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「保守の悲願」憲法改正は本当にできるか?

国民投票には「必勝の算段」が必要。この際、「バスには1本乗り遅れた」方がいい

古谷経衡

安倍総理の胸の内は……

記念式典で祝辞を述べる安倍晋三首相(中央)=4月26日、東京都千代田区の憲政記念館拡大記念式典で祝辞を述べる安倍晋三首相(中央)=4月26日、東京都千代田区の憲政記念館

 5月3日の「憲法の日」に合わせ、安倍総理が「2020年までの新憲法施行(9条1項、2項は残しつつ、自衛隊の存在を新たに書き加える)」を唐突に発表したことで、党内外の動揺はもとより、各メディアもこれを大きく取り上げたことは記憶に新しいところである。

 「2020年まで」という年限を区切ったことで、「単なる五輪との数字合わせ」という批判があったが、これはいささか拙速な批判に過ぎるだろう。なぜ安倍総理が2020年までの新憲法施行といったか。

 2019年夏に、2013年で当選した参議院選挙の改選があるからである。

 ご承知の通り、2013年夏の参院選で自民党は大躍進し、改選前34議席から一挙に65議席へと増加。他方、民主党(現民進党)は改選前44議席から17議席へと大敗北。これにより、2012年暮れに発足した安倍政権の地歩は、盤石となったのである。

2013年参院選自民党の大勝利は、攻勢の限界点

 加えてこの参院選挙においては、憲法改正問題に関しては「加権」の立場をとる公明党を含めた場合、日本維新の会、日本のこころなどの「改憲三党」と、改憲積極の無所属議員を足すと、非改選と合わせた改憲容認の合計数が憲法改正発議に必要な165議席をわずかに1議席を上回る166議席に達したことでも、大きく注目された選挙であった。

 中選挙区制と全国比例を併用する半数改選の参議院選挙では、小選挙区制と比例ブロックを併用する衆院選挙と違い、地滑り的大勝利は起こりにくい。よって、2013年参院選での自民党の大勝利は、攻勢の限界点だと考えることができる。

 つまり早い話、2019年の参院選挙では、65議席からいかに減少幅を少なくするかが争点というところである。日本維新の会や公明党の議席が現状を維持したとしても、自民党がわずかに2、3議席を減らすだけで、参院での改憲発議要件である3分の2を割り込む可能性が高い。

3分の2が維持されている間に「一大決戦」へ

 よって安倍総理としては、2019年夏の参院選挙までに、薄氷の上に成り立っている現下の3分の2が維持されている間に、衆・参で憲法改正発議を行い、一挙に国民投票でその過半数を問うことを、戦略上当然考えたものである。どんなに遅くとも2018年暮れまでには次回衆院選があるために、これに堅調に勝利したうえで、2019年夏の参院選と同時に国民投票を実施する、という選択肢も十分にありうる。よって「2020年までの……」という件の宣言は、あながちあてずっぽうの数字合わせではないのである。

 ところが当然のこと、憲法改正には最後のハードルとして国民投票での過半のYESが必要である。せっかく衆参で改憲発議したのに、最終的に国民投票で否決されたとなれば、これは主権者たる国民が現行憲法を信任し、軍の必要なしと言ったのと同義であるから、以後半永久的に憲法改正の再チャンスは遠ざかり、当然その発議者の安倍総理の進退にかかわってくる。

 英EU離脱を問う国民投票が可決されてしまい、引責としてその職を辞したデーヴィッド・キャメロン首相の例を引くまでもない。このように国民投票での憲法改正発議の賛否は、単に改憲の是非を問うだけではなく、まさに乾坤一擲(けんこんいってき)、政権のレゾンデートルそのものを賭した一大決戦と称するほかないのである。

公明党支持者が鍵を握る

 では仮に2019年X月、憲法改正の国民投票が行われたところで、YESの可能性はどの程度あるのか。

 現在、直近の民意である2016年参院選における比例代表の得票割合を例として単純計算すると、自民・維新・日本のこころ(旧次世代)の「改憲三党」の得票割合は約46%、民進・共産・社民・自由(旧生活)の「護憲四党」の得票割合は約36%である。これに「加憲」の立場をとる公明党が約13%と、つまり公明党支持者の13%が鍵を握ることは明瞭にわかる。

 この場合公明党は当然、改憲発議に賛成しているのでその支持者も改憲にYESというのかといえばそう単純ではなく、当然、投票に党議拘束などないわけであるから、公明党支持者の中からも憲法改正国民投票への造反者は出てくる。

