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[1]トランプの日本観は80年代から変わらない

ケネス・ルオフ ポートランド州立大学教授

 トランプイズムは伝統的な左翼、右翼の定義に収まりきらないところがある。これまでの発言をみれば、トランプが最近の選挙戦で述べた日米関係についての見解は明らかに1980年代に形成されたものだ。

米フロリダ州・パームビーチでゴルフを楽しみ、ハイタッチをする安倍晋三首相(左)とトランプ大統領=11日、内閣広報室提供拡大日米首脳がハイタッチをするほど一致したことは?=2017年2月11日、米フロリダ州・パームビーチで(内閣広報室提供)
 それ以降、太平洋をはさむ両側では多くの変化が生じた。にもかかわらず、トランプの見解は固定されたままだ。「長い80年代」と称してもよいこの10年は、米国の没落と日本の台頭という表現にあふれていた。

 もちろん、80年代もそれ以降も日本を軍事的脅威とみなす人はほとんどいない。いっぽう、貿易を勝ち負け(米国がほかの国に負けていないか)でとらえるトランプの流儀によれば、中国は米国から経済的利益を吸い取っている国のリストにつけ加えられるようになっただけではない。米国の軍事的脅威ともみなされている。このことが、80年代以降、アメリカ人の注意が日本からそれた要因のひとつである。

 1980年代には日本の経済的脅威にたいするアメリカ人の懸念が、ヒステリーの域に達していた。日本脅威論(「歴史修正主義」的解釈としても知られる)がはっきりでてきたのは、1989年5月に雑誌『アトランティック』に発表されたジェームズ・ファローズの論考「日本封じ込め」によってである。

 その知的で大衆受けする一文には、日本の偏った貿易政策が(日本が自制しないかぎり)日米の協力関係を持続不能なものとしていくだろうと記されていた。しかし、ファローズがこの論考を発表する2年前に、トランプは『ニューヨークタイムズ』に全面広告を出し、レーガン政権が日本などのたかり屋を大目にみていると非難していた。トランプがいま、自分と大衆のあいだに立ちふさがるエリートの牙城のひとつとして『ニューヨークタイムズ』をけなしつづけていることからみれば、彼がかつてはその紙面を通じてアメリカ人に語りかけようとしたことに皮肉を覚えない人はまずいないだろう。

 トランプは日本にたいしてだけではなく、アメリカと世界全体の関係についても目を向けていた。その点、彼の経済的ナショナリズムは、主に日本を標的とした歴史修正主義者とちがって、より広がりをもつものになっていた。

〈アメリカ国民のみなさん。
何十年ものあいだ、日本をはじめとする国々は、米国を利用してきました。……
長年にわたって、(米国におんぶして)巨額な防衛コストを免れてきた日本人は、強力かつ活気あふれる経済を築き、前例のない貿易黒字を得ています。強いドルにたいして円安を見事に維持してきたのです。……
日本やサウジアラビアなどの国々に、われわれが同盟国としてかけている防衛費を払わせましょう。〉

 ここで理解しておかなければならないのは、トランプを勝利に導いた言い回しとイデオロギー自体は、とりたてて新しいものではないということである。

 「アメリカ・ファースト」の主張がトランプを大統領に導いたということは、2016年にはすでにアメリカ人がこのメッセージを受け入れやすくなっていたことを意味する。しかし、このメッセージ自体は古くからのものだ。たとえば1992年の共和党予備選で、パット・ブキャナンは経済ナショナリズム(保護主義支持)、反移民、そして国益優先のためアメリカは安全保障帝国であることをやめるという綱領を打ちだして、現職のブッシュ・シニアに挑戦した。それ以降、ブキャナンは引きつづく大統領選でも、このスタンスを崩さず、多くの論評を繰りひろげた(それはいまもつづいている)。それとまったく同じわけではなかったが、トランプの選挙戦での言い回しも、ブキャナンの米国にたいする処方箋と多くの点で似かよっていた。

