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「偉大な国家、歴史への忠誠」を叫ぶロシア社会

新しい「社会契約」のために巨大化する「不滅の連隊」行進

大野正美 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

兵士姿の父親ウラジーミルさんの写真を手にモスクワの「不滅の連隊」行進に参加したプーチン大統領(中)=2017年5月9日、ロシア大統領府ホームページから拡大兵士姿の父親ウラジーミルさんの写真を手にモスクワの「不滅の連隊」行進に参加したプーチン大統領(中)=2017年5月9日、ロシア大統領府ホームページから
 17年以上に及ぶプーチン大統領支配の前半(2000~2008年)が、近代以降のロシアの歴史の中でも有数の経済成長を実現したことは前稿(「経済の疲弊が進行しても側近支配を変えないロシア――プーチン氏による「国家資本主義」経済の現実」)で見た通りだ。この成長の時代にロシアでは、「国民が政治のあり方に文句を言わなければ、政権は国民に永続的な生活の向上を保証する」という「プーチンの社会契約」が有効に機能し、政権への高い支持につながっていた。

 だが、2008年のリーマンショックの後、支配期後半の経済が著しい不振に陥ったことで、この「社会契約」の機能は大きく損なわれた。それは国民の意識調査から明らかである。

 独立系の世論調査機関レバダ・センターによると、2000年5月にプーチン氏が大統領に就任した時点の調査で34%が「国が正しい方向にある」と答えたのに対し、「袋小路に向かっている」との答えが43%あった。だが、経済の成長が始まると、「正しい方向」の回答は増え続け、メドベージェフ大統領、プーチン首相の「双頭体制」に入った直後の08年9月には、「正しい方向」が61%と、「袋小路」の24%を圧倒していた。

 しかし、同じ月に起きたリーマンショックの打撃がロシアにも広がった09年1月に「正しい方向」は42%に落ち込み、「袋小路」の39%と急接近した。その後、2011年12月の下院選挙で大量の選挙違反が起き、「公正な社会」を求めて社会の中間層が抗議活動を繰り広げた時期からは、「袋小路」がしばしば「正しい方向」を上回る状態が続いた。

「千年の歴史の物語」

 経済情勢の悪化で「永続的な生活の向上」が期待できなくなる中で、国民は政治に口を出す構えを見せ始めた。では、ロシア政権は新たにどんな「社会契約」をつくり出し、こうした情勢に対してきたのか。

 カーネーギー国際平和財団モスクワセンターのアンドレイ・コレスニコフ上級研究員が5月半ばに出した論文で興味深い見解を示している。それによると、現在のロシア政権は、「市民が政府に忠実であれば、そのお返しに偉大な国家の地位と『千年の歴史の物語』をロシア国民に与える」という新しい「社会契約」で国民の統合を図っているのだという。

 「千年の歴史の物語」とは、昨年(2016年)5月にロシア政府内で長期的な経済政策の策定を担当するクドリン大統領付属経済評議会副議長(元副首相)とプーチン大統領の間で交わされた議論に由来する。

 クドリン氏はクリミア紛争後に米欧がロシアに対して導入した経済制裁の影響などを念頭に、「ロシア経済の技術的な立ち遅れの克服には、国際的な技術連環への参入や外国投資の導入が必要だ。そのために、地政学的な緊張を低下させるべきだ」と主張した。プーチン氏は、「遅れた点があるというが、ロシアには1000年の歴史もある。主権を取引に使うことはしないし、大統領である間だけでなく、私の命ある限りは主権を守る」と答えた。経済よりも大国としてのロシアの地位確保を重視する立場の表明である。

 同論文によると、新しい「社会契約」で重要なのは、あたかもロシアが自分のやり方で残りの世界を動かしていると国民に常に見せつけることだ。

 たとえば対立してきた米国がロシアの友人になるとしたら、それはロシアの力の勝利である。もし米国が友人にならなければ、それはロシアの力を恐れるためだ。さらに、世界で包囲された砦の状態にロシアがあることを強調すれば、おのずとプーチン大統領のもとに国民は結集する。また、偉大な大国としてのロシアの長い歴史、中でも第2次世界大戦での対独戦勝の栄光を強調し、愛国的な価値を刺激して国民の団結を呪文のように繰り返せば、統治のあり方に不満があっても国民は自分たちが団結していると確信し、国内の安定維持につながる。

 この新しい「社会契約」の考え方に沿うようにロシアが2014年にウクライナからクリミア半島を併合し、さらにウクライナ東部の軍事紛争に介入したことは、国民の気分を変化させた。2013年9月に40%しかなかった「国が正しい方向にある」との回答は、ウクライナ東部の紛争が最も激しかった14年8月には64%にはね上がった。

「偉大な国家の地位」「強国としての歴史」の強調

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筆者

大野正美

大野正美(おおの・まさみ) 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

1980年、朝日新聞社入社。水戸支局、外報部、東京社会部などを経て、1986年からサンクトペテルブルクに留学、モスクワ支局勤務は3回計11年。論説委員、編集委員、国際報道部・機動特派員を経て、現在は報道局夕刊企画班。著書に『メドベージェフ――ロシア第三代大統領の実像』『グルジア戦争とは何だったか』(いずれもユーラシア・ブックレット、東洋書店)など。

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