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フランス社会の深淵に立ち向かう青年大統領

既成政党の政治を見放した仏国民、決戦投票までコマを進めたフランスの極右

渡邊啓貴 東京外国語大学大学院教授、国際関係研究所所長(ヨーロッパ政治外交、国際関係論)

マクロン氏の可能性に賭けたフランス

パリで5月7日、勝利宣言するマクロン次期大統領 

拡大パリで5月7日、勝利宣言するマクロン次期大統領

 フランスで39歳の大統領が誕生する。超党派の中道グループ「前進!」を率いるエマニュエル・マクロン氏だ。決選投票で同氏は約66%の支持率で、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補に圧勝した。

 チュルリー公園のカルーセル(シーザー)凱旋門を正面に臨むルーブル宮前のナポレオン広場で、マクロン氏はフランス国民の結集を訴えた。「任務は途方もなく大きい」と語り、フランス社会の分裂、有権者の怒りや不安を理解し、弱者を守り、不平等を解消して、国民統一を復活すると高らかに表明した。

 マクロン氏は39歳で25歳年上の妻を持つ異色の青年大統領だ。仏エリート校ENA(国立行政学院)の出身、財務監査官、ロスチャイルド投資銀行共同経営者の経験を持つが、政治家としては、オランド政権で2年間経済相を務めたことがあるだけの未知数の人物。仏国民はその若さと可能性に自分たちの未来を託した。

容易ではない政局運営

 しかしその政局運営は容易ではない。支持基盤が盤石ではないからだ。

 マクロン氏の政策は、経済ネオリベラリズムと左派的な社会保障政策である。経済相時代の日曜営業日を1週間増やしたり、長距離バス路線の自由化を取り入れた法律は「マクロン法」として有名だ。一口に言えば規制緩和政策だが、労働時間延長も視野にある。

 それは、既得権得擁護の意識が強いフランスでは容易ではない。早速、労働法改正には労組が反対の意思を示している。他方でマクロン氏の左派的な社会保障重視政策は財源の壁に阻まれる可能性が大きい。投資効果による生産効率の上昇と税収増大にかかっている。

 失敗した社会党右派オランド政権の政策と類似点が多い。6月の国民議会選挙の結果が最初の試金石になる。従来の政党とは異なったマクロン氏が率いる超党派の政治グループ「前進 !」が新しい政治の在り方、あえて言えば「ポスト政党政治」の時代を導いてくれるのか。議会選挙に備えて、「前進 !」を「前進する共和国」に発展的解消したが、社会党右派をどれだけ吸収できるだろうか。

複雑で微妙な社会党との関係

 その意味では、今回の選挙で解党の危機に陥っている社会党との関係は複雑で微妙だ。

 オランド政権時代反目していたヴァルス前首相は国民議会選挙に向けてマクロン派から立候補する意思を表明した。カンバデリ社会党第一書記は「ヴァルス氏がマクロン派に入るなら社会党員ではありえない」と、何とか社会党の求心力を維持しようと躍起だ。保守派共和党左派予備選挙で敗北したジュペ・ボルドー市長・元首相は、「マクロン支持を自動的に妨害したり、反対したりする気持ちはない。要は必要な改革に成功するようにすることだ」とマクロン派に理解を示した。

 文字通り、政界再編成とマクロン新党のチャレンジが始まった。

冷めた選挙――フランス社会の深淵

 しかし表向きの話題性のかげで、今回の選挙の顛末(てんまつ)は苦悩するフランスの実情を浮き彫りにしていた。単にマクロン政権のかじ取りを忖度(そんたく)するだけでは分からない深淵(しんえん)が垣間見える。

 実は、フランス国民はそのことに気がついている。筆者は30年以上にわたってフランスの主だった選挙を見てきたが、歓喜の広がりは前回17年ぶりに社会党オランド大統領が誕生したときほどのものではなかった。

 棄権率の高さがそれを示していた。第1回投票の棄権率は前回と前々回を上回り、歴代3番目の約22%を記録した。第2回投票では1969年に次ぐ2番目の約25%という高い率だった。第2回投票での白票と無効票を加えると、有権者の内34%がマクロンとルペンのいずれにも投票しなかったということになる。

 二つの投票の間に行われた調査では、マクロンに投票すると回答した人のうちで、その理由として「他に人がいないから」とした人が60%に達した。逆にルペンに投票するとした人のうち、59%が「ルペンだから投票する」と回答している。「ルペンが嫌い」と答えた人は、51%だが、「マクロンを好き」と答えた人は意外にも7%と低い。

 実はこうした有権者の政治離れの傾向の背景には、現在の政治の在り方に対する国民の不信感と反発があった。棄権した人々の4割は国民が失望しているからだと回答した。事態はどうせ変わらない、と指摘した人も大分いた。

