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「保守対革新」の対立構図に収斂した韓国大統領選

文・新政権は「民心」に縛られる宿命を背負う

奥薗秀樹 静岡県立大学大学院国際関係学研究科准教授

拡大ソウル市中心部の広場に到着し、支持者と握手して喜ぶ文在寅氏=5月10日午前0時10分
 5月9日、韓国の第19代大統領選挙が行われた。現職大統領が弾劾、罷免されたことに伴って7カ月以上も前倒しされるという、韓国憲政史上初めての選挙は、第一野党「共に民主党」の文在寅候補の勝利で決着した。

文政権誕生の原動力は「ロウソク民心」

 文在寅政権誕生の原動力は、「崔順実・朴槿恵ゲート」に憤慨し、ロウソクを手に集まった全国の「ロウソク民心」であった。共に民主党と文在寅は燃え上がる「ロウソク民心」を後追いし、その動向を見極めながらうまく流れに乗り、自らを「反朴槿恵」の象徴と印象付けることに成功した。

 前回の大統領選挙で野党統一候補として朴槿恵候補に敗れて以降、雪辱を期して再挑戦の準備を進めてきた文在寅は、与党保守勢力が分裂し、瓦解していく中、現職の自治体首長を務める党内のライバル候補らに比べ、最も準備ができている候補として、余裕をもった戦いを展開することができた。憲法裁判所が朴槿恵大統領の罷免を決めるまでは大統領選挙がいつ行われるのかさえわからない状態が続き、また罷免されてからも、わずか60日間という異例の短期決戦を強いられる中で、準備ができていることのメリットは極めて大きいものがあったといえよう。

 ロウソク集会の流れに乗った文在寅候補は、共に民主党の党内予備選において、「ロウソク勢力」の代弁者として、親日・保守既得権層の「積弊清算」を叫び、「保守対革新」の理念対立を激化させる戦略をとった。しかし、各党の候補が出そろって選挙戦の構図が固まると、幅広い反文在寅連帯の動きを警戒して一転、「統合」を唱えて全ての地域、全ての国民の大統領になると強調するようになった。ところが、安全保障問題が争点に浮上してきたのを機に保守陣営の巻き返しが強まると、再び露骨に理念対立を煽り、保守既得権勢力に対する敵愾心をむき出しにする等、選挙戦の展開に合わせて、臨機応変に戦略転換を図っていった。

 親盧武鉉勢力の排他的で、覇権的な政治手法を受け継いだ文在寅に対する抵抗感は、保守・革新をまたぐ形で各層に根強く存在している。国民の党の安哲秀候補は、そうした「反文在寅」票を幅広く取り込む受け皿となり、文在寅との事実上の一騎打ちの対決構図を作ることで勝利を目指す戦略をとった。その為には、「戦略的曖昧さ」が必要とされたが、安保問題が争点化し、選挙戦が旧態依然とした理念対立の様相を呈してくると、保守にも革新にも気を配ることを求められた安哲秀の選挙戦略は、中途半端で釈然としない印象を与えることとなり、支持層の離脱に歯止めが効かなくなってしまった。不慣れなテレビ討論での「失態」は、その流れを加速化させることとなった。

 与党セヌリ党の流れを汲む自由韓国党の洪準杓候補は、保守勢力の象徴的存在であった朴槿恵前大統領の弾劾罷免に伴う大統領選挙で、当初から勝ち目のない「傾いた運動場」での戦いを強いられた。「従北」論争の絶えない文在寅の安保観や対北融和姿勢に不安や疑問を持つ有権者を標的に、洪準杓は、「保守対革新」の対立を煽る、ストレートで歯に衣着せぬ革新批判で、行き場を失った保守票の呼び戻しや隠れた保守票の掘り起こしを図った。米朝の強硬姿勢による安保危機の高まりは、各候補の理念性向を際立たせる結果となり、洪準杓は、単純でわかりやすい主張で、一時安哲秀に流れていた反文在寅の保守票を取り戻すことに成功した。

有権者は文氏の安定感を選択

 有権者は内外の混乱の中で、盧武鉉政権の中枢で権力を担った豊富な経験を有し、国会第一党の全国に張り巡らされた強固な組織を誇る文在寅の安定感を選択した。反文在寅の票は、洪準杓と安哲秀に割れることとなった。文在寅は、選挙期間を通して終始優位に立つ基盤となってきた40%の支持層を固め、2位洪準杓との間に過去最大の票差をつけて勝利した。

 ただし、そのことは文在寅新大統領による安定的な政権運営を保証するものではない。むしろ、新政権は、歴代政権と比べても、前途多難な船出を強いられることになったと言わざるを得ない。

 現職大統領の弾劾罷免という事態を経て、韓国の政治と社会が大きく転換する契機となるべき大統領選挙において、選挙戦が、結局旧態依然とした「保守対革新」の対立構図に収斂してしまったことは、「分断国家」韓国の理念対立による亀裂の深さを改めて痛感させることになった。それは、韓国政治が置かれた現状を物語るものであった。

 文在寅候補が、選挙戦終盤、伝統的な理念対立を確信犯的に煽る対立激化戦略に走ったことは否定できない。新政権が、理念対立を前提とした革新政権となることが避けられなくなった以上、捲土重来を期す保守勢力との対立が続くことが懸念されると言わざるを得ない。理念対立の当事者である文在寅新大統領が韓国社会の亀裂を埋め、「国民大統合」に向けた取り組みを進めていくには、少なからぬ困難が伴うことになろう。

 文在寅政権誕生の原動力が、毎週末ソウル中心部の広場に集まり、ロウソクを手に朴槿恵前大統領を糾弾し続けた「ロウソク民心」にあることを忘れてはならない。新政権は、「民心」に縛られる宿命を背負っている。民心に束縛されて身動きがとれなくなるのか、 ・・・続きを読む
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筆者

奥薗秀樹

奥薗秀樹(おくぞの・ひでき) 静岡県立大学大学院国際関係学研究科准教授

静岡県立大学現代韓国朝鮮研究センター副センター長。専門は現代韓国政治外交。朝鮮半島地域研究。韓国・延世大学大学院政治学科修士課程留学後,広島大学大学院社会科学研究科博士課程前期修了(学術修士)。九州大学大学院比較社会文化研究科博士後期課程単位取得退学。NHK記者,朝日新聞記者,韓国・東西大学国際学部助教授等を経て,2010年より現職。主な論文に,「韓国司法が揺るがす日韓関係」,「朴槿恵政権と日韓関係の隘路」,「盧武鉉政権と米韓同盟の再編」,「朴正煕のナショナリズムと対米依存」等。