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現地ルポ 香港返還20周年と中国の民主化運動

今も続く雨傘運動は、劉暁波(リウシアオポー)氏の無条件釈放と言論の自由を求める

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

何かが起こる予感―香港の街はざわめいていた

市街で民主化デモを行う香港市民=7月1日、撮影:五野井郁夫拡大市街で民主化デモを行う香港市民=7月1日、撮影:五野井郁夫

 2017年7月1日、香港はイギリスからの返還20周年を迎えた。この記念式典に出席するために、習近平(シーチンピン)主席が6月29日、トップに就任して以来、初の香港入りをした。

 同日には、普通選挙を求めて香港の中心部を占拠した「雨傘運動」を抑え込んだ親中派の梁振英(C・Y・リョン)が香港行政長官の任期を終え、同じく親中派の林鄭月娥(キャリー・ラム)が新たな行政長官に就任した。林鄭が政策として掲げるのは、香港に「高度の自治」を保障する「一国二制度」を保ちつつ、中国本土への忠誠心を義務教育等で教え込む愛国主義教育の徹底だ。

 今年の返還式典は、このような中国本土の政策に反対する市民らによる抗議もこれまでとは異なるものとなった。

 以前、香港の民主化運動である雨傘革命を把握しに占拠の現場を訪れた際もてなしてくれた友人たちが、今回も見に来いという。香港は昨年6月に国際学会の研究発表で訪れて以来だ。

 返還記念式典前日の6月30日、ふたたび降り立った香港の街は、これまでになくざわめいていた。何かが起こる予感、とでもいうべきだろうか。

既存の秩序が不安定化し、変容しかかっている空間

 この独特のざわめきは、既存の秩序が不安定化し、変容しかかっている空間に特有のものだ。戒厳令の空間にも、あるいは一時的な自主管理の空間にも、どちらにも転じうるようなそれである。というのも、習主席の初香港入りのタイミングで、中国の民主化を訴えて投獄されていた文学者でノーベル平和賞受賞者の劉暁波(リウシアオポー)が、末期の肝臓がんで刑務所から病院へ移送されたと報じられたからだ。

https://this.kiji.is/252949757849714693?c=39546741839462401

 これまで中国政府は劉の健康状態は良好と主張していたが、政府当局が適切な治療を怠ったため病状が悪化したとの臆測が飛び交っていた。

 劉暁波は、1989年の六四天安門事件に際しては天安門広場の学生たちを救うべく侯徳健、高新、周舵らの進歩派知識人とともに人民解放軍と交渉をし、後に有罪判決を受け投獄された。釈放後も中国で反政府の言論活動を続け、幾度となく投獄と強制労働刑に服していた。

 それでも2008年には、1948年に発表された世界人権宣言60周年に合わせて、三権分立や民主化、集会・結社・言論・宗教の自由等を掲げて中国共産党政府の独裁を批判した「零八憲章」の起草に携わった。その結果、劉は国家政権転覆扇動罪に問われ、2020年まで懲役11年の判決を受け、服役中だったのである。

劉の即時釈放を求めるデモが行われた

 劉暁波が末期がんとの報を受けて、民主主義を訴える市民らによって香港では6月27日、劉の即時釈放を要求するデモが行われた。立法会(議会)議員や活動家ら約70人が、劉氏の写真を掲げて「適切な医療を」などと叫びながら、中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」まで行進した。劉の妻である劉霞の軟禁や、中国の民主活動家への迫害をやめるようにといった要求も行った。

https://this.kiji.is/252356851553583109?c=39546741839462401

 さらに、28日夜には、立法會(議会)議員や市民らが、中国返還のシンボルになっている金色の花の像(金紫荊銅像)を約3時間占拠し、その後に生活妨害の容疑で逮捕拘束された。その像はちょうど返還20周年記念式典の行われる香港島の会場近くの広場にあり、「劉暁波の無条件釈放、香港市民は真の普通選挙を求める(無條件釋放劉曉波 香港市民要真普選)」と書かれたのぼりが掲げられた。

http://www.chinainperspective.com/ArtShow.aspx?AID=180107

2014年の雨傘運動は「真の普通選挙」を求めた

雨傘運動での選挙現場、旺角=2014年11月6日、撮影:五野井郁夫拡大雨傘運動での選挙現場、旺角=2014年11月6日、撮影:五野井郁夫

 2014年の雨傘運動のスローガンが「我要真普選(真の普通選挙を求める)」であったことからもわかるように、警察に拘束されたのは香港の雨傘運動でも活躍した、19歳から61歳までの26名だった。