危険なポピュリズムのにおい

 現在、もっとも取りあげられるヤンヴェルナー・ミュラーのポピュリズムの定義では、近年のヨーロッパ、米国、中南米におけるポピュリスト運動は、けっしてロマンに満ちているわけではない危険なものととらえられている。

 ミュラーはポピュリズムを単なる反エリート主義運動ではなく、反多元(共存)主義的な性格をもつ反エリート主義運動として位置づける。しかも、ポピュリズムは純粋で道徳的な民衆が存在すると想定することによって、本来の反多元主義的(したがって反民主主義的な)性格を隠蔽するのだという。そこでは、決定にいたるまで基本的に民主主義的なやり方を踏まえるのをとうぜんとする多元的で分割された社会の存在は、むしろ尊重されない。さらに、ポピュリスト指導者だけが、純粋で道徳的な民衆を代表して、「腐敗したエリート」なるものから彼らを救うことができるのだという。

 現在おこなわれているマスメディアや裁判所への攻撃も含めて、トランプ政権の言い回しやさまざまな行動には、国民の意思を代表していない官僚政治の「闇」と闘っているという主張と同様に、ミュラーのいう多元主義を掘り崩そうとする危険なポピュリズムのにおいが感じられる。

 だが、それと同時に共和党議員を含む国会議員や裁判官(議会と裁判所は、チェック・アンド・バランス・システムを念頭においてつくられた個々の部門なのだ)のなかには、こうした共和制への攻撃を押し戻そうとしている人もいる。

 米国は2009年から17年にかけ、おおむね中道穏健派の黒人大統領を擁したが、それでも大衆レベルでは、人種差別主義や反イスラム・ヒステリー(そのどちらもが反移民感情と結びついていた)にいたるさまざまな潮流が渦巻いていたことに変わりはなかった。これらの潮流は、中道左派や多数の共和党主流派に引きつけられないままでいた。トランプは表面下に隠れて、いつか爆発しかねなかった現状への不満や幻滅をうまく利用することに成功したのである。

 トランプは自身のポピュリスト的言辞の一環として、日本叩きを蒸し返した。特有のはでな言い回しで、最近の選挙中も支持者にこう語りかけている。

 「日本とは条約があって、もし日本が攻撃を受けたら、米国は全軍が全力をもって、ことにあたらなければならない。……しかし、われわれが攻撃されても、日本は何もしなくてよい。日本人は家にいてソニーのテレビを見ていればいいんだ」

 トランプは選挙戦中ずっと、どの国より日本が、アメリカの軍事保障費を払わねばならないと言いつづけていた。それは1987年の『ニューヨークタイムズ』に載せた広告と変わらない主張だった。

トランプの隠れたスローガン

 トランプは歴史感覚をもちあわせていないわけではない。2016年3月に『ニューヨークタイムズ』の記者、マギー・ハバーマンとデーヴィッド・サンガーから長いインタビューを受けたとき、トランプは米国が日本や韓国などと戦後の同盟体制を築いたころ、米国は豊かな国だったと語っている。

 トランプによれば、今日、米国は裕福な国ではなくなっている。米国がもはや豊かな国ではないという基本的な考え方にもとづいて、トランプはさまざまな結論を導きだしている。トランプによれば、アメリカが豊かでなくなったひとつの大きな理由は、アメリカが世界のほかの地域から貿易分野で食いものにされているためだ。

 しかし、彼が引きだすもうひとつの結論は、そのコインの裏側に隠れたスローガンで言いあらわすことができるだろう。それは、帝国日本を支えていた「富国強兵」というスローガンである。