 常に指標とされるのは報道各社・系列による世論調査だが、質問の形式などにもよるが、改憲9条に関する事柄になると、改憲YESが4、NOが4、中立が2という感じで浮動的である。つまり、議席的には改憲容認勢力が衆参で圧倒していても、国民投票の段になるとその勢力比は浮動的であり、常に拮抗(きっこう)しているといってよい。

9条改正機運が下火となる中、党内からも異論・違和感の声

 憲法改正の機運が最も高まったのは、各種世論調査が示す通り、ゼロ年代前半~中盤にかけての小泉・第一次安倍政権時代であった。当時は9.11とアフガン空爆、相次ぐ北朝鮮不審船事件、小泉訪朝と拉致被害者5名の帰国など、日本を取り巻く外交安保状況が目覚ましく変転する時節であった。

 ところがその後、2014年における集団的自衛権解釈変更と同安保法成立あたりからこの情勢は微妙に変化し、つまり「集自権解釈変更やら安保法が現行憲法の枠内でも出来るのなら、そもそも憲法改正自体必要がないのではないか」という単純な声が強くなった。

 よって、憲法9条改正機運は爾来(じらい)やや下火となり、現下ではすでに述べたように、改憲・護憲の勢力が拮抗(きっこう)し、「どちらでもない」の傍観軍が増えているという様相である。

 つまり改憲派からするとやりにくい状況なのであり、そのような現状を考えると、政権ひいては自民党の存在自体を賭して行われる憲法改正国民投票での「NO」の可能性も出てくる。

 負ける可能性が五分もある戦争は決してやってはいけない。やるのなら改憲派に「八分勝算」の優勢の状況が現出しなければならない。よってまだ憲法改正国民投票は時期尚早である―、というおおむねこのような危惧から、石破氏や船田氏など、自民党内からも異論・違和感の声が出たのである。

憲法改正派の主張は大別すると3パターンに

 では、目下の世論で自民党の改憲案(まだ詳細は出ていないが)に「八分勝算」の算段への道筋はあるのかと言えば、極めて厳しいと言わなければならない。そもそも、従前から古色蒼然とした憲法改正派の主張は、大別すると以下の3パターンである。

1)押しつけ憲法論

 言わずもがな、改憲派の主張する核心的理論根拠のひとつである。現行憲法は占領下に発案・公布・施行されたのだから、GHQ(連合国軍総司令部)による押しつけだ。よって日本人による自主憲法制定こそが肝要である、の意見であり、戦後の右派・保守派に広範に見られる古典的改憲論拠である。

 このGHQ占領下において形成された現行憲法と、戦後の我が国の国際的地位(敗戦国相当)の打破を訴えるのが、「YP(ヤルタ・ポツダム)体制打破」のスローガンであり、右派・保守派の金科玉条として使用され続けてきた。

 現行憲法が押しつけであるか否かは議論、解釈の分かれるところであるが、私個人としては、当然巨視的にみれば敗戦国日本政府に連合国軍総司令部への拒絶の選択肢はないのと同然なのであるから、「押しつけ」の解釈はまず妥当である。しかしそのロジックでいけば、農地改革や男女普通選挙、財閥排除等の諸改革も押しつけなのであり、これも打破しなければならないのだが、今さら小作農復活など誰が支持するだろうか。

 そして仮に押しつけであっても、当時の敗戦日本人は軍民戦死三百万人と言う途方もない戦争の厄災を痛感しており、そこからようやく戦後復興の槌(つち)音が聞こえてきたころ合いなのであり、平和主義を謳(うた)った現行憲法の制定は、昭和天皇隣席の元、都下で万歳の歓迎行事をもって迎えられたのは言うまでもない。結果、押しつけであっても70年以上、現行憲法が運用されてきた実績はどうあっても無視できないのである。

 つまり「押しつけ憲法論」は威勢は良いが、やや精神論に過ぎ、「YP体制打破」のスローガンなど、ほとんど右派・保守派の古老でも口にすることは少なくなった。仮に押しつけであっても、もはや自己の一部として受容し、運用している現行憲法を「元は外国産」という理屈だけでその改変を押し通すのは、「八分勝算」の算段にまで世論を喚起することはできない。

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筆者

古谷経衡

古谷経衡(ふるや・つねひら) 文筆家

1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。主な著書に「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。

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