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更地化が進む宮園地区。倒壊家屋はほぼ撤去された。道路脇のがれきもなくなっていた=3月30日、熊本県益城町拡大更地化が進む熊本県益城町宮園地区。倒壊家屋はほぼ撤去された=2016年3月30日、撮影・朝日新聞社

4月11日(火) 朝一番の便で熊本へ。眠い。機中で頭を整理。『調査情報』の原稿を機内で書き始めるが、急逝した同誌編集者・金子登起世さんのことにどう触れるか。中途半端な記述は絶対にしてはならない。かと言って、今回のことをきちんと自分なりに把握しきれていないのだった。お焼香もまだ済ませていないのだから。

 午前10時過ぎに熊本空港に着くと雨模様だった。さっそくSディレクターやNカメラマン、それに今回がTBS取材部での出張取材が最後になるであろうVEの小嶋君らクルーと合流。ドライバーも何度もお世話になっているMさんだ。

 空港から直接、益城町へと取材に向かう。今週はあの熊本地震から1周年の被災地取材に時間を費やすことになる。仮設住宅に入居している農さん、松本さんを訪ねる。かつて益城町の総合体育館のフロアの段ボール箱ベッドに肩を並べて寄り添うように避難生活を送っていたのを、Sディレクターがねばり強く継続取材をしてきたお二人だ。二人はいつものようにとてもお元気そうだった。農さんの場合は、全壊した実家が去年(2016年)11月に取り壊されて更地になった。解体の際に亡夫の位牌を取り出すことができたのが唯一の救いだったという。農さんと松本さんは、お互いにいい距離感を保ちながら仮設で元気に暮らしていて、いつもながら取材しているこちらが逆に励まされるのだった。「人の親切が身にしみる。ありがたかった。けれども親切に甘えてばかりではダメだ」と自らを厳しく律している。日本人の古い世代独特の価値観を持ち続けている。

 益城町で最も被害が厳しかった木山地区を歩く。さすがに解体が進んで更地が多くなっていた。雨のなか、その更地の一角に若い男性が傘をさしてしゃがみこんでいる。見ると彼の足元で1匹の猫がネコ用缶詰をむしゃむしゃ食べている。話を聞いてみると、かつての飼い猫に餌をやりに来ている若者だった。猫は場所に居つく動物だ。ほぼひと月に1回は必ず餌をやりに避難先の熊本市内から実家の建っていたこの益城町の場所に戻ってきているのだという。猫が飼い主にやたらと甘えているのがわかる。

 その後、御船町の古い棚田農家、北川内さんのお宅を訪ねる。以前取材にうかがった場所だ。民生委員の宮本さんも取材のためにお越しいただいた。今ようやく用水路に若干水が通り始めたが、農地自体が地割れ被害から回復していない以上、田圃は全く復活していない。何世代も続いてきた棚田は荒れ放題になっていた。北川内さんはこのままでは農業をあきらめざるを得ないとあきらめていた。相続の問題が立ちはだかっているのだという。

風化と復興格差

4月12日(水) 天気が回復してよかった。午前中は南阿蘇村・立野地区の取材。水道がまだ回復していない。インフラが回復していないので人々が戻ることは不可能だ。これが地震から1年目の現実なのだ。かつて取材で回った場所を見て歩く。人気がほとんどないなか、以前何度か取材した本郷さん宅に。ご自宅の作業用敷地で取材していたら、顔見知りの立野地区の住民、井川さんご夫婦が車でたまたま通りかかった。再会を喜び合う。井川さんの立派な木造建築のお宅はすでに解体され更地になっていた。家で使われていた1本の杉の木で作られていた見事な大黒柱は、山口県のあるお宅にもらわれていくのだということで、更地にごろんと置かれていた。

 午後、立野地区側から、崩落した山の斜面(立ち入り禁止区域)に入る。国土交通省からの特別の許可をとって係官とともに斜面に入った。長さ700メートル、幅200メートルの大規模崩落斜面は、間近でみると、あの地震がまさに地形が変わるほどの天変地異だったことが実感できた。無人のリモートコントロール重機がひっきりなしに作業を続けていた。東京から持参してきたドローンを使って取材部のMカメラマン、Iカメラマンらが撮影を試みた。まさに「鳥の目」でこの大規模崩落箇所をみるのだ。これが予想以上に効果を発揮した。

 午後になって南阿蘇村側に移動。こちら側は被災後の風景はほとんど変わっていないように思えた。東海大学の学生用のアパート群が無残な姿をさらしていた。変わっているところと変わっていないところ。風化と復興格差。これが当日の中継のテーマとなるのではないか。

