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関東大震災での朝鮮人犠牲者を悼み、慰霊碑の前にしゃがみこむ女性=1日午前10時17分、東京都墨田区の都立横網町公園20170901拡大関東大震災での朝鮮人犠牲者慰霊碑の前で=2017年9月1日、東京都墨田区の都立横網町公園
8月29日(火) 二日酔い気味のなかを局へ急ぐ。東北新幹線に50分の遅れが出ているという。東京駅で今朝方の北朝鮮による弾道ミサイル発射でその旨を告知していた。みると何とTBSのKカメラマンとVE(ビデオエンジニア)のUが駅構内で撮影しているではないか。今朝は局内は相当な緊張に包まれた。

 定例会議はすでに始まっていた。何とも学級会的な進行に参加者たちももう慣れてしまったか。テレビ史のなかで、今朝の6時から6時30分頃に起きたことはきわめて重大な出来事だったと思う。

 代島治彦監督の『三里塚のイカロス』をみる。重く本質的な問いかけ。かつて見た『三里塚を生きる』(大津幸四郎監督)に通じる。くよくよしている時間があったら、映画をみろ!と自分に言い聞かせる。

 夕刻から青林工藝舎の株主総会。南伸坊さんや末井昭さん、林静一画伯、島本慶さん、近藤ようこさんらと再会。手塚能理子さんも元気になった! よかった、よかった、と。でも青林工藝舎の経営は、全然よくない、と。島田虎之助さんから『九月、東京の路上で――1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)という本のことを教示される。さっそく購入して読む。とてもいい本だ。

音楽の不思議なちから

8月30日(水) 麻生太郎財務相兼副総理のナチス発言に呆れるばかり。『九月、東京の路上で』の著者・加藤直樹氏と電話で話していたら、大昔の『筑紫哲也NEWS23』時代に放送した「世紀末モスクワを行く」のロシアン・ロックの特集のことをよく覚えていて、それらのミュージシャンたちの音源を集めていたという。音楽の不思議なちから。そう言えば、大阪・豊中の木村真市議の場合もそうだった。木村さんがモスクワにいた頃、同じくロシアのロックにはまったという。

 高校時代のクラスメート故・岡みどりさんの命日が7月31日だったことの縁で未知の方からメールが届く。時は流れ、人はまた去る。思い出だけを残して(江戸アケミ)。

 夕刻から保坂展人・世田谷区長を励ますパーティー。会場のホテルにはたくさんの人々が訪れていた。保坂氏は今の日本のなかでは数少ない希望の紡ぎ手の一人だとつくづく思う。帰りしなに一言挨拶をと求められ、世田谷と言えば、世田谷パブリックシアターは素晴らしいとベタ褒めした。

 その後、新宿のEに移動。琉球新報A氏、A氏、O氏、K氏ら。そこに一本大事な電話が入る。早めに退散。帰宅して、V6『学校へ行こう!』スペシャルみたいなバラエティ番組の「男子校&女子校!夢の交換留学!!」などを録画でみて大笑いする。相当に疲れているな。

8月31日(木) 朝から小雨が降り続いている。気温も低い。ナオミ・クラインではないが、気候変動がますます可視化、政治化されてきたように思う。ハリケーンや激甚豪雨など、10年前なら考えられなかったことだ。それが日本でも頻発し、さらにそれがさまざまな理由で、人を救う方向で対処されない。今日で8月も終わりだ。なぜものごとがうまく運ばないのか。苦難の日々が続く。

 新聞が世田谷パブリックシアターでの名物企画Jazz for Kidsで起きた出来事を報じていた。日野暉正がジャズバンドの生徒に暴力をふるった ・・・続きを読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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