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「公」依存と利己的な「私」による戦後社会の歪み

抜本的な改革が求められる、日本の「共」

児玉克哉 社会貢献推進国際機構理事長、インドSSI大学国際平和創造研究センター所長

 戦後、日本は目覚ましい発展を遂げた。その原動力となったのは、非常に強い「公」(おおやけ)の存在だ。日本では、公共サービス、公共料金というように、「公共」という言葉が使われる。しかし、「公」(おおやけ)と「共」(とも)とは異なったコンセプトのものだ。「公」は官僚体制や政治体制などを意味する。「共」は社会の共同体だ。コミュニティーと言った言葉がイメージに近いだろう。

 日本の場合には、特に強固な官僚システムができあがり、それをベースに、中央集権体制ができあがった。中央官僚が日本の社会を構想し、政治家や地方公共団体を使って、それを実践するというシステムができた。私たちは「自治体」という言葉を使うが、自治体に「自治」の要素はほとんどなく、基本はあくまで、国が決めた事業を実行する地方公共団体という位置づけだ。ピラミッド構造の地方部分を担う組織であり、下からの民主主義の要素は小さい。右肩上がりの経済成長を行う中で、「公」が中心となって構想・実践を行い、責任も持つという社会主義国を彷彿させるような仕組みができ、またそれが機能した。

「私」が「公」に陳情することで社会が発展

 住民自治組織、コミュニティーは非常に弱くなった。こうした住民自治組織は自主的に決定する権限、それに付随する財源はなく、住民はばらばらになって、「公」に陳情する、批判する、という責任を持たない「私」(わたくし)の存在になったのである。自分たちで企画・構想し、財源と責任を持つというのではなく、「公」に陳情することによって社会を発展させてきたのだ。

 道路を舗装してほしいという陳情を続けたら、実際に日本の道路のほとんどは舗装された。橋を架けてほしいと陳情を続けたら、実際に橋ができた。四国と本州の間には結局、3つの橋のルートができた。このように、経済発展のもとに税収も増え、道路、橋、公共施設などが次々と作られ、充実していった。その順番は、国家官僚や政治家へのアプローチの強さによった。

 しかし、90年のバブル経済の破綻とともに、日本の経済は停滞を始め、「公」が「私」の陳情を受け、実現していくという方式は難しくなってくる。しかし、これ以外のパターンを持っていなかった日本は、借金を重ねながらもこのパターンを守ってきたのだ。それによって国も地方公共団体も、累積の国債、県債、市債などが増え続けるようになったのである。さすがにそれも限界に近づき、2000年以降くらいからは、実質的に使える予算は減少し、「私」が陳情しても実現されない公共事業が増えてきた。「公」-「私」方式が行き詰まってきたのだ。

 また、この仕組みが長期化したために、システムの腐敗も起きてくる。強い「公」は各所に天下り先の第三セクターを作り、日本の社会のためというよりも「利権」のために「公」が動く部分も多くなってきた。システムが崩壊に近づいてきた。

 また、この「公」と「私」に特化した社会構造の中で、国民・住民が自ら社会を構想し、実践する力もなくなってきた。そうした構想力・実践力は官僚の分野になり、国民・住民は陳情か、責任なき批判をする存在に成り下がったのだ。モンスター市民も出現してきた。責任はとらないが、国や地方の官僚・職員、政治家を一方的に批判する人々だ。建設的な意見でない場合が多く、結局、こうした批判はプラスにならず、社会をさらに停滞させることになる。

「共」を担うNPOやNGO

 この状況を改善していこうとして、20年くらい前からNPOの重要性が叫ばれた。NPOやNGOはまさに、現代において「共」(とも)を担う組織だ。住民自らが、事業を企画・構想し、 ・・・続きを読む
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筆者

児玉克哉

児玉克哉(こだま・かつや) 社会貢献推進国際機構理事長、インドSSI大学国際平和創造研究センター所長

三重大学副学長・人文学部教授などを歴任し現職。専門は国際平和論、市民社会論、NGO論など。国際平和研究学会の現事務局長でもあり、世界の平和研究の中核を担っている。グローバルな視点から社会科学の発展に寄与している。核兵器廃絶へ向けた「ヒロシマ・ナガサキプロセス」を提案し、世界的な運動を繰り広げている。2012年にインドの非暴力国際平和協会より非暴力国際平和賞を受賞。

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