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文在寅拡大「原則と常識が通じる国らしい国」を作ることを訴えた文在寅大統領

はじめに

 その国は未だ苦難の旅路の中にある。

 この連載の主人公である韓国は、植民地支配、民族の分断に伴う数百万人の犠牲、国土の荒廃などを経て、1950年代には世界の最貧国に位置づけられていた。1910年に日本の植民地支配が始まったことを考えれば、20世紀に入ってから凡(およ)そ半世紀の間に国としての様々な苦難を詰め込んだのが韓国という国であった。

 しかし、近年のGDP(国内総生産)のランキングを見ると、韓国は10位近くを維持するような経済大国へと成長した。朝鮮戦争の際、国連軍総司令官であったダグラス・マッカーサーが「この国を再建するには少なくとも100年はかかる」と語った状況を思うと、隔世の感がある。

 実際、現在のソウルの街並みは先進国そのものであり、立ち並ぶ高層ビルは昼夜となく活気に溢れ、人々の手元では世界的な大企業に成長したサムスン電子製のスマートフォンが各種の情報や娯楽を提供している。そうした情景から、かつてこの街に日本の朝鮮総督府が置かれ、朝鮮戦争時には南北に支配権が度々移行した事実を想像することすら難しい。

民主主義は人々の心身に根付き、成熟していた

 確かに、韓国は日々の食事に困るような経済的な苦境からは解放された。しかし、それは国としての一面が発展したに過ぎない。そこで、表題に記載のある民主主義に目を向けてみる。

 1987年に、それまでの軍事独裁体制から民主主義を勝ち取った韓国人にとって、自らが政治の舵取りをしていることは誇りの源泉であった。そうした認識からすれば、2016年秋口から朴槿恵大統領(当時)周辺で様々な疑惑が持ち上がり、特に長年の友人である崔順実氏に朴大統領が公式発表や外交方針について助言を求め、一部判断を委ねたとされたことは許容し難いものであった。選挙を通じて国民から権利を譲渡された大統領が、専門家でもない友人に政治判断を委ねていたことは、大統領に委任した主権者の意志が歪められたのも同然だったためである。

 抑えきれない怒りを抱えた群衆は、全国津々浦々から毎週大統領府の前に集い、非難の声を上げ続けた。一方で、参加者たちがロウソクの火を抗議のために掲げ、一切暴徒化しなかった事実は、誰もがそのデモが何のために行われていたのかを認識していた証であろう。つまり、韓国において民主主義は既に人々の心身に根付き、成熟していたのである。

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筆者

金恵京

金恵京(きむ・へぎょん) 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

国際法学者。日本大学危機管理学部准教授、早稲田大学博士(国際関係学専攻)。1975年ソウル生まれ。幼い頃より日本への関心が強く、1996年に明治大学法学部入学。2000年に卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に入学、博士後期課程で国際法によるテロリズム規制を研究。2005年、アメリカに渡り、ローファームMorrison & Foester勤務を経て、ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学東アジア学部客員教授を歴任。2012年より日本に戻り、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て現在に至る。著書に、『テロ防止策の研究――国際法の現状及び将来への提言』(早稲田大学出版部、2011)、『涙と花札――韓流と日流のあいだで』(新潮社、2012)、『風に舞う一葉――身近な日韓友好のすすめ』(第三文明社、2015)、『柔らかな海峡――日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル、2015)、最新刊に『無差別テロ――国際社会はどう対処すればよいか』(岩波書店、2016)。

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