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「エキタス」の挑戦―最低賃金を引き上げよ!

労働組合になじみのなかった人々を引きつけ、「プラットフォーム」を目指す

森原康仁

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「路上」からわき上がった声

「貧困叩きに抗議する新宿緊急でも」に参加する市民。国会議員の貧困バッシングに抗議して緊急に企画=2016年8月27日、矢部真太撮影拡大「貧困叩きに抗議する新宿緊急でも」に参加する市民。国会議員の貧困バッシングに抗議して緊急に企画=2016年8月27日、矢部真太撮影

 ここ1、2年、にわかに最低賃金にたいする注目が高まっている。

 実質賃金が低迷し、家計消費支出も12カ月連続で減少する(2017年2月現在)など、あれだけ喧伝(けんでん)された「アベノミクス」の効果がはかばかしくなく、「次の一手」として安倍政権が最低賃金に言及したことがその一因である。2015年11月に安倍晋三首相が「最低時給の1000円への引き上げを目指す」と表明したことは記憶に新しい。

 しかし、ここで注目したいのは、最低賃金の大幅引き上げを求める声が「路上」からほぼ自然発生的にわき上がってきていることである。中でも、「AEQUITAS(エキタス)」というグループが2015年10月17日に新宿で行った「上げろ最低賃金デモ」は、その画期をなす出来事だった。このグループは最低賃金1500円と中小企業支援を主な要求に掲げつつ、「経済にデモクラシーを」求めるムーブメントとして注目を集めている。

 昨年2016年8月に都道府県別最低賃金の改定額が出そろった際に、元毎日新聞社会部記者の東海林智はこう書いている。「(今年度の改定は)例年にない注目を集めた。特に、若者が独自に最低賃金の引き上げを求める運動を始めたことは、これまでにない動きだった」(『毎日新聞』2016年8月24日付朝刊)

 もちろん「最低賃金1500円」を掲げる動きは、エキタスの登場以前から存在した。私が把握している限りではあるが、2015年3月の「新宿一般労働組合」による最低賃金デモ、同年4月15日の「ファストフード世界同時アクション」などがその主なものである。ただ、3.11以降の「路上の運動」との連続性を意識した動きとしては、やはりエキタスに画期性がある。

「デモ文化」の浸透が日本の風景を変えた

 周知のとおり、3.11をきっかけにした「デモの文化」の浸透は、日本の運動の風景を大きく変えた。

 長年、市民運動や住民運動、労働運動に参加してきた層だけではなく、「ふつうの市民」が声を上げるというカルチャーは、反レイシズム運動や「SEALDs」、「市民連合」などの動きに直接・間接に引き継がれ、もはや日常化したといってもよい。エキタスは、経済・労働イシューにもこの運動的遺産を持ち込むものであり、私自身、エキタスの発足時から注目してきた。

 エキタス創設時からのメンバーである原田仁希や藤川里恵はこう述べている。

 「3.11以後の反原発運動にかかわってきた。路上での出会いの中で、やはり若い人の経済問題、雇用問題が大きいことに気づいた。反原発も反ヘイトスピーチもそうだが、不公正、不正義に反対している。その市民運動の流れで貧困や低賃金の問題も、これは公正さにもとる問題だということだ」(原田)

 「労働運動は必ずしもこういう運動の広がりをもてなかった。エキタスは、きっとたくさんいる声を出せない多くの正規・非正規の人たちの器になりたい」(藤川)

 労組になじみのなかった人たちを巻き込むという点で、エキタスは高い注目を浴びている。実際、同様の動きは、札幌、新潟、神奈川、長野、愛知、京都、福岡に広がっている。もともと、経済や労働の問題は、どんな人にも関係のあるもっとも身近な問題である。その点で、「エキタス」の掲げている要求は普遍的なものであり、この流れは今後も続くものと思われる。

 そのエキタスが4月15日に「かつてない規模」のデモを企画している。告知ツイートを紹介しよう。

◆aequitas1500さん
【お知らせ】#最低賃金を1500円に を求める「上げろ最低賃金デモ」を行います。4/15 (土)14時に新宿中央公園集合です。今回のテーマは「連帯」。仕事のある人もない人も、組合に入っている人もいない人も、正規雇用の人も非正規雇用の人も、この日はみんなで一緒に歩きませんか?