 フランスは高度経済成長後、つまり「成長の限界」を確認した80年代以後、左右に揺れたフランスは結局ネオリベラリズムへと傾斜しつつ(「埋め込まれた自由主義」)、真に社会構造の再編に成功したわけではない。これについては改めて論じるが、サルコジもオランドも2%以上の成長率を約束したが、任期終了時にはいずれも公約を果たさず、昨年の成長率は1.1%、財政赤字率はユーロ圏基準の2.5%に対して、3.4%である。政府負債もその基準(60%)を超えて96%に至っている。

既成政党の政治に対する反発――主役はルペン

 こうした中で、仏国民は既成政党の政治を見放したのだ。アンチテーゼを主張した政党が勢力を伸ばした結果、第1番目のマクロンの約24%を筆頭に、2位のルペン(約22%)をはじめ、保守派共和党のフィヨン候補とメランションを含む四者が分立、拮抗(きっこう)する事態となった。

 既存の政治に挑戦した急先鋒(きゅうせんぽう)は国民戦線だった。すでに述べてきたことがあるが、2代目のマリーヌ・ルペン党代表のもと、排外主義から社会保障重視の政党へと路線を切り替え、貧しい者・弱者の味方を標榜(ひょうぼう)して党勢は倍になった。

 選挙期間中も、彼女は演説で民主主義と共和主義、自由と平等を連呼した。減税や消費者保護、中小企業の活性化、無医村をなくすことなどを掲げた。そして弱者を苦しめているのは国際金融資本であり、リベラリズムの権化であるEUとその象徴である統一通貨ユーロ、そしてそれを担うエリートたちを指弾した。同時にフェミニストとして女性の人権を擁護する一方で、返す刀でイスラム教徒の男尊女卑を痛罵、テロの温床であるイスラム原理主義を批判した。

 もうひとつの勢いを得た批判勢力が、第1回投票で4番目ながら、19%以上の支持率を得た社会党左派「極左」のメランション氏の躍進だった。同氏は「国際金融資本と労働者の戦い」という旧態依然たる19世紀マルクス主義の論法を掲げて、国民戦線と同じくEUからの離脱を主張し、支持を得た。

 こうした中で今回の選挙の主役はルペン候補だった。各種世論調査はルペン氏が第2回投票に勝ち残ると予想したからだった。したがって有権者は第1回投票から、決選投票でルペン候補に勝つことができて、無難な政策を掲げた候補を選ばねばならなかった。第1回投票前に、「自分が好きな人に投票する」と答えた人は約半分にとどまった。投票は最初からフランス国民にはフラストレーションがたまる「消極的な選択」「負の選択」となった。

 こうしてFN台頭の脅威を前にして、波乱の上選出され、最有力候補と目されていた保守派共和党のフィヨン候補が身内の架空雇用疑惑で沈んだ。その一方で、オランド大統領の人気低迷と後継者争いから、社会党は分裂した。そうしたなかで左右既成大政党の間隙(かんげき)を縫って、独立系中道左派グループ「前進 !」のマクロン氏が急浮上したのであった。

 したがってルペンとマクロンの決選投票進出は、既成大政党の政治に対する国民の不満を表現していた。政治家としての経験もないマクロン、閣僚経験もないルペン、「アウトサイダー」たちが主役の選挙だった。

最後に馬脚を露呈したルペン氏

 他方で、ルペン候補は決選投票で敗北したが、これをどう見るのか。第2回投票で約34%の支持率を得たことも事実だからだ。2002年にジョスパン社会党候補が動員に失敗し、父親で国民戦線の創立者ジャン・マリ・ルペン氏が第2回投票に残ったときの得票率は18%だったので、その時に比べると、大躍進だ。マリーヌ・ルペンのソフト化路線、FNの「脱悪魔化」は成功した。

 しかし排外主義は表面上トーンダウンしたが、その片鱗(へんりん)は選挙期間中にも垣間見えたし、ユーロ・EU離脱を掲げながら、その支持率が3割程度だということが分かると、主張を転換させた。ご都合主義と人気取り政策というポピュリストの特徴が失われたわけではない。

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筆者

渡邊啓貴

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか) 東京外国語大学大学院教授、国際関係研究所所長(ヨーロッパ政治外交、国際関係論)

1954年生。東京外国語大学卒業、慶応義塾大学・パリ第1大学大学院博士課程修了、高等研究大学院客員教授(パリ)、リヨン高等師範大学校、ジョージ・ワシントン大学シグール研究センター客員教授、在仏日本国大使館公使、雑誌『外交』『Cahiers du Japon』編集委員長などをへて現職。『ミッテラン時代のフランス』芦書房、『ポスト帝国』駿河台出版、『米欧同盟の協調と対立』有斐閣、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』大修館、『シャルル・ドゴール』慶応大学出版会、『現代フランス』岩波書店など。

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