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[5]朴前大統領をめぐるロウソクと太極旗の陥穽

なぜ犠牲者が出てしまったのか? 炙り出された韓国の課題

金恵京

朴槿恵氏の大統領罷免に抗議してソウルで開かれた市民集会=拡大朴槿恵氏の大統領罷免に抗議する市民集会。太極旗の中にアメリカ国旗も見える=2017年3月11日、ソウルで

痛恨の出来事

 晴れ渡った3月の空の下、旗が揺れていた。しかし、その旗は喜びや記念のために振られたものではなかった。

 通常、市民が集った時に国旗や記念の旗が振られるのは、スポーツのイベントや記念式典などであり、歓喜や応援といった物事が連想される。しかし、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾訴追の結果を告げる憲法裁判所の前で振られた韓国の国旗(通称、太極旗(テグッキ))は、弾劾反対派の怒りで満ちていた。その旗と共に一部が暴発し、バリケードに突入する中で3人もの死者を出すに至ったのである。

 私の友人は「これで良かったのかな?」とやや不安そうな声で、その日、連絡をくれた。何度か大統領の弾劾を求めるデモに参加したその友人は、自分たちの行為に強い誇りを持っていた。「民主主義とは何か」「次の世代に伝えるべき正義とは何か」といった話を熱く語る彼女は、100万人を超える大統領府前のロウソクデモが流血の事態もなく粛々と行われ、その場所が参加者同士で韓国の将来を語る場になっていたことに、韓国社会の確かな成長を感じていた。

 そうした思いを持っていた人にとって、自らの主張が通ったとはいえ、判決直後に死者が出たという悲劇は失望以上のものがあった。彼らは、民主主義に基づき得た権力を朴前大統領が崔順実(チェ・スンシル、被告)という一私人に利用を許し、財閥との癒着関係を歴代大統領と同様に作ってしまった事実を、暴力ではなく法によって問い、政治を的確なものに戻すことに成功した。

 しかし、そうした自らの行為に対して自信を持っていればいるほど、「なぜ、こうした犠牲者が出てしまったのか」という無念の思いは強い。そこで、政経癒着根絶の一里塚として市民が胸を張るはずであった記念碑的な日に、こうした事態が発生した背景を長短のスパンをもって考えておきたい。それは韓国の今後を考える上でも、必要不可欠な検証となる。

愛国運動としての「太極旗」

 朴槿恵前大統領が国会において弾劾訴追された際、メディアはもちろん、ロウソクデモに参加していた多くの人々ですらも、与党であり朴前大統領の所属政党であるセヌリ党(当時。現在は「自由韓国党」に改名)から多くの賛成票が投じられたことに驚いた。

 もちろん、その背景には支持率が4%にまで低下した大統領を擁護することが、後の選挙において票を失う結果に繋がるとの危機感があった。見方を変えれば、それだけ朴槿恵前大統領の問題に対する非難の声は圧倒的なものであり、それを解決し韓国が前に進むためには、朴前大統領に法の裁きを受けさせる以外に方法が無いとの認識が韓国国内で広がっていたことが分かる。

 その当時、朴前大統領は国民へたびたび謝罪し、捜査に協力すると会見で話していたものの、弾劾訴追後も特別検察の捜査に応じず、大統領府に対する家宅捜索も拒否し続けた。ここで大韓民国憲法66条を見てみると、1項では「大統領は国の元首」と規定されており、2項では「大統領は、国の独立、領土の保全、国の継続性及び憲法を守護する責務を担う」とされている。

 つまり、大統領は憲法によって規定された存在であり、それを守護する義務を負っているにもかかわらず、朴前大統領の弾劾訴追後の行為からは憲法を蔑ろにする姿勢しか感じられなかった。常識的に考えれば、各種の疑惑を抱え、憲法や司法に対して不誠実な行為を大統領が繰り返したのであるから、朴前大統領への支持は上がることは無いと思われる。しかしながら、弾劾に反対する人々の勢いは次第に増していったのである。

 何十万から100万といった単位で参加者を動員してきたロウソクデモに対して、昨年(2016年)の12月上旬あたりまで朴前大統領を支持し弾劾に反対する人は、ごく少数であり、その少なさは朴前大統領の不人気ぶりを際立たせた。しかし、昨年末あたりから弾劾反対派の集会に対して「太極旗デモ」という言葉が用いられるようになる。実際、新聞記事を検索してみると、それまでスポーツやイベントの記事、あるいは国の比喩として月に数回程度しか使われなかった「太極旗」という単語の使用頻度が、昨年12月下旬から急増している。

 劣勢に立たされていた弾劾反対派は、自らの旗印を朴前大統領ではなく「太極旗」として、愛国運動の形を前面に押し出し始めたのである。社会運動が大きなうねりとなる時、シンボルや仮想敵は極めて有効に作用する。この連載でもたびたび取り上げたトランプ米大統領の選挙運動では、「アメリカを再び偉大に」との言葉を印字したグッズやポスターがそれに当たり、移民・難民、エスタブリッシュメント、自由貿易などを敵役と位置づけて、「アメリカ第一主義」の名の下に大勢の人々が引き寄せられた。そうして、公的には不満を口にできず、自らの胸に抱えていた層が、大きな流れを作ったのである。

仮想敵は何であったのか

 改めて韓国に目を移せば、太極旗の下に集った人々の心を掴んだ仮想敵は何であったのであろうか。それは、北朝鮮である。現在、韓国の有力な次期大統領候補者は、ほぼ革新勢力で占められている。彼らは総じて北朝鮮に融和的であり、当選後は対話を進めることで停滞している南北関係を改善すると主張している。しかし、北朝鮮に敵意を持つ保守層からすれば、そうした姿勢は危険なものに映った。特に、次期大統領の筆頭候補である文在寅(ムン・ジェイン)「共に民主党」前代表は、かつて北朝鮮への太陽政策を主導した廬武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の右腕としてならした人物であるため、保守層は韓国の将来に強い危機感を持った。

 そうした中で、北朝鮮がミサイル発射実験を再開し、指導者の肉親である金正男氏の暗殺という事件すら起こしたことは、北朝鮮への危機意識を一層高め、保守層に力を結集しなければならないという切迫した認識を高めたのである。

 そうした認識を利用したもう一つの象徴が、太極旗デモで掲げられたアメリカ国旗であった。弾劾判決が行われた憲法裁判所でのデモにおいて、太極旗に混じってアメリカ国旗がはためいていることに気づいた人、あるいは疑問を感じた人も多かったのではないだろうか。 ・・・続きを読む
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筆者

金恵京

金恵京(きむ・へぎょん) 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

国際法学者。日本大学危機管理学部准教授、早稲田大学博士(国際関係学専攻)。1975年ソウル生まれ。幼い頃より日本への関心が強く、1996年に明治大学法学部入学。2000年に卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に入学、博士後期課程で国際法によるテロリズム規制を研究。2005年、アメリカに渡り、ローファームMorrison & Foester勤務を経て、ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学東アジア学部客員教授を歴任。2012年より日本に戻り、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て現在に至る。著書に、『テロ防止策の研究――国際法の現状及び将来への提言』(早稲田大学出版部、2011)、『涙と花札――韓流と日流のあいだで』(新潮社、2012)、『風に舞う一葉――身近な日韓友好のすすめ』(第三文明社、2015)、『柔らかな海峡――日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル、2015)、最新刊に『無差別テロ――国際社会はどう対処すればよいか』(岩波書店、2016)。

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