4月15日のエキタスのデモの告知ツイート=2月17日拡大4月15日のエキタスのデモの告知ツイート=2月17日

 おわかりのとおり、この内容は、「労組にはなじみのなかった人たち」を巻き込んできたエキタスのこれまでの運動からさらに一歩踏み込むものとなっている。

 つまり、「労働組合の旗や幟(のぼり)の持ち込み」を「解禁」して、労組関係者もそうでない人も、「最低賃金1500円」に賛同するすべての人の「器」としてこのデモを活用してほしい、とよびかけているのである。

 このあとに続くツイートでは「今、時代が再び労働者の連帯と団結を求めています」とも書かれている。たとえていえば、SEALDsや市民連合が「市民の共闘」を実現し、見事に「野党の共闘」に接続していったような役割を、エキタスも果たそうとしているわけである。

4月15日のデモがもつ意味とは

新宿で行われた1回目の「上げろ最低賃金デモ」。小林俊一郎さん(左)がコールする=2015年10月17日、矢部真太撮影拡大新宿で行われた1回目の「上げろ最低賃金デモ」。小林俊一郎さん(左)がコールする=2015年10月17日、矢部真太撮影

 今回、筆者は、4月15日のデモのもつ意味について、エキタスのフロントメンバーである栗原耕平、小林俊一郎、原田仁希、藤川里恵に意見をきいてみた。いずれも20代の「若者」である。

 栗原耕平は「最低賃金1500円」のもつ普遍性をこう語る。

 「最低賃金1500円というのは、フルタイム働けば一人暮らしできる賃金です。これまで最低賃金は、最低賃金より高額な年功賃金をもらう夫や父親の収入で養われている女性や子どものおこづかいでした。つまり、最低賃金で主として生活を支えるということは考えられてなかったんです。でも今や、夫や父親の賃金が低下していて、正社員でも最低賃金付近の労働者が増えています。そうなると、女性や子どもの賃金が『おこづかい』ではなく、『生活費』にならざるをえません」

 つまり「家計の主たる担い手たる非正規」が激増するなかで、最低賃金の大幅な引き上げはまったなしの課題なのだ。しかし、女性や高齢者にとっても最低賃金の引き上げは大きな意味がある。栗原はこう続ける。

 「高齢者も年金と退職金だけでは食っていけず、生活のために最賃ギリギリの非正規雇用で働いている人が増えています。また、シングルマザーの女性は、そのおこづかい並みの賃金で生活を支えなきゃいけません。さらに、夫と別れたいと思ってる女性はどうでしょう?  夫に依存しないと生きていけないような賃金しかもらえなくては、離婚する自由もありません。最低賃金1500円は、あらゆる世代や階層の反貧困の要求であり、女性の経済的な自由・自立のための要求です」

 要するに、栗原は日本国憲法の要である「個人の尊重」の実現にとっても、最低賃金の大幅引き上げが必要不可欠であるというわけだ。「最低賃金1500円」は格差・貧困対策という点からはもちろん、公正な社会をつくるという点からみても重要な意味合いをもつのである。

非正規・女性・高齢者を意識する

スピーチする藤川里恵さん。スピーチは大きな反響を呼んだ。「第2回上げろ最低賃金デモ(新宿)」=2015年12月16日、矢部真太撮影拡大スピーチする藤川里恵さん。スピーチは大きな反響を呼んだ。「第2回上げろ最低賃金デモ(新宿)」=2015年12月16日、矢部真太撮影

