メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

北朝鮮問題でロシアが仕掛けた情報戦とは

一国だけ異なるミサイル関連の数字。アメリカへの発言力の強めるための一手か

小泉悠 未来工学研究所研究員

北朝鮮は「レッドライン」を越えるか

 朝鮮人民軍の中には長距離ミサイルの運用を担当する戦略軍という組織がある。

 その戦略軍が今月9日に行った発表が国際的に大きな波紋を広げている。北朝鮮が今年春に発射試験を成功させた中距離弾道ミサイル(IRBM)火星12号を、グアム北方30~40kmの海域に4発撃ちこむ計画があると金戦略軍司令官が明らかにしたためだ。

 北朝鮮の長距離ミサイル実験はこれまで、射程を抑えるかわりに到達高度が高くなる「ロフテッド軌道」で行われており、フル射程での発射は行われていない。米国は北朝鮮が対米攻撃能力を保有することを「レッドライン」と位置付けていることから、ミサイルが日本海から出ないように実験を行うことでどうにか「ライン」を越えないようにしてきた結果と言える。

 金司令官の発言によると、火星12号は日本上空を通過して3356.7km飛行するという。これが事実ならば、北朝鮮は「ライン」を越えたことになり、米国がミサイル防衛システムによってこれを撃墜する可能性もある。

 上空を通過すると名指しされた日本にとっても、発射に失敗したミサイルが落下してきた場合はどうするのか、米軍と協力して撃墜する場合は集団的自衛権の問題をどう解釈するのかなど、極めて難しい局面に立たされよう。

 こうしたなかで注目されているのが、中国とロシアの役割だ。

 北朝鮮にとって最大の政治・経済的な後ろ盾ある中国はもちろん、昨今ではロシアも朝鮮半島問題に関して急速に存在感を見せはじめている。

 ただ、ここでいうロシアの存在感にはかなり奇妙なものも含まれる。北朝鮮の弾道ミサイル開発をめぐる「情報戦」がそれである。

7月28日の発射の瞬間とみられる大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信拡大7月28日の発射の瞬間とみられる大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

世界を驚かせたICBM発射試験

 7月4日に北朝鮮が実施した弾道ミサイル発射試験は世界を大いに驚かせた。

 前述の「ロフテッド軌道」で打ち上げられたミサイルの最高地点が、実に2800kmに達していたためである。これは国際宇宙ステーションが周回する軌道より12倍も高い高度に相当し、射程を最大化できる軌道(ミニマム・エナジー軌道)で発射した場合の射程は、6700-7000kmほどになるだろうと予測された。北朝鮮本土からアラスカ全域を攻撃できる射程であり、国際的な基準に従えば立派なICBM(大陸間弾道ミサイル)である。

 北朝鮮初のICBMの名は火星14号であると、後に発表された。

 火星14号によるサプライズはこれで終わらない。7月28日に再び発射された火星14号の到達高度は3700kmにも及び、ミニマム・エナジー軌道なら1万kmに達する見込みとなったためだ。これだと米本土のかなりの部分が射程に入り、もう数百km延びればワシントンやニューヨークも目標にできる性能だ。

 実際のところ、北朝鮮が米国の政治、経済の中心に、ギリギリで届かないような中途半端なミサイルを開発するとは考えにくい。7月4日と28日とで性能が大きく異なっていることからも分かるように、火星14号は少しずつ限界を伸ばしながら、テストを行っている段階なのだろう。

詳細をぼかす各国の発表

  ところで、北朝鮮のミサイルは、発射されるや否や、周辺諸国の軍による監視対象となる。真っ先に発射を捉えるのは米軍のミサイル監視衛星のはずだが(発射時の赤外線を宇宙空間から補足するため、発射の瞬間に探知可能)、ある程度の高度まで上昇すれば、韓国、日本、中国、ロシアのレーダーによっても捕捉されるだろう。

 ただ、各国ともそうした探知・追尾能力を外国に知られたくないので、発表時には詳細をある程度ぼかすことが多い。

 日本の防衛省について言えば、7月4日の発射は到達高度「2500km以上」、7月28日は「3500km以上」と500km刻みで発表しており、実際にどこまで細かく把握できていたかは明らかにしていない。

 よく引用される、より細かい数字(たとえば7月4日の発射については、到達高度2802km、水平飛行距離933km、飛行時間39分とされる)は、いずれも北朝鮮自身が発表したものだ。

ロシアの奇妙な発表

 そんななかでひとり、どうにも奇妙な発表をおこなっているのがロシアである。同国国防省の言い分が、周辺諸国と全くかみ合っていないのだ。

 どういうことか具体的に見てみよう。

 7月4日の火星14号発射後にロシア国防省が発表したところによると、同ミサイルの到達高度は535km、水平飛行距離が510kmであったという。明らかに、日本側の観測結果や北朝鮮自身の発表とは大きく異なる数字である。

 しかも、ロシア国防省はこれを根拠として、火星14号は(ICBMではなく)IRBMである、と主張している。

・・・続きを読む
(残り:約2095文字/本文:約4046文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

小泉悠

小泉悠(こいすみ・ゆう) 未来工学研究所研究員

1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院卒業後、民間企業勤務を経て外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などを歴任。ロシアの軍事・安全保障政策に詳しい。著書に『プーチンの国家戦略』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)。