メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

[3]多元的民主主義をおびやかすポピュリスト

ケネス・ルオフ ポートランド州立大学教授

首脳会議に臨む(奥右から左に)安倍晋三首相、マクロン仏大統領、ジェンティローニ伊首相、トランプ米大統領、メルケル独首相、ら=26日、イタリア南部シチリア島のタオルミナ、代表撮影20170526拡大G7首脳会議に臨む各国首脳=2017年5月26日、イタリア南部シチリア島のタオルミナ、代表撮影

 私が日本への興味をふくらませるようになったのは、ハーヴァード大学東アジア学部で学んでいた「長い80年代」においてである。1990年には、私はすでにコロンビア大学の博士課程にはいって日本史を学んでいた。

 アカデミックな観点から長い80年代を見つめなおすのは、今回がはじめてであり、その跡をふり返ると、率直にいって、研究者が健全な注意を怠らないことがいかにだいじかということを考えさせられる。そういうのも、日本を専門とする多くのアメリカ人研究者が、長い80年代に、日本へのヒステリー状況に便乗して、みずからのキャリアを積み上げただけでなく、政府の政策を奇妙な方向にねじ曲げたことがあったからである。

 そうした研究者のなかには、たとえばクリントン政権に、日本の成功の秘訣と思われる一種の産業政策を取り入れるよう進言する人もいた。90年以降の元気を失った日本の経済状況に照らしあわせると、80年代のヒステリーが、いわゆる日本式経済システムを過大評価していた(実際にはバブルを経験していたのだ)のは明らかだ。しかし、それは80年代後半から90年代前半にかけて、いかに一部の日本専門家がまちがっていたかを示す一例にすぎない。

トランプイズムと経済的不満

 第二に、「トランプイズム」に関連して、私はその人種差別、ムスリム差別、全般的反移民といった一連の考え方を不愉快に感じていることをはっきりと述べておきたい。思うに、こうした分野での言説や政策が世界中で米国の評価を下げているのだ。

 しかし、同時に、米国以外の国の人びとが、いかに多くのアメリカ人がこうした政策に反対して闘っているか、そしていまでも米国の多元的民主主義が強さを保っているかを知ってくれれば、どれだけいいかと思っている。

 私はまたトランプ政権がユダヤ・キリスト教的価値観を強調していることに、困惑と違和感を覚える。少なくとも私にしてみれば、ユダヤ・キリスト教的価値観において善であり普遍とされるものは、ほかの偉大な伝統や宗教などでもみいだせるものであり、それこそ世界中で共通なのだ。またユダヤ・キリスト教的価値観のこじつけによって正当化された多くの恐るべき歴史的出来事にしても、世界中の他の文明でも同じようなことが生じたのである。

 こうした批判を念頭におくとしても、トランプイズムには強調しておきたいひとつの要素がある。それは経済的不満という要素である。どうやらグローバル化は米国や英国など先進工業国の中流階級全般に恩恵をもたらしていない。このふたつの国の人びとが、最近になって、明らかに何らかの経済的不安から、劇的なかたちで、不満をぶつけたことは説明するまでもないだろう。

 ふたつの国のエリートは、(右であれ左であれ)エリートがおいしい部分を独り占めするとき、何が起きるかという突然の警告をつきつけられたのだ。公共サービスが低下し、ほとんど未来への希望がないまま、中産階級が経済的地位を保つためだけに闘うようになるにつれ、そうした状況は私自身の国でもかなり広がりつつあるように思える。

なぜ日本でポピュリズムが発生していないのか

 最後に、重要かつ興味深い問題がある。それはなぜ日本では、少なくともミュラーの定義によるポピュリズムが、ヨーロッパや米国と同じように、この数十年、国民レベルで発生していないのかという問題である。 ・・・続きを読む
(残り:約2691文字/本文:約4153文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

ケネス・ルオフ

ケネス・ルオフ ポートランド州立大学教授

1966年、米国ニューヨーク州生まれ。ハーバード大学を卒業、コロンビア大学で博士号を取得。専門は日本近現代史。1994~96年、北海道大学法学部の助手・講師をつとめる。2004年、大佛次郎論壇賞受賞。現在、オレゴン州のポートランド州立大学教授兼日本研究センター所長。 訳書に『紀元二千六百年――消費と観光のナショナリズム 』(朝日選書、訳・木村剛久)、『国民の天皇――戦後日本の民主主義と天皇制』(岩波現代文庫、監修・高橋紘、訳・木村剛久、福島睦男)。