 しかしながら、非正規、女性、高齢者はかならずしも労働運動の主要な担い手ではなかった。この層が声をあげるべき普遍的な理由があるのに、運動の側がそれに追いついていたとは言いがたかった。上述したように、エキタスはこの点を強く意識している。この点について藤川里恵はこう強調する。

 「生活保障がなく、賃金が低いために失業していられないから、働けない人も無理やり働くしかないのが今の社会です。そんな中では、今を変えることは今より状況が悪くなることを意味するんです。『自分はあの人よりもマシだ』『自分はこんなに頑張ってるのに、あいつはなんだ』と人を責め、無関心になったり、狭い選択肢の中でなにかを選びとって厳しい社会をなんとか生きている」

 だから、と藤川は続ける。

 「だから、そうした人たちに具体的で大きな夢を見せたい。人生をもう諦めないでいいという空気は、楽しくなくてもいいのだという空気は、だれもが確実に生きやすい社会に変える。ほっと一息つける余裕を与える」

 エキタスのデモでコール(シュプレヒコール)を担当することの多い小林俊一郎もこう指摘する。

 「僕たちにとっていま何が格好いいのかを考える。普段、どんな服や靴を身に着けたいか、どんな家具や雑貨を身辺に置きたいか、どんな音楽や映画を楽しんでいるのかといった、僕たちの日常的な感性が大事にされないといけない」

 「そのとき、まっさきに『今何が格好いいかわからない』『感覚は人それぞれ』と言ってしまうのは無責任でダサい。きっとこれだ、と思うものを提示していく。もしくは、これってすごいいいと思うんだけど、あなた(たち)はどう思う、と雑踏をなす不特定多数の人に問う心持ちでいる。それは僕たちが身近な人と普段から欠かさず実践しているライフスタイルについてのコミュニケーションであり、政治はその少しだけ先にある」

 藤川も小林も、現実を生きる働く人の「日常性」を強調しつつ、「夢を見せ」、「これだ、と思うものを提示していく」ためにデモをおこなう。「政治はその少しだけ先にある」のだ。

3.11以降の運動と連続する感覚

 こうした感覚は、まちがいなく3.11以降の運動と連続する。「3.11以降の運動の成果は凄(すさ)まじい。原発はほとんど動かせず、ヘイトスピーチ解消法が成立し、政治に大きな影響を及ぼしている」と強調するのは原田仁希だ。

 「3.11以降の運動は様々な市民や団体が共同するプラットフォームにもなっている。この力とプラットフォームを貧困・労働・経済問題にも広げていかなければならない。3.11以降からの連続性のもとエキタスは路上で声を上げている。4月15日のデモでは、労働組合の結集を呼びかけている。様々な組織・立場の垣根を超え、『最低賃金1500円』で共闘するプラットフォームを作り、今後の最低賃金の運動をより大きくしていくことを目指している」

 OECD(経済協力開発機構)やIMF(国際通貨基金)ですら「所得再分配の強化と経済成長は両立可能。それどころか、前者が後者の前提になる側面がある」と主張する時代である。栗原が指摘したように、「家計の主たる担い手たる非正規」が大幅に増えているもとでは、最低賃金の大幅引き上げはまったなしだ。これは、日本を「個人の尊厳」を担保する公正な社会にするためにも避けられない課題である。

 エキタスは「経済にデモクラシーを」とも謳(うた)う。要求に普遍性はある。組織や立場の垣根を超えて、「プラットフォーム」たらんとするエキタスの4月15日のデモに注目したい。このデモが労働や経済に関する運動の画期になる可能性は高い。


筆者

森原康仁

森原康仁(もりはら・やすひと) 三重大学人文学部准教授(経済学)

 1979年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。京都大学博士(経済学)。共編著に『図説 経済の論点』(旬報社)、共著に『知識資本の国際政治経済学』(同友館)、『入門 現代日本の経済政策』(法律文化社)など。共訳として、デビッド・エジャートン『戦争国家イギリス――反衰退・非福祉の現代史』(名古屋大学出版会、近刊)。