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[5]「改憲が具体的日程に」との前提自体が問題

護憲派知識人の最近の言動に危惧

木村草太

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、2016年11月18日に立教大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

拡大講演する木村草太教授
 

 最後に何で「泣いた赤鬼」なのか、ようやくタイトルに戻ってきます(会場・笑)。「泣いた赤鬼」とはどういう話か、皆さんご存じですね。人間と友達になりたいと思っている心優しい赤鬼さんがいる。でも、外見だけを理由に赤鬼さんは、人間からいじめられている。そんな意地悪なやつと友達になりたいなんて願望を助ける必要がそもそもあるのかという問題があるんですが、赤鬼の友達だった青鬼さんが、赤鬼さんの願いをかなえるために悪役を買って出る。青鬼さんが人間の村で暴れて、それをボカンと赤鬼さんがやっつけた。こうして赤鬼さんと人間たちは仲良しになりました。めでたし、めでたし、という話なんです。

なぜ裁判官がこんな判決を書いたのか

 私がこの判決を見たときに思い出したのが、「泣いた赤鬼」であります。何でこんなひどい判決を裁判官が書いたのか、ということがちょっと理解できなかったわけであります。

 この判決、どっちが勝っても上告するのは目に見えています。国が負けたら国が上告するでしょう。沖縄県が負けたら沖縄県が上告するでしょう。この高裁判決で決着がつかないというのは、たぶん判決を書く裁判官なら絶対わかっていたはずであります。では裁判官は何を考えたか。「ここで中途半端に沖縄県の意見をのんで判決を書いたら、盛り上がらない。どうせなら、ものすごくひどい判決を書いて(会場・笑)、上告審に向けて、沖縄の人の気持ちを一つにしてもらおう。よし、俺は青鬼になるぞ」というのがこの判決であろうということであります。

 ということで、皆さん、ぜひ、この裁判官のことを責めないであげていただきたい(会場・笑)。ご清聴ありがとうございました。(会場・拍手)

香山リカ(立教大):ありがとうございました。これから質疑応答の時間ということで、皆さんからのご質問などを受けたいと思います。

男性:立憲主義のご説明をいただいたときに、「国家権力の三大失敗、無謀な戦争、人権侵害、独裁」と資料の2ページに書いてあります。戦争のところに、あえて「無謀な」という形容をされているのですが、無謀でない戦争というのがあるのでしょうか。あるとすれば何なんのでしょうか。

あらゆる戦争が違法で不当

拡大講演する木村草太教授
木村:日常用語ではなく法律用語で言えば、確かに「良い戦争」というのは現在存在しないということになります。

 19世紀の国際法においては、無差別戦争観というのがとられておりました。宣戦布告をちゃんとした上で戦時国際法を守れば、いくらでも戦争はやって結構ですというのが、19世紀の国際法であったわけであります。つまり、領土の拡張とか、債権の回収とかのために戦争をやってもよいということになっていた。法律用語としての「戦争」とは、こうした19世紀的な意味の、自分が攻められてもいないのに、こっちから宣戦布告をして武力行使をするという事態のことを言います。

 20世紀の国際法においては、自分が攻められてもいないのに、いきなり宣戦布告をして攻めること自体が違法とされております。これは例外なく違法とされていますので、現在の国際法においては、法律用語における「戦争」に該当する限り、国際法上合法とされることはない。よって、あらゆる戦争は違法で不当なものであるということになるのではないかと思います。

女性:最高裁の判決予測をお願いします。

木村:本件を福岡高裁那覇支部に差し戻す。理由、審査対象が誤っているので、もう一回やり直してください。以上です。(会場・笑)

男性:先ほどの辺野古の判決と、いわゆる統治行為論、それを今後突破して、先生がおっしゃるような最高裁の判決に至る可能性というのはあるんでしょうか?

木村:過去に、最高裁判例で示された統治行為論の例としては、衆議院解散の合憲性と、それから日米安保条約それ自体の合憲性というものがあります。ただ、いずれも、「統治行為論に基づき判断をしなかった」という評価が妥当なのかは、学問的には怪しいところです。衆議院の解散については、そもそも基準になるような条文があまりないので、裁判所にとって違憲と判断する根拠がないということがあります。また、日米安保条約については、判断を回避したというよりは、条約の締結そのものは違憲とは言えないという判断を示しているわけです。

 仮に、世間で言われているような統治行為論を前提にしたとしても、安保条約とか自衛隊クラスのものであれば、違憲判決を書くことの影響が極めて大きいので、統治行為論に逃げるのもわからなくはありません。でも、今回はせいぜい基地の場所を移すという、非常にミクロな話でありますから、日米安保条約そのものの合憲性を争ったときのような回避の仕方はしないのではないかと思います。棄却するつもりなら、この翁長知事の処分が違法だよと言って、国の請求を認容する判決を書けばいいわけで、統治行為論に逃げるというところまでは行かないのではないかと思います。私の個人的な意見はそういう見通しです。

法学教育はなぜ広まらないのか

男子学生:こちらの大学の法学部の学生です。いま、木村先生の話を聞いていて、やっぱり感動を覚えました。例えば、皆さんはあまり法解釈について知らないわけじゃないですか。何で法教育というのは、そんなに広まらないのかなというところが気になりました。

木村:法律は難しいと思われているからだと思います。確かに本当に難しいものもあるんですが、 ・・・続きを読む
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筆者

木村草太

木村草太(きむら・そうた) 首都大学東京教授(憲法学)

1980年生まれ。東京大学法学部卒業後、同大学助手、首都大学東京准教授を経て現職。専門は憲法学。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『憲法の急所』(羽鳥書店)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK新書)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、最新刊に『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)、共著に『未完の憲法』(潮出版社)、『憲法の条件――戦後70年から考える』(NHK出版新書)、『検証・安保法案――どこが憲法違反か』(有斐閣)など。趣味は音楽鑑賞と将棋観戦。棋譜並べの際には、菱湖書・竹風作の彫埋駒を使用。

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