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トランプ政権の北朝鮮戦略の正体

先制攻撃はフリだけ。マッドマン・セオリーが効かず、緊迫するチキンレース

高橋浩祐 国際ジャーナリスト

トランプ大統領の面目つぶした北朝鮮

 北朝鮮が7月の2度にわたる大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射に続き、8月末に北海道をまたぐ新型ミサイルを飛ばし、9月3日には過去最大規模となる6度目の核実験を強行した。

 アメリカのトランプ政権は1月の誕生以来、北朝鮮への先制攻撃をさんざんちらつかせながら、北朝鮮に「最大限の圧力」をかけ続けてきた。そんな威勢のいいトランプ大統領の面目や権威を、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が度重なる重大な核・ミサイル実験でつぶした格好だ。

 金正恩委員長は、小型化された核弾頭を搭載し、ニューヨークやワシントンといったアメリカ中枢部に打撃を与えるICBMの実戦配備を急いでいる。それを実現するまで弾道ミサイルの発射実験を繰り返していくのは間違いない。現に、北朝鮮の国営メディア、朝鮮中央通信(KCNA)は8月30日、日本上空を通過した中距離弾道ミサイル「火星12」の29日の発射実験を受け、「太平洋を今後の標的として、さらなる弾道ロケット発射演習を実施する」と予告している。

「火星12」の発射実験を受けたトランプ米大統領との電話会談後、取材に応じる安倍晋三首相=8月29日午前10時8分拡大「火星12」の発射実験を受けたトランプ米大統領との電話会談後、取材に応じる安倍晋三首相=8月29日午前10時8分

「体制保証の約束」より核弾道搭載ICBM

 ここ数カ月の北朝鮮当局の発言や労働新聞の社説などを踏まえると、北朝鮮は、既にアメリカとの交渉で平和条約や不可侵条約といった「体制保証の約束」を得るよりも、アメリカ東部を直撃できる核弾頭搭載のICBMを完成させるほうが体制保証の役に立つと考えている。このため、アメリカに核ミサイル技術の向上を着々と見せつけながら、今後もじわじわと自らの抑止力を高めていく「サラミ戦術」を取っていくとみられる。もちろん最後の仕上げはICBMの実戦配備だ。

 トランプ大統領はそんな北朝鮮の強硬路線にいやが応でも直面せざるを得ないが、どう対応するのか。北朝鮮への軍事攻撃の可能性はあるのか。そもそもトランプ政権の北朝鮮戦略とはいったいどのようなものなのか。この論考では分析してみたい。

レッドラインを示さないワケ

 トランプ大統領は金正恩委員長の度重なる挑発に軍事攻撃の本気度を試され続けているが、今も先制攻撃ができずにいる。

 金正恩委員長が今年元旦の「新年の辞」でICBMの発射準備について「最終段階に達した」と述べると、トランプ大統領は翌2日、ツイッターで「そんなことは起こらない」と即座に反論した。このため、多くの専門家やメディアは、6度目の核実験はもとより、北朝鮮による初のICBM発射実験が、トランプ大統領が北朝鮮に対して定める「レッドライン」(越えてはならない一線)となったと判断した。

 現に、3月1日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は、北朝鮮が米本土への攻撃が可能なICBMの発射実験に踏み切ろうとした場合、北朝鮮を先制攻撃する軍事オプションをトランプ政権は検討していると報じている。

 しかし、トランプ政権はその後、現実路線に舵(かじ)を切っていく。米軍が原子力空母カールビンソンを朝鮮半島近海に展開する方針を示し、「Xデー」と称される北朝鮮への先制攻撃の可能性が日米のメディアを中心に大きく取りざたされた4月中旬、ショーン・スパイサー米大統領報道官(当時)は突如、レッドラインについて明確に示す考えはない、と述べた。

