェルの警鐘

 まず、トランプ新大統領による政権獲得までのポスト・トゥルースの政治から振り返ってみよう。

 政権獲得までのポスト・トゥルースの政治として目立った特徴とは、敵対性を煽(あお)るために虚偽の発言を多分に織り交ぜることだった。これには後述するようにフェイク・ニュース(偽ニュース)の役割も欠かせない。

 そもそも敵対性それ自体は、複雑化した現代社会の争点を分かりやすく論点化するという効果があるため、民主主義の政治においては必ずしも悪いものだと想定されてはいない。ルソーも市民間で民主主義が可能になる条件として、政治争点の明確化を唱えていた。後述する「闘技民主主義者」も、曖昧(あいまい)化したイシューにおける「敵」と「味方」、あるいは「我々」と「他者」を明確にすることを通じて政治の活性化が可能になるので、そのためには敵対性が必要だと強調している。

 冒頭で紹介したように、第二次大戦下の1944年にジョージ・オーウェルは、現在のポスト・トゥルースの政治に近い現象が起きていたことに警鐘を鳴らした。そのなかでオーウェルも「論争が深刻な問題を扱う際には、辛辣であって当然だろう」として、辛辣な筆致によって政治の敵対性を浮かびあがらせる批評の機能を、肯定的に述べている(オーウェル『オーウェル作品集 1』平凡社、2009年、259頁)。

律義に選挙戦を闘った左派リベラル陣営

移民や難民の入国を制限するトランプ氏の大統領令に対し、ホワイトハウス前で行われた抗議運動=1月29日、ランハム裕子撮影
拡大移民や難民の入国を制限するトランプ氏の大統領令に対し、ホワイトハウス前で行われた抗議運動=1月29日、ランハム裕子撮影

 かつて、政治理論家のエルネスト・ラクラウやシャンタル・ムフは、彼らの代表的著作『民主主義の革命』(原著は1985年、ちくま学芸文庫、2012年)などにおいて、論点が曖昧で人々が戸惑っている現在の民主主義の政治を活性化させるために、敵対性を顕在化させる「闘技民主主義」(アゴニスティック・デモクラシー)を唱えた。さらに、のちにラクラウは民主主義の政治の範囲内で行われるポピュリスト的な理性の重要性を説いた。なぜならば、ヘゲモニーをめぐる関係は、階級や性別、年齢といった差異をこえて言説によって構築されるからだ。それら言説のもたらす等価性を通じて、様々な人生の背景をもった人々は共通の政治課題に動員されるのである(この点については山本圭『不審者のデモクラシー――ラクラウの政治思想』岩波書店、2016年に詳しい)。

 まさにこの闘技民主主義の戦略を核とした公式に沿うかたちで、左派リベラル陣営は公正な事実に基づいて、社会の分断をこえる言説を練り上げ、律儀に選挙戦を闘った。実際にスペインのポデモスやギリシャのシリザ、「われわれは99%だ」を掲げたオキュパイ運動を継受し、「最低賃金15ドル」などの運動とも結びついて連合形成に成功したアメリカ大統領選でのサンダース陣営といった左派リベラルの躍進は、この敵対性の明確化とそのための人々をまとめ上げる共通言説の構築という戦略を活用したのだった。

「虚偽による動員」

 対する極右陣営も、トランプ新大統領が「アメリカを再び偉大にする」などの人々をまとめ上げるためのスローガンを掲げた。だが、敵対性の顕在化による政治争点の明確化を、うそいつわりなく民主主義のルールに則って行うことについては、およそ関心を寄せなかった。

 実際にファクトチェックではトランプの発言のうち約70%がうそであったと証明されている通り、自分たちの支持者を増やすためには、たとえうそでもよいから敵対性を煽(あお)り得票に繋げるという、「虚偽による動員」を行ったのだった。http://mainichi.jp/articles/20160804/ddm/005/070/010000c

 さらに、それらのうそを大義や信条などに関係なく、ただ儲(もう)かればよいという方針で小銭稼ぎのためにビューワー数獲得にいそしむインターネット上の各種フェイクニュースが拡散することで、ファクトチェックが充分に機能せず、オールドメディアの拡散力と影響力をはるかに凌駕した。

新たな1ページが加わった

 トランプ新大統領が政権を獲得して以降、このポスト・トゥルースの政治に新たな1ページが付け加わったのである。それは、トランプ新政権がついにポスト・トゥルースの政治を、政府のプロパガンダの一環として行うようになったからである。

・・・続きを読む
(残り:約2568文字/本文:約5048文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


関連記事

レコメンドシステムによる自動選択

筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

五野井郁夫の新着記事

もっと見る