「ホワイトハウスの女主人」というユニークな役割/大統領に特別のアクセスが可能
2017年03月29日
土地所得に関わる不可解な経緯や、特異な愛国教育方針などで連日ニュースとなっている学校法人「森友学園」問題に関連して、安倍首相の妻昭恵氏の言動が注目されている。
昭恵氏が、森友学園が新設予定の小学校の名誉校長に就任していたことなどをめぐり(名誉校長はすでに辞任)、昭恵氏が公人か私人かが論点になっているもので、政府側は3月14日、「公人ではなく私人であると認識している」とする答弁書を閣議決定した。
答弁書は「『内閣総理大臣夫人』とは内閣総理大臣の配偶者を指して一般的に用いられる呼称で、当該呼称を用いるに当たり、公務員としての発令を要するものではない」と説明している。
この森友学園問題、こちらアメリカでは大きな話題にはなっていないが、それでも、主要各紙は東京特派員からの一報記事を随時掲載している。その中で、ロイターのアメリカ版の記事は、「昭恵夫人が、これまでの首相夫人と違って、人目を引くアメリカのファーストレディーのスタイルをとったがために、今、困った状況に陥っている」と紹介した。
◆ロイター3月13日の記事
Japan's Akie Abe discovers downside of U.S.-style 'First Lady' role
http://www.reuters.com/article/us-japan-politics-firstlady-idUSKBN16K0NT?il=0
もちろんアメリカのファーストレディーのスタイルをとったことが、今回のことの本質ではないとは思うが、問題を考えるにあたって参考になるかと思い、アメリカのファーストレディーのあり方を以下考察してみた。
アメリカに住んでいると、大統領夫人――ファーストレディ――に関する話を目にする機会が、日本における首相夫人の場合と比べて、かなり多い。特に去年は、大統領選の年だったこともあり、ファーストレディーについての話題がメディアでは満載だった。
メラニア・トランプ、ミシェル・オバマの新旧ファーストレディーは、昨年夏以降、ほぼ恒常的にメディアに登場していたし、女優出身で、占星術好きで有名だったナンシー・レーガン元大統領夫人が亡くなった時も大きなニュースとして取り上げられた。
さらに年末には、在職中に暗殺されたジョン・F・ケネディ元大統領夫人、ジャクリーン・ケネディについての映画(邦題「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」)が公開され、メディアは一時、ジャッキー特集だらけになった(写真左)。
また、アメリカの友人や学生達と話していると、歴史上の「自分のお気に入り大統領」、「お気に入りファーストレディー」を持っているなあ、と感じることがしばしばある。つまり、歴代のファーストレディーに関する知識が、それなりに頭に入っているということである。
ちなみに私のお気に入りは、エレノア・ルーズベルト(写真右)。世界大恐慌と第2次世界大戦時のアメリカを率いたフランクリン・ルーズベルト元大統領のファーストレディーで、在任中は、労働者の待遇改善や女性・弱者の地位向上などに関わり、任期後は、国連人権委員会の委員長として、1948年の世界人権宣言の採択を実現させた人である。
この世界人権宣言は、「人権の大憲章」という意義を持っており、国際政治上の重要な文書である。それを、まだ女性の立場が非常に限られていたあの時代に、国連の委員会のトップとして、各国の意見をまとめあげたのだ。国際関係学の分野にいる私にとっては、とても「すごい」人なのである。
このようにファーストレディーへの関心が高い理由は、やはり、アメリカの大統領制度そのものにある。大統領任期が少なくとも4年、大抵は8年となるので、大統領夫人としての活動期間も必然的に長く、その分、露出度が高くなる。
加えて、彼女達は、ファーストレディーになるかなり前から注目される。
大統領選年の夏には、各党が大統領候補者を決める党大会が行われるのだが、その党大会の初日のメインスピーカーは候補者の夫人というのが通例だ。その党大会で正式デビューした後は、大統領候補者夫人として選挙活動に参加。その一挙手一投足が報道されることになる。
去年の共和党大会で、メラニア・トランプのスピーチの一部が、8年前の民主党大会でのミシェル・オバマの演説のコピペだったと大騒ぎになったことはまだ記憶に新しい。
また、国王や天皇がいないアメリカでは、大統領は、行政府の長官であると同時に国家元首でもある。つまり国家の代表者だ。従って、大統領家族もファーストファミリーとして、アメリカを代表する家族、ととらえられている。
このため、ファーストレディーは、ホワイトハウスの女主人として、感謝祭、クリスマスなどのアメリカ家族の伝統的なイベントをこなさなければならない。そして、その様子を、季節の恒例ニュースとして、全国各地の人達が見るのだ。
さらに、ファーストレディー達が、自分のプロジェクトを立ち上げて、任期中を通じて推進することも、彼女達の存在感を高めている。
例えば、ミシェル・オバマは、子供の肥満問題を自分のプロジェクトテーマとして取り上げ、健康的な食事や毎日の運動促進を、小学校の給食の改善や人気テレビ番組でのイベントなどを通して推進した。
ローラ・ブッシュ元大統領夫人は、教育環境の改善をテーマとして、特に公共図書館の質の向上のために活動していたし、先述のナンシー・レーガンは薬物対策を取り上げ、「ノーと言いましょう」運動を展開した。
健康保険制度改革という、際立って野心的なプロジェクトを選んだのは、ヒラリー・クリントン。夫のビル・クリントンが設置した特別専門委員会の委員長に就任し、国民皆保健(アメリカは、先進国で唯一、国民皆保健がない)の実現を目指したのだ。
残念ながら、国民皆保健の法制度化は早い時点で失敗したのだが、彼女はその後も、健康保険の改善に尽力し、最終的に、貧困家族の子供に対する健康保険制度の導入を実現させている。
以上のように、かなり目立つ立場にいるファーストレディーだが、彼女達の立場はどのような位置づけなのか?
アメリカ合衆国憲法には、ファーストレディーの立場は明記されていない(大統領の立場と役割はしっかり定義してある)。つまり、法律上の役職名ではなく、あくまでも通称としての肩書きである。さらに、ファーストレディーは、選挙で選ばれておらず、連邦政府職員でもない。
従って、法律上は「公職」ではない。
しかし同時に、ファーストレディーの重要な特徴は、公職である大統領のオフィス兼住居のホワイトハウスに住み、「ホステス(女主人)」として、ホワイトハウスでの大統領行事を仕切る立場である。
この「公的な場所でもあるホワイトハウスの女主人」というユニークな役割を持ち、さらに、公職である大統領に他の誰もが持たない特別のアクセスがあるので、ファーストレディーの立場には、「公職の要素が必然的に内在する」という形で理解されている。
つまり、法律上の規定はないが、実質的「公人」である、という認識である。
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