 そのなかには、雨傘運動の元学生リーダーたちによる政党である香港眾志(Demosisto)の立法會議員・羅冠聰、秘書長の黃之鋒(ジョシュア・ウォン)、メンバーの蔡俊賢、周庭、林朗彥、謝禮楠、黃莉莉、社民連主席の吳文遠、黃浩銘などもいた。彼らは30時間あまりの拘禁ののち、釈放された。
https://www.hkcnews.com/article/4942/

 ちなみに、雨傘運動の遠因には、中国の中央政府による愛国教育の強化があるものの、直接のきっかけは2014年8月31日、中国の全国人民代表大会常務委員会(全人代)が、行政長官の普通選挙に関する決定草案を可決したことだ。共産党政権の意中の人物が選ばれるよう、指名委員会という新たなハードル設定を義務づけたのである。この中国政府による事実上の民主主義の無効化に対して、学生たちが「我要真普選(真の普通選挙を求める)」と訴えたのだった。

 この学生たちの抗議に、一般の市民らも賛同し、路上でのピケ張りやバリケードづくりなどについては建設現場で働いているプロたちが手伝うといった動きも各所で見受けられた。

地下鉄の銅鑼湾(コーズウェイベイ)駅構内は人であふれかえっていた

デモ参加者であふれかえる地下鉄の銅鑼湾駅=7月1日、撮影:五野井郁夫拡大デモ参加者であふれかえる地下鉄の銅鑼湾駅=7月1日、撮影:五野井郁夫

 2017年の6月から7月にかけて起きた一連の出来事は、雨傘運動を別の形で継続するものである。

 7月1日の返還記念式典では、習近平主席が、愛国教育の必修化と、中国への敵対的な活動を取り締まって厳罰を科す「国家安全条例」の早期制定を要求した。「国家安全条例」は2003年に香港市民50万人が参加した大規模な抗議デモで制定が見送られ、愛国教育の必修化も2012年に市民の強い反発を受けて撤回に追い込まれている。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170701/k10011037611000.html

 同日には、香港島中心部にあるヴィクトリア・パークで民主化を訴える市民と、民間人權陣線(Civil Human Rights Front)や香港衆志をはじめとする各野党、そしてNGOらによる集会が行われ、その後に香港政府庁舎までの3キロほどの距離をデモ行進した。地下鉄の銅鑼湾(コーズウェイベイ)駅で降りると、駅構内はすでに人であふれかえっている。

 駅から集合場所の公園までのわずか500メートルほどの歩道では、立法會の反政府政党やNGOらの情報宣伝が参加する市民らを迎えた。かれらは異口同音に反政府の演説をしつつ、往来する人びとにはプラカードやフライヤー、ビラ等を無料で配布していた。

集会場所までの歩道=7月1日、撮影:五野井郁夫拡大集会場所までの歩道=7月1日、撮影:五野井郁夫

演説で警鐘を鳴らした銅鑼湾書店店長の林栄基

集会で演説する銅鑼湾書店店長の林栄基と集会の様子=7月1日、撮影:五野井郁夫拡大集会で演説する銅鑼湾書店店長の林栄基と集会の様子=7月1日、撮影:五野井郁夫

 集会では、数多くの反政府アクティヴィスト(行動家)や政治家が登壇し、演説を行った。登壇者の中には、反政府的な書籍を扱ったことで中国当局に拘束され、8カ月近くも中国本土に連行されたのちに、去年、香港へ戻ってきた銅鑼湾書店(コーズウェイベイ書店)店長の林栄基もいた。

 長期の拘束で疲労がまだ抜けきっていない様子の林は、そのやつれた体に鞭(むち)打って、現在香港当局が制定しようとしている「国家安全条例」が表現の自由と民主主義を脅かすと演説の中で訴え、人々に警鐘を鳴らした。

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筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

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