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[3]人間の心理に働きかけるマーケティング

「消費社会」が世界中に広がる

石田英敬 東京大学教授

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、2016年6月3日に立教大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

拡大講演する石田英敬教授

マーケティングをつくったバーネイズ

 4) 最後に4番目ですが、もう一つのファクターがあって、ここが重要なのですが、それがマーケティングです。マーケティングというのは、消費を生産するためのコア・テクノロジーで、消費者の欲望はどういうふうにつくられるのか、どういう心の法則を持っているのか、どういう働きかけをすると、どう人々は反応するのか、そういう知識の体系を蓄積してノウハウを組織化する必要があります。どんな映画をつくろうかというときにも、マーケティングが必要です。で、このマーケティングの技術体系をつくったのが、エドワード・バーネイズという人物です。「人びとの心の中の隠されたマーケット」に働きかけるテクノロジーとして、マーケティング技術というものを発達させようということを考えついた人物です。この人物について、皆さんはあまりご存じでない。フォードほどは知らないし、エジソンほども知らないが、実は20世紀の資本主義をつくり出したとても重要な人の一人なのです。

 彼はジグムント・フロイトの甥なんです。マーケティングをつくるためのノウハウは、実は叔父さんの集団心理学というものを使ったんですね。フロイトがいまのように有名なのは、実はバーネイズがマーケティングをアメリカでしてくれたからということもあるんですが(笑)。こういう関係にありまして、人間の心理に働きかけるテクノロジーというものをつくった人物です。そういうノウハウがあって、この四つでもって、消費を生産するということが可能になった。

 1のテイラーシステムについては、レーニンが鋭いことを言った。それから2のフォードについてはグラムシがいち早く20世紀の資本主義をフォードディズムとして分析した。ところが3と4についてはマルクス主義者は全くいないんですね。これが20世紀を通して、マルクス主義がアメリカ資本主義に敗北する理由です。「消費」というものの理論を持たなかったことが、社会主義を歴史から退場させた最大の理論的欠陥であって、そこには全く理論家がいないということなんですね。それで資本主義が消費を生産し、人びとの消費意識をも生み出すような時代になると、古い産業社会観にもとづく社会主義は歴史から退場することになった。

 バーネイズに話をもどしますが、もう少し説明すると、アメリカのたばこ協会から、たばこが売れなくなってしまったので、どうにかしてほしいという相談を受けます。1928年のことです。そのときにバーネイズが考えたのは、その頃はアメリカでも、女性はたばこなんか吸うものではないという常識が人々にあって、たばこを吸う女は蓮っ葉な変な女というネガティブなイメージだった。そのことによって、人口の半分がたばこを吸ってくれないという問題がありました。

イメージを操作

拡大講演する石田英敬教授
 バーネイズは、女性がたばこを吸うようになれば、市場が倍になるので、女性にどうやってたばこを吸わせようかというマーケティング問題を考え出します。たばこを吸う「蓮っ葉な女」のイメージを変形すると、「ウーマンリブ」の強い女のイメージになるわけですね。そこで、タバコを吸う女性は、ウーマンリブ、強い女というイメージにポジティブに展開するという、イメージ操作を考え出します。ニューヨークのフィフスアベニューにそうした女たちを集めて、「たばこ吸って何が悪い」、「かっこいい女の行進」みたいなパフォーマンスをやります。それをメディアがカバーする一大イベントを1929年の復活祭に仕掛ける。それが非常に評判になって、いまや先進的な進んだ女性はたばこを吸って、男たちと同じように働く、こういうポジティブな女性の生活というのがあるのだというキャンペーンをやります。

 当然、そういう映画もつくられます。そうすることによって、リタ・ヘイワースにしても、グレタ・ガルボにしても、映画の中でみんなたばこを吸うようになった。それでたばこを女が吸うことはかっこいいことだとなり女性がたばこを吸うようになったということを実現したのが、このバーネイズさんなんですね。それがよかったかどうか(笑)。

 これがアメリカの資本主義をつくっていく原理になった。消費を生産することができるようになり、消費を生産する技術的な基盤はメディアというテクノロジーであって、メディアが意識を生産することができるので、それが文化産業として、消費をベクトル化していくという働きをつくっていくというのが、我々がいまでも生きている現代資本主義のあり方です。これがなぜこの世界には広告があふれ、人びとが消費イメージにこだわり、広告代理店やメディア産業が巨大化して、人びとの生活に絶大な影響力を公使しているのかという理由です。

大衆の意識に働きかけるプロパガンダ

 20世紀にはこうした人間が書く文字ではない、機械が書くテクノロジーの文字としてのメディアが人間の文明というものを決定していく非常に大きな力として台頭してきたわけです。それにいち早く適応した政治勢力があって、それが全体主義です。ファシズムであり、ナチズムであり、 ・・・続きを読む
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筆者

石田英敬

石田英敬(いしだ・ひでたか) 東京大学教授

東京大学教授。同大学院情報学環・学環長、東京大学附属図書館副館長など歴任、2012年より同大学院総合文化研究科教授・同情報学環教授(兼担)、その間、パリ第7大学、パリ第8大学客員教授、パリ哲学コレージュ・プログラムディレクターなども務める。 専門は、記号学、メディア論。とくに19世紀以後のメディア・テクノロジーの発達と人間文明との関係を研究するメディア記号論の分野で日本を代表する研究者。情報技術を活用した人文学的研究としてテレビ記号論や情報記号論の研究展開を主導してきた。近年は人文知の閉塞状況を批判しメディア時代に応えうる新しい人文学として「新しい〈記号の学〉」を提唱している。 主な著書に『現代思想の教科書』(筑摩書房)、『大人のためのメディア論講義』(筑摩書房)、主な編著書に、『デジタル・スタディーズ』全3巻(東京大学出版会)、『ミシェル・フーコー思考集成』 全10巻(筑摩書房)、『フーコー・コレクション』全6巻(筑摩書房)など、他多数。時事的なメディア問題に関しても、新聞、総合誌、テレビなどで多数の発言を行っている。

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