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[24]文在寅への歓喜は日本人にはわからない?

イメージを一転させた光州事件記念式典での「肉声」

伊東順子 フリーライター・翻訳業

 先日、韓国大統領選挙の結果をうけた直後の朝日新聞のインタビューに、予想通りの圧勝は李明博大統領の時を思い出す、と答えた。

 1990年に韓国で暮らしはじめて以来、幾つもの大統領選挙を経験したが、その多くは歴史に残る名勝負で、ハラハラしながら夜通し開票結果を見守った。ところが、9年前と今回に限っては、事前の予想が無難に的中した形となった。あの時は金大中―盧武鉉と2代続きの「革新政権」から、今回は李明博―朴槿恵の「保守政権」からの、人々は取りも直さず「政権交代」を望んだ。

、1980年に軍が民主化を求める市民を武力制圧した光州事件の追悼行事で、墓地の前で遺族を慰問する文在寅大統領(中央)=ロイター.拡大光州事件の追悼行事で、墓地の前で遺族を慰問する文在寅大統領(中央)=2017年5月18日、ロイター
 「文在寅氏はあまり好きではなかった。でも、保守党(自由韓国党)が急に強くなったので、これはまずいと急遽投票先を変えた」

 「私の立場は安哲秀に近いと思うのだけど、彼では勝てないからね」

 「大邱の夫の実家から、保守党に入れろと連日の電話。いつもだったら、それでもいいかなと思うのだけど、今回ばかりは政権交代させないとダメでしょう」

 大邱市がある慶尚北道は保守の地盤で、今回でも唯一、自由韓国党の洪準杓氏の得票数がもっとも高かった。とはいえ、普段は「保守党でもいいや」と思っていても、今回は革新政党に投票した人が多かった。それはイデオロギーというよりは、現在の政権を継続させることへの「NO」だった。

 したがって、文在寅氏は圧勝したものの、彼個人や彼の党が圧倒的支持を集めたわけではなかった。少なくとも選挙直後はそんなムードだった。ところが、ある日を境に、韓国国民の新大統領への思いは劇的に変化した。大統領支持率も5月22日の世論調査で 81・6%に跳ね上がった。

「大統領候補」から解放された、文在寅氏の肉声

 5月18日のことだった。この日、就任して9日目の新大統領は韓国南部、全羅南道の光州市で行われた光州民主化運動(「光州事件」、韓国では5・18=オー・イルパルともいう)37周年の記念式典に参加した。そこで大統領就任後としては初めて、国民の前で長い演説をした。

 「光州事件」とは1980年5月に、光州市で起きた学生と市民のデモを軍部が武力をもって弾圧し、おびただしい数の死傷者を出した、韓国の現代史上で最も悲劇的とも言われる事件である。式典では、そこで父親を失った遺族代表の女性が泣きながら思いを語り、いたたまれなくなった大統領は席を立ち、その女性のもとに駆け寄った。その映像が演説とともにニュースやインターネットを通じて拡散し、韓国民の間で大反響を呼んだ。

 特に印象的だったのは、彼を支持しなかった人々が、次々に翻意の表明を始めたことだ。 ・・・続きを読む
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筆者

伊東順子

伊東順子(いとう・じゅんこ) フリーライター・翻訳業

愛知県豊橋市生まれ。1990年に渡韓。著書に『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)等。

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