 トランプは『ニューヨークタイムズ』のインタビューで、ハバーマンとサンガーにこう強調している。

 「わが国は債務国だ。債務国なのだ。われわれは何兆ドルもの債券をほかの国から買ってもらっている。中国には1兆7000億ドル、日本には1兆5000億ドルの借金がある。債務国なのだ。このままではいけない。債務国に甘んじるわけにはいかない。なんとかしなければならないと思う。われわれが債務国であるひとつの理由、それはわれわれが軍事にカネをかけすぎているためだ。その軍事もわれわれのためではない。ほかの国のために警察官の役割を果たしているのだ」

 同じインタビューのなかで、トランプはアメリカのインフラが弱体化していることについても不満を述べている。

 「アメリカは第三世界の国になりかけている。飛行場をみたまえ、道路をみたまえ。橋も落ちかかっているじゃないか」

 トランプの見解は、上品に「富国強兵」というスローガンでまとめるわけにはいかないかもしれないが、そこからは「金持ち国でなくなったアメリカは、もはや世界の警察官の役割を果たせない、自分たちの家を手入れするべきなのだ」というような考え方が引きだせる。少なくとも、トランプはアメリカの豊かな同盟国が、もっと相互防衛に寄与してもらいたいと思っているのである。

防衛コストという重要な約束

 トランプ政権は発足したばかりだが、すでに日米関係に影響を与える重要な動きがいくつか見られる。まずトランプは選挙期間中から約束してきた米国のTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を実行に移した(TPPは加盟国間の貿易協定であるだけではなく「中国封じ込め」をねらっていた)。

 重要なのは、これによって、米国が世界で戦後、自由貿易の推進に果たしてきた役割を放棄することになることだ。戦後世界秩序の形成を担ってきたふたつの国民国家、米国と英国の市民の多くが、いまやこの世界秩序に反発している。多少とも歴史を知る人なら、このことに皮肉を覚えないわけにはいかないだろう。

 しかし、安全保障の分野では、奇妙なことにトランプ政権は、はっきりと現状維持をかかげている。指名承認直後に、ジェームズ・マティス米国防長官は韓国と日本を訪問し、米国が両国にたいし従来通りの安全保障上の立場(尖閣諸島の防衛も含めて)をとることを再確認している。

 2017年2月10日から12日にかけ、トランプ大統領が安倍首相と会見し、ゴルフをしたときも、その基本的立場は再確認された。安倍・トランプ会談は、日本の官界をはじめ日米関係を重視する日本人が心配していた問題、すなわち「日本はこれからも米国をあてにできるか」という問題にとりあえずけりをつけた。実際、双方の会談でなされたもっとも重要な約束は、太平洋におけるアメリカの防衛関与を引きだしたことに尽きるだけではない。むしろトランプが合同記者会見で最初に言及したことに重要性がある。彼はこう述べていた。

 「重要なのは、日本と米国の双方が相互の指導力をますます高めるように、防衛力と防衛能力を築くため、同盟のなかでさらにしっかりと投資をおこなっていくことである」

 言いかえれば、両国はもっと防衛にコストをかけるべきだということで、これは実際、安倍政権が日本で追求していることである。

 選挙中、トランプはいくつかの分野でおかしな主張をしていたが、現在はそうした言い方はすでにやめたようにみえる(大統領選に勝利するため、選挙中におかしな要求と約束を連発し、いったん権力の座につくと、たちまちそれを忘れてしまうのは、トランプが最初というわけではない)。

 とはいえ、たとえば米国が日本と韓国に提供している核抑止力は、(とりわけ北朝鮮を牽制するという意味では)いまでも重要だが、中国の台頭とからんで、在日米軍基地がはたして日本の防衛を目的としているかという問題については、議論してしかるべきである。米軍基地はこの地域でのアメリカの勢力を突出させるために、中曽根元首相が名づけた「不沈空母」として、日本をうまく利用しようとしているだけではないか。東京大学の久保文明教授が、その異質さを指摘するように、日米安保条約はその第6条で、極東での安全を維持するため、日本が米国に日本での基地を使用する権限を与えると明記している。こうした基地を使用する(その目的は日本の防衛に限らない)ことにたいし、米国は日本に使用料を支払う代わりに、日本が米国の防衛を義務づけられないにもかかわらず、米国は日本を防衛すると約束しているのである(Fumiaki Kubo, “A Consideration of the Asymmetry of Rights and Responsibilities in the Japan-US Security Treaty,” an unpublished paper.)。

