メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

[5]客観的に自分の国のできることの幅を考える

データに基づいて国力を見定めれば、国際関係が見えてくる

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、2016年12月16日に立教大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

 

拡大講演する五野井郁夫教授

~質疑応答~

男性:冒頭で、最近のトランプなどのポピュリズムとのつながりで、「超国家主義の論理と心理」についてご説明いただいたんだと思うんですけれども、確かに超国家主義のような、下の無法者に引きずられていくエリートという図式というのは、最近のポピュリズムの傾向ととても似通っているわけですよね。こういう傾向はいまの日本でも、例えばデマだとかに乗せられたり、守れないマニフェストを策定して、あとから反故にするとか、そういったことがかなり以前から横行していると思うんですね。こういった問題はもし丸山の議論に沿うのであれば、ある種普遍的に自由民主主義のなかで起こりうる問題だと認識されていると思うんですね。そういったなかで、政治的な我々のリテラシー、判断のリテラシー、ポイントをどこに置いて、何を信じて判断をしていくべきなのかということについて、丸山はどう言っているかといったことも含めて、ご回答いただければ幸いです。

現実を見定めるため、自分の国のできることの幅を考える

五野井:下の人たちの欲望に政治家が引きずられていくという現象、そしてその下の人たちの欲望を代弁する形で、できもしないようなこととか、突拍子もないような公約を掲げる人たちは、いっぱいいるわけです。近年で言えば、やっと引退しましたけれども、石原慎太郎氏などが「支那と戦争して勝つ」などという、そもそも公人の表現自体としてもあってはならないようなことを彼はこの20年間にマニフェストとして出してきたわけですね。だけれども、当然多くの人たちは「あっ、日本にはできるんだ」って思って、盛り上がっていく。でも本人は責任を取らずに、逃げ隠れてですね、現在は豊洲移転の問題で大変みっともない形になっているわけです。だけれども、あれで焚きつけられた人たちというのは、石原氏ではない別の同じようなことを言う政治家、もっと言うと今後出てくるであろう石原慎太郎氏よりもさらに過激なほうへと流れていくという現象が起きるでしょう。

 その人々のそういった、何かしらスカッとした気分になりたいとか、経済的に中国に負けてしまっているので、どうにかして見返したいとかいったような素朴な欲望が、現実を曇らせる煽動と結びついたときが怖いですね。そういうものを無責任に増幅させてしまった政治家の責任というものが本来的にはあるはずです。

 きょうの日露首脳会談の結果を見て、皆さんおわかりのように、二島返還すら不可能でしたね。ある時点まではもちろんできた可能性はゼロではなかったわけですけれども、具体的に言えば、ことしの11月の終わりぐらいまでの政府関係者の議論のなかでは、二島ならば返還はできるという期待や願望がまるで現実になるかのような話がありました。実際、NHKの検証番組もその路線で動いていました。そのかわり、アメリカが沖縄に軍を駐留しているのと同じように、ロシアの軍を駐留させることによって可能になるという見方もありました。しかしそれすらできなくなってしまった現実をまざまざと映像で突きつけられたときに、そうすると二島返還、あるいは四島返還でできるかもしれないと思っていた人の感情というものは、当然取り残されるわけです。取り残されたその人々の感情をより悪辣な政治家などが、あるいは政治家を志望する人間が拾って、別の対象に差し向けて増幅させ、自身の支持者獲得に悪用していくということが今後起きるかもしれませんね。

 ではどうやって、そのどこまではできるのかできないのかと、現実を見定めていくのかという話ですけれども、先ほどの、丸山の議論で言えば、自分がいる国のいま「できる」ことの幅は何なのかということを考えなきゃいけない。

