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[4]ネットの登場でメディア空間が情動化

民主的価値が掘り崩される、理性の危機の時代に

石田英敬 東京大学教授

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、2016年6月3日に立教大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページhttp://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

 

拡大講演する石田英敬教授

 はい、これから、私たちの世界の「いま」をみなさんと共に考えてみようという「応用篇」に進みます。

 先ほど少し話しましたように、1989年のベルリンの壁の崩壊、そして、1991年のソビエト連邦の崩壊という、「冷戦の終結」がやはり、私たちの世界の「同時代」ということなのだろうと思うのですね。だいたい次のように話していきます。

第Ⅱ部 応用篇(共に考える篇) 「〈メディアと政治〉の現在」
    1〈メディアと政治〉の流動化
    2 テレビ政治の進行
    3 漂流する〈ジャーナリズム場〉
    4 退行する〈政治〉
    5〈非伝統的保守〉の時代

 世界の情報秩序を考えると、1990年代は第1次の情報化の時代だった。つまりインターネットをみんなが使うようになり、それが世界を覆うようになった。つぎに、2000年から2010年ぐらいまでの10年間はその情報が組織化されていく時代で、「ウェブ2.0」とも言われた。そして、2010年代以降は社会のなかのメディアのあり方そのものを組み換える時代になってきた。特に「マスメディア」が成り立ちにくくなった時代です。

 メディアと政治の関係も、これに応じて変化をしていきます。マスメディアがピンチというふうになってくると、いわゆる「ジャーナリズム場」の漂流ということが起こります。新聞、テレビのような既成のメディアが、なかなか自信を持てないし、何をしたらいいのかわからない。その中でいろいろやってみるけど、うまくいかない。それでも世の中ではいろいろなことが起こる。そうなってくると、少しでも視聴率を稼ごうということになりますから、情動化ということが起こります。メディア空間が「情動化」するというね。

テレビ政治の進行

拡大講演する石田英敬教授
 テレビのバラエティー化もどんどん加速した。冷戦の終結後には世界の情報がメディアから伝えられるようになった、と皆さんはおもうかもしれません。でも、そうじゃないんです。たしかに、CNNやアルジャジーラのようなグローバルな衛星テレビが発達した時期はありました。でも、同時に進んでいったのは、冷戦後のニュース配信の寡占化、それに、テレビ番組制作のライセンス化でした。クイズ番組とかバラエティー番組のライセンスが世界中で販売されるようになったのです。それで、それぞれの国では自分たちの国のテレビ放送に特有のクイズ番組やバラエティーを見ていると視聴者は思っていても、じつは番組の作り方はライセンス販売されていて、同じフォーマットのクイズ番組が世界中で放送されていたりする、ということがどんどん広がっていった。とくに、「リアリティー・ショー」とか「リアリティ・テレビ」とか呼ばれるバラエティーのジャンルはそうしたやり方が一般化したのです。

 そういう番組に出演して知名度の高いひとが政治家になるということも広まっていった。で、お笑い番組とかバラエティーの常連とかが、受けのいい物言いややり取りで人気を集めるのと同じような方向に政治のコミュニケーションも向かうようになった。

 舛添元東京都知事とか橋下元大阪府知事とかそのまんま元宮崎県知事とかの例を思い出してください。第45代大統領になったドナルド・トランプもテレビのリアリティー・ショー出身で知名度を上げていったことも皆さん知っていますね。

 メディア研究の視点からいえば、文字を基本とする政治から、「分かりやすい」「親しみやすい」おしゃべりによるコミュニケーションに政治が移っていきます。テレビやネットの時代ですから、いろいろなチャンネルを使ったコミュニケーションが進むのは当然です。でも、同時に、政治家に求められる資質は、テレビのまねをしたりバラエティーのように笑いをとることだけではない、ということも事実ですね。でも残念ながら、政治家のなかには、まじめに政治を考える知識とすぐれたコミュニケーションという二つの才能を兼ね備えた人物はなかなか輩出されなくなってきています。

