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安倍昭恵夫人の「祈り」は届くのだろうか?

「公私」問題が起こったのはスピリチュアルな神道に共鳴したからではない

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

安倍晋三首相の妻昭恵氏拡大安倍昭恵氏が混同していたこととは?

昭恵夫人の公私問題

 瑞穂の國記念小學院は「日本初の神道小学校」を自称していただけに、関係者はしばしば宗教的・神道的な表現を用いる。そこで前稿では籠池康典証言にいう「神風」について書いたが、今度は安倍昭恵夫人の「祈り」に焦点を合わせてみよう。

 夫人が政治的問題の中心になっているが、本人に悪意はないという理由によって擁護する人もいる。本人も、善いことをしたはずなのになぜ批判されるようになってしまったのか、と自問しているかもしれない。実際、籠池泰典夫人へのメールで「私もどうしたらいいかわかりません。権力など使っていません。神様はどこに導こうとしているのか。とにかく祈っています。自分達の保身ではありません。日本の将来のためです。」(3月16日)と書いている。

 夫人はスピリチュアルな関心を持って神道に共感しており、メールでもしばしば祈っていることがわかる。でも、それが届いて事態が鎮静化してきているとは見えない。なぜなのだろうか? 果たして何が問題だったのだろうか?

 その答えの鍵は、公私の問題と神道の理解における二つの混同にあるように思える。夫人は私人としての公共的活動と国家の公的な機能、スピリチュアルな神道と国家神道とを共に混同してしまったのではないだろうか。順に考えてみよう。

 政府は内閣総理大臣夫人を「私人」と閣議で決定した。はじめ首相は国会で追及されて、「妻は私人です」「妻を犯罪者扱いするのはやめていただきたい」と怒った。しかし同じく私人である籠池氏を証人喚問したので、昭恵夫人を証人喚問しない論理はなくなってしまった。

 さらに籠池康典氏が国会証言で明かしたファックスで、夫人付職員の関わりが明らかになった。歴代首相夫人とは異なり、第2次安倍内閣で初めて首相夫人付常駐職員が置かれ、今は5人(非常勤を含む)もいて官邸内に専用執務室があるという。その職務は上記の閣議決定における質問主意書答弁で「夫人による首相の公務遂行を補助すること」とされている。さらに首相の外遊に同行する際に昭恵夫人が外交旅券を使用していることを政府が認めた。もはや夫人が「私人」という論理は説得力が極めて弱くなった。

 しかも昭恵夫人が自著で「総理夫人の仕事」として外遊や政府関係の仕事とともに国民との直接対話による情報を首相に伝えたり自らの意見を講演会やフェイスブックを通じて発信すること、自分がいいと思う活動団体を支援することを挙げている。これに対して農場や居酒屋の経営は「私人としての仕事」としている(『「私」を生きる』海竜社、2015年、207-208頁、)。これによれば瑞穂の國記念小學院の支援は「総理夫人の仕事」であり、公共的な行為と言わざるを得ない。

 夫人付職員の財務省への問い合わせは個人的な行為で公務ではないと政府は強弁しているが、官僚経験者たちは一様に、この職員は官僚だから上司の承認や指示なしにこうした行為はしないと指摘している。これは私的行為ではなく行政の公的な行為になるから、「夫人による首相の公務遂行を補助すること」、すなわち首相の公務の補助ということになってしまう。そうすると首相が省庁に働きかけたことになるから、これは内閣にとっては致命的な結論になりかねない。

「総理の政策」促進のための小学校

 公共哲学プロジェクトでは従来の「公/私」という二分論に対して「公/公共/私」という3つのカテゴリーで考えることを勧めている。今回の問題の場合、「公」とは国家や行政の行為であり、「私」とは昭恵夫人の完全に個人的な活動を指す。これに対して昭恵夫人の人前での講演や活動は、何らかの意味での「公共」的活動だ。夫人は政府や行政機構の一員ではないから、「公」の活動はしないし、家庭内のようなプライベートな「私」の活動でもないからだ。ここでいう「公共」は民間人が行う活動だから「民の公共」というとわかりやすい。

 昭恵夫人は籠池証言の直前まで講演や公開対談を行っていた。すでに渦中の人となっていても、与党と違う意見を「家庭内野党」として首相に伝えていることや、フェイスブックをはじめ自分の様々な活動を話していた。確かにそこには「善意」が感じられるし、それだけを聞けば好感を持つ人も少なくはないと思われる。「民の公共」の活動である限り、ここに問題はなくむしろ有意義かもしれない。

 問題はその「公共」の活動として名誉校長を務めていた瑞穂の國記念小學院について、「公」が支援して「公」に働きかけ「公」の決定に影響を与えたことだ。夫人付職員という「公」が夫人の「民の公共」活動を支援していて、財務省という「公」への働きかけも支援したことになる。その結果、先述のファックスに結果的には「満額回答」があったのなら、「公」がこの小学校のための国有地売買などの便宜を図ったことになる。

 共産党が入手した籠池氏の手紙では、「安倍総理が掲げている政策を促進するため」として要望を書いている。つまりこの小学校の建設は、安倍首相が掲げる国策に即していると考えていたわけだ。筆者はこの小学校が実質的には「国家神道モデル」の小学校だったという考え方を提示してきた(「自称「神道小学校」瑞穂の國記念小學院の謎を解く――「日本初」国家神道モデルの教育施設がもたらす衝撃波」(WEBRONZA)。ここで言う「国家神道」は「公神道」と言い換えてもいいが、籠池証言が正しければ、この小学校はまさに国策に即して「国家」すなわち「公」が関わって作られることになっていたわけだ。

 メールでは「権力など使っていません」と書いているから、もしかすると政治的に問題となる「口利き」を行ったという自覚は夫人自身にはなかったのかもしれない。それでも、国家が支援する国家神道小学校を作るための「公的」働きかけを行政職員にさせたことは確かだから、その責任は免れない。

 前述の自著で夫人は自らの「私的な公共」の活動と「公」の仕事とを分けておらず、ともに「総理夫人の仕事」の中に入れている。ここに前稿で指摘した公私混同が起こったのである。この混同は、「公すなわち国家の神道」のモデル小学校に対する国家の支援を引き起こしたという点で、「祈り」という宗教的問題と直結する。

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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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