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「町村総会」を検討する前に

議論は問題の先送り、議員のやりがいづくりこそ待ったなしの課題

金井利之 東京大学大学院教授

大川村村議会で町村総会の検討開始を表明する和田知士村長(左)拡大大川村村議会で町村総会の検討開始を表明する和田知士村長(左)

大川村で再燃した「町村総会」の議論

 2015年9月6日付産経新聞電子版によれば、四国山地の人口400人あまりの高知県大川村では、人口減少を受けて、議会に代わって「町村総会=キーワード」を設置しようという動きがあったという。村民全員に危機感を抱いて欲しいと、村議が提案したのである。

町村総会 自治体の有権者全員で構成し、直接参加して意思決定をすることができる、議会にかわる議事機関。地方自治法94条の「町村は、議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる」に基づく。

 そもそものきっかけは、2013年11月の衆議院総務委員会における「インターネット時代になれば、町村総会は形を変えて生まれ変わる」という趣旨の片山虎之助総務相の答弁だったという。ただ、この当時はまだ、仮想の思考実験のきらいがあり、村内でも否定論が強く、打ち切りになった。

現実味のある選択肢に?

 しかしながら、今年4月になって、町村総会設置の議論が再燃してきた。さらに、和田知士(かずひと)村長が6月12日開会の村議会で「村民総会」設置を検討すると正式に表明した。さらに、7月27日には、総務省において有識者による「町村議会のあり方を考える研究会」も始まり、町村総会をめぐる議論がにわかに起きた。

 こうして、町村総会は現実味を帯びた選択肢になりつつあるかのように見える。しかしながら、町村総会を検討する前に、あらかじめ考えるべき論点があると考える。以下、詳述したい。

なり手不足で議員不信の悪循環

 現代日本の自治体は、地方圏も大都市圏も含めて、議員のなり手不足が深刻である。一般に、議会選挙での候補者数は少なく、また、投票率も低い。候補者数が少なければ、無投票当選ということもあり得るし、あるいは、実質的に無風選挙となる。選挙が機能しないことは、代表民主制の基盤が危ういと言うことである。

 選挙が適正な競争・選抜の役割を果たさないため、資質・能力を欠く議員が当選することもある。それが、議会・議員に対する不信を助長し、住民はますます議会・議員への関心を失い、選挙そのものが低調になる。それゆえに、資質・能力を欠く議員が当選する。

 それが、一方で、旧来の利益団体や地縁のしがらみに支配された旧来型の「老朽議員」を量産し、他方で、そのような現状に飽き足らない有権者が、「若さ」や「ルックス」、さらに首長政党の「風」に惑わされ、「未熟議員」を量産する。議員不信の悪循環である。

合併・定数削減で問題先送り

 地方圏、特に過疎圏の小規模町村では、高齢化も進行しており、議員のなり手不足がさらに深刻である。こうした事態を糊塗してきたのが、「平成の市町村合併」と、行政改革・議会改革としての「定数削減」である。

 これらの「改革」は、一見すると、地方分権体制のもとで行政体制を強化し、「無駄」な議員を削減して効率化を実現するように見え、そう喧伝もされてもきた。しかし、その実態は、議員のなり手不足という議会の惨状を隠蔽して、自治の危機という問題を先送りしてきたに過ぎない。

 町村合併をすれば、周辺部町村の議員定数を大幅に削減することができ、表面上、なり手不足が見えにくくなる。実は、平成の市町村合併によって、全国の町村議員の数は、約4万人から約1万人に、激減されてきたのである。また、立候補が想定される人数まで議員定数を減らせば、無投票や欠員を表面上は回避することができる。

 地方自治法の規定に着目

 このような先送りに、一石を投じたかに見えるのが、先述した大川村の「議会廃止」=「町村総会」論である。憲法では、自治体には議会を必ず設置することになっているが、地方自治法では、議会に代えて町村総会を置くことができるとされている規定に、目を付けたものである。

 もっとも、戦後日本の自治体において、実際には町村総会は想定されてはおらず、具体的な町村総会の制度設計もされていない。それは、基本的に制度設計の解が見込めないからである。そのようななか、総務省は検討を始めるようである。

団体の「総会」は機能しない

 多くの団体で、メンバー全員による「総会」が最高決定機関である、ということはよくあるだろう。しかし、それが機能しうるのはせいぜい数十人の団体の場合であって、大人数が集まる団体では現実的には機能しない。典型的なものは株式会社である。

 株式会社では「株主総会」なるものが、年に一回程度は開催されるようであるが、1日数時間の開催で、経営陣が提案する議案を承認する「シャンシャン大会」で終わるのが通例である。ときに、「物言う株主」が発言することもあるが、企業経営を「政局」的に混乱させるだけで、実質的には機能しない。それどころか、委任状取り付けという「多数派工作」=買収工作に向けて、事前の闘争が繰り広げられるだけである。

 株式会社が、このような「コーポレート・ガバナンス」で許されているのは、第1に、民間団体であって、気に入らなければ株を買わなければいいだけのことであるし、第2に、会社経営の実効性については市場で製品・サービスが売れるかどうかという厳しいチェックを受けるからである。

「町村総会」ではノーチェックになる危険性

 しかし、自治体は株式会社と異なる。そもそも自治体は強制設置団体であって、人々は気に入ろうといまいと、居住する区域を管轄する自治体の住民になる。もちろん、転出の自由はあるものの、株を買う/買わないとは比べものにならないぐらい、その選択の費用は重い。自治体の善しあしによって選択するという意味での、実質的な転居の自由は大きくない。また、自治体の公共サービスは市場によるチェックを受けるわけではない。自治体が総会方式で運営できるとは考えられないゆえんである。

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筆者

金井利之

金井利之(かない・としゆき) 東京大学大学院教授

1967年生まれ。東京大学法学部卒。東京都立大助教授、東京大学大学院助教授などを経て、2006年から現職。専門は自治体行政学。著書に『自治制度』(東京大学出版会)、『実践自治体行政学』(第一法規)、『地方創生の正体』(ちくま新書、共著)など。