 冷戦後には、まず、政治のテレ・ポリティクス化、バラエティー化ということ起こりました。田原総一朗のテレビ討論番組に出た政治家の発言が「政局」に結びつくなど日本でもその傾向が進みました。

 それに合わせて、政治というものも退行する。先ほどだれかが「幼児化」と言っていましたが、それは歴史的必然があってレベルが落ちてきているので、政治家の知的レベルの低下は、たとえば日本の安倍首相だけのせいとは言えない歴史的理由があります。たとえば、フランスでもドゴールやミッテランやシラクは大変な教養の持ち主で「文人大統領」と呼ばれたりしましたが、その後の世代になると、テレビしか見ない本を読まない政治家たちの時代になっていった。アメリカだってそうですね。ブッシュ息子の大統領時代は「ブッシズム」という言葉が、大統領の変なことばづかいや論理性の欠如を表すことばとして広まりました。

 どんどん、テレビも漂流してバラエティー化し、メディア全体が情動化し、それから政治も退行して、それに合わせようとしていく、知的水準が下がっていく。だからまともに漢字が読めない政治家の増加も目につくようになって、安倍首相でもやっていけるという時代になってくる。

 そうした新聞からテレビへの重心の移動、さらに、そのテレビが握っていた情報の流れの主導権がつぎはネットに移っていく、という大きな潮目の変化のなかで、いまの政治の変化を理解する必要があります。

 メディアの研究の立場から現在の政治の変化を見ると、ポピュリズムと呼ばれている現象には、そうしたメディアの変化が大きく関係していると思えるのです。

漂流する〈ジャーナリズム場〉

 こういうことを説明するためには、学問的には、いろいろな理論オプションがあるのですが、私はピエール・ブルデューというフランスの社会学者の「ジャーナリズム場」という概念で説明をするのが一番いいだろうと言っています。ジャーナリズムの世界は平板にはできていなくて序列と秩序があるわけですね。文化領域の中には序列や秩序というものがあって、アクターたちそれぞれが相互的な規定関係にある。そういうブルデュー社会学が説明するような、社会場のゲームのルールによって、社会としてのメディア界のシステムが営まれているわけです。ところが、社会的、歴史的に、これが時代によって構造変化する。

 現代のメディア社会のなかで、大新聞や全国テレビのようなマスメディアはエスタブリッシュ(社会評価が確立)されたものなので、自分たちは、どちらかというと「理性的でありたい」と思っている存在なんですね。社会の安定というものを支えようというですね。そういう傾向が強い部分がある。だからこの文化の序列から言うと、 ・・・続きを読む
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筆者

石田英敬

石田英敬(いしだ・ひでたか) 東京大学教授

東京大学教授。同大学院情報学環・学環長、東京大学附属図書館副館長など歴任、2012年より同大学院総合文化研究科教授・同情報学環教授(兼担)、その間、パリ第7大学、パリ第8大学客員教授、パリ哲学コレージュ・プログラムディレクターなども務める。 専門は、記号学、メディア論。とくに19世紀以後のメディア・テクノロジーの発達と人間文明との関係を研究するメディア記号論の分野で日本を代表する研究者。情報技術を活用した人文学的研究としてテレビ記号論や情報記号論の研究展開を主導してきた。近年は人文知の閉塞状況を批判しメディア時代に応えうる新しい人文学として「新しい〈記号の学〉」を提唱している。 主な著書に『現代思想の教科書』(筑摩書房)、『大人のためのメディア論講義』(筑摩書房)、主な編著書に、『デジタル・スタディーズ』全3巻(東京大学出版会)、『ミシェル・フーコー思考集成』 全10巻(筑摩書房)、『フーコー・コレクション』全6巻(筑摩書房)など、他多数。時事的なメディア問題に関しても、新聞、総合誌、テレビなどで多数の発言を行っている。

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