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強弁と苦しい理由―自己満足のPKO派遣では困る

日本のPKOの行方は、問題点を謙虚に洗い出して反省できるかどうかにかかっている

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

あの前向きの姿勢はどこにいったのか?

 

南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊の施設部隊を撤退させる方針を発表する安倍晋三首相=3月10日、首相官邸拡大南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊の施設部隊を撤退させる方針を発表する安倍晋三首相=3月10日、首相官邸

 何とも苦しまぎれの言い訳にしか聞こえない。

 南スーダンPKO(UNMISS)からの撤収理由として、安倍晋三首相が語った「一定の区切り」という説明のことである。唐突な自衛隊の撤収表明から3日後の3月13日、安倍氏は参院予算委員会で与党議員の質問に答えてこう述べた。

 「途中でやめることは、日本としてするべきではない。ちゃんと区切りを付け、さすが自衛隊と言われて撤収をはからなければならない」

 4カ月前の昨年11月に安倍氏はどう言っていたか。

 安全保障関連法にもとづき「駆けつけ警護」などの新任務を自衛隊に付与するため、撤収を求める野党に対し執拗(しつよう)に「治安を理由に撤収した国はない」と反論していた。あの前向きの姿勢はどこにいったのか。これでは危機に苦しむ新興国を見捨て、我先に逃げ帰るようなものではないか。

 2011年に独立した世界で最も新しい独立国・南スーダン(人口約1200万人)は今、民族対立による内戦が激化し崩壊寸前の危機のさなかにある。150万人を超す難民が隣国に逃げ出して農業は壊滅状態に陥り、治安悪化のため国連などの援助団体は食糧を運べていない。そのため10万人が饑餓(きが)に直面し、100万人以上がひどい栄養失調に苦しんでいるとされる。

 国造りのための支援がまさに正念場を迎えようとする矢先、岸田文雄外相が約束したのは飢饉(ききん)対策として600万ドル(約6億9千万円)規模を支援することだった。自衛隊の撤収と引き換えに金銭の援助を与えるというやり方は、長く日本のトラウマとなってきた「札束外交」の愚を繰り返すに等しい。

「血も汗も流さない」と批判された湾岸戦争

 日本が国連による平和維持活動(PKO)に乗り出すきっかけとなったのは1991年の湾岸戦争だ。エネルギーを全面依存する中東で起きた深刻な危機を前に、日本は人的な国際貢献がほとんどできないまま130億ドルの巨費を拠出したものの、国際社会から「血も汗も流さない」と強い非難を浴びた。

 おりしも今年はPKO協力法が成立して25年の節目にあたる。国際協力業務を担当する知人の外務省幹部が「理由はどうあれ、総理にはせめて次なるPKO任務が決まってからご決断いただきたかった」と頭を抱えていた姿が焼き付いている。こんなやり方では、「日本のPKOはしょせんこの程度」と国際社会から相手にされなくなってしまうかもしれない。

人的貢献度を示す日本のランキングは120位台へ転落

 5月末に約350人の自衛隊員が撤収すれば、日本のPKO派遣は現地に司令部要員として残る4人だけになってしまう。PKO分野の人的貢献度を示す日本のランキングは、現在の54位(参加総数126カ国)から一気に最下位の120位台へと転落する。ちなみに同じ東アジア組の中国は12位(軍隊と警察の派遣総数2567人)、韓国は38位(同624人)と上中位を保っている。

http://www.un.org/en/peacekeeping/contributors/2017/feb17_2.pdf

http://www.un.org/en/peacekeeping/contributors/2017/feb17_1.pdf

 政府は次なる参加可能なPKOを探し始めたが、難易度や需要からみて現存の16のPKOに条件が合致するものは見あたりそうにない。1992年から途切れることなく続いた日本のPKOは、しばらく冬の時代を迎えることになる。

新任務の実績作りにこだわった?

陸上自衛隊岩手山演習場で2016年10月、安全保障関連法に基づく「駆けつけ警護」の訓練をする陸上自衛隊員たち。国連職員を救出する想定で、南スーダンPKO第11次派遣部隊となる陸自第9師団第5普通科連隊が公開した=岩手県滝沢市拡大陸上自衛隊岩手山演習場で2016年10月、安全保障関連法に基づく「駆けつけ警護」の訓練をする陸上自衛隊員たち。国連職員を救出する想定で、南スーダンPKO第11次派遣部隊となる陸自第9師団第5普通科連隊が公開した=岩手県滝沢市

 なぜこんなお粗末な結末になったのか、昨年来の流れをふり返ってみたい。

 発端は昨年6月から7月にかけて南スーダンで再燃した大規模な武力衝突だった。建国5年の記念日まぢかの7月7日、検問所での政府軍と反政府勢力の小競り合いが一気に激しい戦闘へと発展した。首都ジュバでは戦車や装甲車、攻撃ヘリコプターが投入され、双方の間で銃弾や迫撃砲弾が飛び交った。

 その結果、政府軍が放った砲撃で中国軍のPKO要員2人が死亡、8人が負傷したほか戦闘に巻き込まれて300人近くの死者が出たとされる。

 ところが安倍政権は、当時、国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合を開いて派遣継続を確認したものの、現地情勢については当たり障りのないごく一部の事実しか明らかにしなかった。

 自衛隊の宿営地近くでも激しい戦闘が起きていた事実が詳しくわかったのは、1人のジャーナリストが情報公開を求めた部隊の「日報」が、2月7日にようやく公表されてからのことだ。不可解なことに、その後、廃棄したとしていた日報が防衛省内から見つかり、隠ぺい疑惑の騒動まで引き起こして今に至っている。

http://webronza.asahi.com/politics/articles/2017022800005.html?returl=http:

http://www.un.org/en/peacekeeping/resources/statistics/contributors.shtml

 同省が日報の開示を審査していた昨年10月から12月にかけては、安倍政権にとってきわめて重要な時期だった。国会で自衛隊派遣を延長するかどうかや、駆けつけ警護などの新任務を付与するかどうかについて激しい論戦が繰り広げられていたからだ。

 日報が開示されると国会審議に影響が出かねない。安倍政権が看板に掲げる「積極的平和主義」を体現するため、安全保障関連法にもとづく新任務の実績作りにこだわったと見られてもやむを得ない。

「治安の悪化が理由ではない」というが……

 結局、撤収もその延長で「治安の悪化が理由ではない」(菅義偉官房長官)と強弁せざるをえず、「一定の区切り」と苦しい理由をひねり出さざるをえなかった。政府は実績として、5年の歳月や延べ約210キロの道路補修、延べ約50万平方メートルの用地造成などを挙げた。ところが、実際に作業にあたった経験をもつ隊員は、皮肉混じりにこう明かす。

 「道路補修といっても豪雨で崩れるたびに同じところを繰り返し直していたにすぎない。その合計が200キロになったというだけ」

 こんなやり方では積極的平和主義どころか、国際社会から失笑さえ買いかねない。根底にひそむ悪弊として、「古いPKO観への固執」と「情報の出し渋り」の少なくとも二つが挙げられるだろう。

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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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