社会的・政治的問題となっていく中流階級の所得停滞

 米国がこれからもはたして経済的に帝国としての役割を引き受けることができるかと問うのは、トランプだけにみられる観点とはいえない。しかし、日本をはじめとする「ただ乗り」の国々によって、アメリカの力が衰退したとする新大統領の選挙中の非難めいた言い方は、あまりにも単純化されすぎている。近代化の広がりが、国民国家の新たな興隆をいくつも生みだしているグローバルシステムの流れにおいて、米国を相対的にどう位置づけなおしていくかという問題を説明していないからである。

 「富国強兵」という基本方式は、いまでは中国をはじめとして、近代化しつつあるいくつかの国民国家にも採用されている。冷戦後の時代は、世界をアメリカの湖にしたわけではなく、むしろ世界の多極化を生みだした。こうした多極化に、多くのアメリカ人はかつての冷戦二極体制よりもずっと困惑し、どう対応したらいいかわからなくなっているようにみえる。

 貿易に関するトランプの選挙戦中の発言は、あまりにも一方的で、何のためらいもなく訂正したくなるほどだ。トランプの選挙戦中の演説を聞けば、まるで日本の企業はアメリカの消費者にものを売りつけてますます儲けているのに、アメリカの企業は1社も日本で円を稼いでいないような印象さえ受ける。

 私が住んでいるオレゴン州は、たまたま輸出が盛んな地域だが、海外に大きな市場をもつ会社としては、ナイキやコロンビア・スポーツウェア、ペンドルトンなどがあり、いずれも日本でよく知られた会社である。

 日本との貿易で利益を得ているアメリカ人は少なくない。トランプが日米関係の見方を固定させてしまった1980年代以来、日本は広く市場を開放してきた。しかし、不思議なことに、安倍首相と並んで共同記者会見をおこなった2月10日の公式発表では、トランプは「経済に関して、われわれは自由かつ公正で、相互的な、両国に利する貿易関係を求める」と述べているだけだ。

 奇妙なことに、2月の共同記者会見では、断固たる経済保護主義をとるという選挙中にみられたアメリカ中流階級向けの言及はまったくなされなかった。経済学者ブランコ・ミラノヴィッチの提唱した「エレファント・グラフ」を信じるなら、アメリカ中流階級の所得は、1988年から2008年にかけて、他の先進工業国の中流階級と同じく停滞している。これにたいし、この同じ期間に、中国やインドなどでは、中流階級が躍進して、大きな富の増加がみられ、世界の最上層1パーセントの富も増加している。

 中国やインドなどでの著しい富の創出は、世界史上でもまれに見るものである。しかし、先進工業国では最上層1パーセントがいまも好調なのにたいし、中流階級の所得は停滞している。こうした点は、先進工業国のなかでますます明らかとなり、大きな社会的・政治的問題となっていくにちがいない。 (つづく/訳・木村剛久)


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筆者

ケネス・ルオフ

ケネス・ルオフ ポートランド州立大学教授

1966年、米国ニューヨーク州生まれ。ハーバード大学を卒業、コロンビア大学で博士号を取得。専門は日本近現代史。1994~96年、北海道大学法学部の助手・講師をつとめる。2004年、大佛次郎論壇賞受賞。現在、オレゴン州のポートランド州立大学教授兼日本研究センター所長。 訳書に『紀元二千六百年――消費と観光のナショナリズム 』(朝日選書、訳・木村剛久)、『国民の天皇――戦後日本の民主主義と天皇制』(岩波現代文庫、監修・高橋紘、訳・木村剛久、福島睦男)。