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フランス大統領選で「まさか」はあるか

「後始末」に追われる英米を見て「憂さ晴らし」の投票をいましめる空気も

冨永格

フランス大統領は強大な権限を持つ

パリ・オペラ広場での国民戦線(FN
)集会=2015年5月、冨永格撮影拡大パリ・オペラ広場での国民戦線(FN )集会=2015年5月、冨永格撮影

 フランスは「背伸び」の国である。軍事も経済も大国に違いないが、国際社会での存在感は国力以上に大きい。その源泉は、文化や言語などのソフトパワーと、大統領という強大な元首ポストだろう。

 1959年に就任したシャルル・ドゴール(70年没)以降、フランス大統領は7人しかいない。その間に26人の首相が登場した日本は例外にしても、米大統領の12人より少ない。62年に全国民による直接選挙制となり、任期は5年、2002年までは7年だった。議会に優越する権限と相まって、主要国では類を見ない君主的な地位といえる。

 国父イメージのフランソワ・ミッテラン(96年没)が14年、ジャック・シラク(84)が12年務めた後だから仕方ないが、ここ2代のニコラ・サルコジ(62)とフランソワ・オランド(62)は小粒感が否めない。その後継を11人で争う大統領選挙が、いよいよ4月10日に正式に始まる。選挙戦はここまで、多くのメディアが極右と形容する国民戦線(フロン・ナシオナル=FN)党首マリーヌ・ルペン(48)が先行するなど、異例の様相である。

左右の大政党が振るわず、異例続きの展開

ウィーン郊外での集会に登場したルペン党首をオーストリア国旗で歓迎する人々=2016年6月拡大ウィーン郊外での集会に登場したルペン党首をオーストリア国旗で歓迎する人々=2016年6月

 この国の政治は長らく、フランス革命からの伝統である「右翼と左翼」の対立軸で動いてきた。ところが今回は、左右の大政党が振るわず、極右のリーダーと無所属の元金融マンが競う前代未聞の展開だ。思えば、ここに至るまでも異例ずくめだった。

 まず左では、不人気のオランド大統領が出馬を断念した。2期目に挑まないのはドゴール以降で初めてだ。この現職に代わる社会党の候補者は、前首相のマニュエル・バルス(54)ではなく、国外では無名の前国民教育相ブノワ・アモン(49)となった。オランド政権に反旗を翻し、事実上更迭された人物である。

 右派共和党の候補者選びも大方の予想を覆した。醜聞まみれのサルコジが脱落した後、最後に残ったのは政治経験豊かな元首相アラン・ジュペ(71)ではなく、同じ首相経験者のフランソワ・フィヨン(63)。そしてフィヨンは、妻の架空雇用による公金流用疑惑でつまずいた。

 弱い公認候補たちを尻目に、独立系の前経済相エマニュエル・マクロン(39)が浮上したのも意外だった。国立行政学院(ENA)から投資銀行のロスチャイルドに入り、36歳でオランド政権の大臣に抜擢(ばってき)された。商店の日曜営業、長距離バスの規制緩和などで経済界の受けもよく「右でも左でもない」を自認する。バルス元首相ら、マクロン支持を公言する社会党幹部もいる。

 フィヨンが共和党右派、アモンは社会党左派を基盤とするため、「右の左」から「左の右」までがマクロンに流れそうだ。勝ち馬を求める「ルペン阻止票」も集め、1回目の投票(4月23日)で首位を争うとみられる。世論調査ではマクロンとルペンが25%前後で拮抗(きっこう)し、次いで20%弱のフィヨン、アモンは最左派の独立系候補にも並ばれ10%強と低迷している。

マリーヌとは何者か―主張のマイルド化に奔走

遊説のためフランス北部アミアンを訪れたルペン党首=2015年9月、冨永格撮影拡大遊説のためフランス北部アミアンを訪れたルペン党首=2015年9月、冨永格撮影

 マクロンの挑戦を受けるルペンは2011年、父でFN創設者のジャンマリ・ルペン(88)から党首を引き継ぎ、前回12年の大統領選で17.9%を得て3位に。これは02年の決選投票で父親が獲得した17.8%を上回る。

 その後も党勢を伸ばし、14年の欧州議会選では25%を得票、実質的な第一党として頂上決戦の主役に躍り出た。フランス内外で相次いだイスラム過激思想による無差別テロも追い風となり、得票率が5割を超す自治体も少なくない。

 欧州各国で台頭する右派ポピュリズム政党とFNが違うのは、その歴史の長さだろう。

 結成は1972年、アルジェリア独立反対派の残党や反共諸派、反ユダヤ主義者らが集結した。創設者の父ルペンは、日本でいえば数寄屋橋の辻説法で知られた大日本愛国党総裁、赤尾敏(1990年没)を全国区にしたような存在といえる。

 現職シラクとの決戦に進んだ02年は、左派が「ファシストよりペテン師がマシ」とシラクに投票し、大差で敗れている。こうした浮き沈みを傍らで冷徹に見てきたのが、3人の娘の中でも父親そっくりの3女マリーヌだった。

 党首となった彼女は「普通の政党」への脱皮に動く。狂信的な愛国主義や人種差別、ネオナチ的な言動を封じ、左右の政権交代に飽き足らない層に広く訴える戦略に転じたのだ。私党意識が抜けない父親に「それならルペン姓は使わせん」と抵抗されても聞かず、主張のマイルド化に奔走した。明らかに、来たる大統領選を意識したものだ。

集票のターゲットは社会的弱者

 集票のターゲットは、失業者を含む都市労働者、零細の自営業、小規模農家などの社会的弱者。移民排斥も掲げるが、主張はもっぱら反エリート、反既得権益(左右の二大政党、経済界)、反欧州統合=フランス第一、要するに、反「うまくやっているやつら」である。世論調査で明らかなのは、低所得層と農民からの厚い支持だ。グローバリゼーションの敗者、現にうまくいっていない人々である。

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筆者

冨永格

冨永格(とみなが・ただし) 朝日新聞報道局員

1956年生まれ。80年に朝日新聞入社、経済部員などを経てブリュッセル支局長(1992〜95、1998〜2001年)として欧州統合や冷戦後の米欧関係を担当。パリ支局長(2004〜07年)や在仏の特別編集委員(2013〜15年)も務め、ヨーロッパの政治経済、文化を幅広く取材した。フランスへの語学留学を含め在欧13年。2007年から6年間、1面コラム「天声人語」を担当した。

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