 よく私自身が自分の学生に講義をする時に何と言うかというと、まず自分の国や自分の地域がどういう国力や防衛力を持っているのかをちゃんと見定めさせるということですね。何ができて何ができないのかを分からせることです。例えば毎年の防衛白書であったりとか、あるいは外交青書であったりとか、あるいは農林水産白書等を見れば、日本の防衛力や外交力、そして食糧の自給率がどれぐらいかがわかります。自給率はカロリーベースで40パーセントを切っているわけですから、普通に考えて戦争を継続できませんね。ということで、まずリアリスティックに考えれば、「米100万トン、小麦で約2ヶ月分の備蓄あります」とか誇らしげにいう政治家がいますけど、40パーセント未満の食料自給率であれば、まず長期戦になったら持たないですよね。

 よく、農水省とかはごまかして、「いや、カロリーベースじゃなくて、値段ベース、つまりプライスベースにすると、日本の自給率は高くなるんですよ」と言いますが、それはどう考えたって、平時と同様の条件で貿易をしているという前提がある場合ですよね。戦争のときは貿易がまず遮断されますから。そうなると、そこはリアリスティックではないということになります。つまり価格ベースで自給率を換算するというのはまったくもってダメで、やっぱりカロリーベースで換算しなきゃいけない。カロリーベースで換算すると、やっぱり4割弱でしかないわけですから、そうなると、どれだけ戦争をしたいという感情の人がいたとしても、じゃあまずは食料を蓄えましょう、あるいはTPPをやめて、もう一回農業国にしましょうという話になるかもしれませんね。

 あるいは例えば昨年は、中国が軍縮をしたわけですが、軍縮をした数がちょうどいまの日本の自衛隊の防衛力と同じ数減らしたんですね。もちろん、中国は兵力を近代化しスリム化しただけだという見方もある。でも減ったという事実と数字は変わらない。そういうことがわかってくると、自分の国の力がどれぐらいかということがわかると、客観的にものを見る、数字を考えてものを見たときに、たとえ「神風」が吹いてもやっぱり無理でしょうということは、容易に理解されるんじゃないかなと思うんですね。それに、そもそも神頼みとか非合理的なことに国運を託すんだったら、やはりやらないほうがいい。

客観的にデータを見れば、各国の関係がわかってくる

拡大講演する五野井郁夫教授
 今回のロシアの話で考えれば、あの国のエネルギーの自給率は200パーセント近くなわけでして、そういう国に対してエネルギー消費量が世界5位であるにもかかわらずエネルギー自給率は2016年現在で6%程度にすぎない日本にどういう譲歩ができるのかというときに、なかなか持てる外交上のカードというのは多くない。そして数日前の日本テレビがプーチン大統領に行った独占インタビューを見てみると、「一番大事な国は中国です」と言っているわけですよ。

 そういうなかで、それでも人々に一縷の希望を抱かせるような発言を政治家が煽っていたのは、大変無責任なことです。できることとできないことというのは、少なくとも公表されているデータや、あるいは各国の様々な貿易統計などを見てみると、それが国際政治経済学でいうところの対称的な相互依存関係なのか、それとも非対称的な相互依存関係なのかということが、容易にわかってきます。そうすると、自分たちの国はこの分野では強く出られる、あるいはこの部分を握られているから強く出られないということが自ずと分かるわけでして、実はそういうものを学ぶのが国際政治とか、国際政治経済学という学問です。ぜひ学んでいただければと思います。

ポピュリズムと民主主義

西谷:ポピュリズムと民主主義はどう区別したらいいんでしょうか?

五野井:詳しいことはTBSテレビの年始特番で明らかにしますね(会場・笑)。ポピュリズムは基本的に民衆の声というものを最も直接的に、古い言葉で申し上げると、無媒介に吸い上げて表明するということです。ちょっと考えてみたいんですが、なぜ我々は媒介物を必要としないことがダメなのか。無媒介であるということがなぜダメなのかということになっていくわけです。もちろん直接民主主義だけであれば無媒介に人民の意思が表出する。それはポピュリズムと大変近い、 ・・・続きを読む
(残り:約4635文字/本文:約8078文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

五野井郁夫の新着記事

もっと見る