 トランプ政権はなぜ、レッドラインを示さなかったのか。理由を端的に言えば、アメリカによる北朝鮮への軍事攻撃が難しいことにある。実際、米朝間の緊張が高まった4月の朝鮮半島危機の際、トランプ政権が北朝鮮を相手に下手にレッドラインを明確にし、北朝鮮にそれを越えるような行動を起こされて米国が手出しをできなかった場合のリスクは計り知れなかった。

 アメリカにはオバマ前大統領の痛い経験がある。オバマ前政権は2013年、シリアの化学兵器使用をレッドラインと規定し、シリアへの軍事攻撃に踏み切る姿勢を示したが、実際にはアサド政権が化学兵器を使用しても武力行使を見送った。結果的にオバマ前大統領は、内外から弱腰だと批判された。

 仮にトランプ政権が、北によるICBM発射実験や6度目の核実験を公にレッドラインとして示していたならば、現在よりもさらに深刻なダメージを受けていただろう。

強硬姿勢の真の狙いは?

 筆者は、軍事オプションをちらつかせるトランプ政権の強硬姿勢は、北朝鮮に対する核の非核化や開発凍結に向けた譲歩を引き出すための、一種のブラフ(はったり)に過ぎないと、3月上旬から主張してきた。現実の軍事力行使は様々な理由から事実上、不可能だからだ。

 ソウルは南北の軍事境界線から40㌔しか離れてないが、平壌は150㌔ほど離れている。北朝鮮は戦略上、ソウルを「人質」にとっている形だ。北朝鮮軍は、非武装地帯(DMZ)近くに長射程火砲を重点配備し、その数は多連装ロケット砲など数千門にのぼるとされる。戦争になれば、ソウルには1時間あたり50万発の砲弾が降り、最初の24時間での死傷者が100万人に達するとの推計もある。ソウル首都圏には、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるが、北朝鮮が警告するようにそこが「火の海」になりかねないのだ。

 デニス・ブレア元米国家情報長官(笹川平和財団米国会長)も今年5月、北朝鮮の核施設を除去するためのサージカルアタック(局部攻撃)を行うことの危険性を指摘した。理由として、北朝鮮が数千個のトンネルを持っており、同国の核施設の場所を正確に見つけるための確実な情報を入手するのが難しいことを挙げた。ブレア元長官は、「米国は核武装した北朝鮮を容認しなければならないか」との質問に、「そうだ」とも答えた。

「朝鮮戦争以来の深刻な戦争になる」

マティス米国防長官拡大マティス米国防長官

 ジェームズ・マティス国防長官も6月、北朝鮮と軍事衝突とした場合は「1953年(の朝鮮戦争)以来、見たこともないような極めて深刻な戦争となる」との見通しを示し、「それはわれわれが根本的に望まない戦争になるだろう」と述べた。

 マティス長官だけではない。アメリカ軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長は7月の西部コロラド州での講演で、外交努力が失敗した場合の選択肢として軍事行使も排除しない考えを示した一方で、「多くの人々が(北朝鮮に対する)軍事オプションについて、『想像を絶する』といった言葉で話題にしてきた」と指摘。そのうえで、「私はそれを『ゾッとする』という言葉に若干変えたい。それは私たちの生涯で誰も経験したことのない人命の損失になるだろう。つまり、朝鮮半島で衝突が起きれば、第2次大戦以来生きている誰もが見たことがない、人命の損失になるだろう」と述べた。

 1950〜53年の朝鮮戦争での死者数は、各国の兵士、民間人合わせて数百万人に及んだ。第2次大戦での日本人の死者は兵士、民間人合わせて約300万人だが、朝鮮戦争もこれに匹敵する犠牲者を出している。また、南北朝鮮の離散家族は1000万人に上った。現在の北朝鮮の攻撃力は、核ミサイルを含め格段に上がっており、被害リスクはさらに増大している。

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筆者

高橋浩祐

高橋浩祐(たかはし・こうすけ) 国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。