首相がやって来たが…

4月13日(木) 朝一番で、熊本放送(RKK)に挨拶に。その後、熊本県庁で蒲島郁夫県知事にインタビュー。殺風景な会議室でのインタビューだったので、広報にお願いしてクマモンのマスコットを遠景に置いてもらった。その後向かった熊本城は桜が満開だった。『調査情報』の原稿、何とか書き終える。書評のため国谷裕子さんの『キャスターという仕事』(岩波新書)を読む。

4月14日(金) 朝、テレビをつけたら、NHK『あさイチ』が、復旧した南阿蘇鉄道にレギュラー出演者たちが乗りこみながら生中継していた。まあ、いろんなアプローチがあるんだから、こういう「応援」と称する番組もあってもいいんだけどなあ、何だかなあ、などと違和感を覚えながら眺めていたら、千葉県我孫子市の女児殺害事件の容疑者が逮捕されたという速報が入ってきて、番組全体が何だか落ち着かない空気になっていった。これがテレビというものだ。

熊本城を視察する安倍晋三首相(中央)20170414拡大熊本城を視察する安倍晋三首相(中央)=2017年4月14日
 安倍首相が追悼式典と視察のために朝、熊本にやって来た。決められたコースを見て歩くいわばパフォーマンス行事。

 僕らは上通商店街の視察を撮影することにした。Nカメラマンがものすごくがんばって撮影していた。それに応えようと僕も必死にリポートを試みたが果たしてオンエアで使われるのかどうか。「森友問題、『共謀罪』の審議、北朝鮮情勢といったいくつもの問題が山積している中で、今日ばかりは、あの震災の記憶に立ち戻っている姿をみせているわけですが、熊本での首相の滞在時間は実質4時間あまりということです」。それにしてもものすごい数のSPだ。熊本市民が結構群がっている。

 13時から石牟礼道子さんのお見舞い。夜、熊本の地元の方々との交流。

4月15日(土) 国谷さんの本の書評。指定された字数が少なすぎて書ききれないことがたくさんある。まあ仕方がないのだ。

 『報道特集』のために南阿蘇村から中継。午後2時には現場に到着。阿蘇大橋の崩落地点である。お天気は何とかもってくれた。山の天気は変わりやすい。リハーサル中に、犠牲者の追悼のために関係者とおぼしき人々、それ以外の見物客などが途切れなく来ていた。風化と復興格差について中継で話をしたが、果たしてどれだけの人々が耳を傾けてくれただろうか。特に東京や大阪など大都市圏に住む人々は概して被災地には冷たい。

 夜、RKKディレクターの井上佳子さん、たまたま熊本入りしていた写真家の安田菜津紀さんと会う。井上さんは、今年も戦争をテーマにしたドキュメンタリーを制作する計画だという。元気をもらう。

語るに落ちた「学芸員はがん」発言

4月16日(日) 12時30分の便で羽田に戻る。満席だった。『むささびジャーナル』、いつもながら充実している。北朝鮮、弾道ミサイル打ち上げ実験失敗。

 NHKをみていたら、熊本城にまつわる個人史を丁寧に取材した番組『わたしの熊本城』を放映していた。熊本出身の高良健吾、姜尚中、宮崎美子らに加えて、とりわけ市井の人々の個人史がとても面白かった。ところがその後に続く『明日へ』というキャンペーンVTRは、『花が咲く』が随所に流れ、せっかくの『わたしの熊本城』の細やかさを台無しにしてしまうような、壮大な「絆」ストーリーへの回収作業が行われていたのだった。

 熊本日日新聞の書評欄に載っていた伊藤比呂美『切腹考』(文藝春秋)が読みたくなった。何だか風邪をひいてしまったようだ。

4月17日(月) パスポート更新手続き。きのうの山本幸三地方創生大臣の「学芸員はがん」発言。語るに落ちたあまりにも低劣な発言で、こういうレベルが勢揃いしている感のある現内閣に怒りを覚える。大体「学芸員」という呼称は何だろうか。これらの人々の地位は、日本は欧米に比べて著しく低い。キュレーターという職業もこの「学芸員」という言葉に含まれているのかもしれないが、キュレーターの社会的地位や待遇は欧米では日本に比べてはるかに高い。大体、山本大臣に、普通の「学芸員」並みの知性や常識は備わっているのだろうか? 

 昨日から読んでいるのだが、チューリップテレビ報道部が富山市議会議員の政務活動費不正を掘り起こした活動を描いた『富山市議はなぜ14人も辞めたのか』(岩波書店)のゲラがあまりにも面白くてあっというまに読み終えてしまった。調査報道のお手本。取材とは何かを考える原点みたいなエピソードにあふれている。

 夕方、早稲田のゼミ授業。シリアのアレッポ陥落にまつわるドキュメンタリーをみる。善/悪の二元論に陥っていないか。午後6時30分から自由人権協会主催の「共謀罪」に関するシンポジウムに参加。


筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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