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政権が追い込まれていることを暗示する解散総選挙

今回の選挙は「安倍一強」の終わりの始まりとして、記憶されるかもしれない

吉田徹 北海道大学教授

28日召集の臨時国会冒頭での衆院解散を正式表明する安倍晋三首相=9月25日、首相官邸

 「解散の判断はいつも孤独に下される」――ハロルド・ウィルソン英首相

 突如の解散による選挙を英語で「スナップ選挙」と呼ぶが、まさに日本版スナップ選挙が実現しようとしている。首相が自ら解散を口にしないまま、与党内に非公式に打診されてから実施が決まったこの選挙は、野党が求めた臨時国会での冒頭解散という意味でも、歴史に残るものとなる。

安倍政権は解散の時期と争点を意識的にコントロール

 ここに来て安倍首相が解散権を行使するのは、1. 任期の終わりが視野に入って、自らの悲願である憲法改正に本格的に着手しなければならなくなってきたこと、2.世論の関心が森友・加計問題から北朝鮮のミサイル試射に移り内閣支持率が下げ止まったこと、3.最大野党・民進党新執行部が発足直後から苦しいスタートを切ったこと、4.その離党議員の潜在的な受け皿となっている「小池新党」によって野党勢が分断されていることの4つの要素が揃ったからと推測できる。1と2は、解散に踏み切ったプッシュ要因であり、3と4はプル要因だ。内閣の長による解散権の行使(正確には天皇の国事行為)は、いつの時代にも複数の要素が絡み合ってなされる。

 もっとも、安倍政権に特徴的なのは、小林正弥がここで論じたように、解散の時期と争点を意識的にコントロールして選挙に勝とうとすることにある。前回の2014年の総選挙も野党の準備が進まない中、消費税引き上げの先送りという、世論の反対のない方針を擬似的な争点にすえて相対的な勝利を収めた。今回も前原民進党の動きを睨みつつ、増税と引き換えに社会保障の受益者を増やすことを解散の大義名分とした。2012年に民自公で合意された「税と社会保障の一体改革」の方針を自らの手で変更し、その信を問うことで選挙を有利に運ぼうとする点でも、前回と同じだ。

 もちろん、選挙は勝つために行うのであり、負ける戦に挑む武将はいない。首相が好きな時に、好きなように解散権を行使できる権能を有しているのだとすれば、それを自ら有利になるよう使おうとするのは合理的である。政治学者シュレイターとターヴィッツがヨーロッパ27カ国における過去318の議会選挙を精査した所、解散のタイミングが自由に選べる選挙では、与党の議席数は平均5%程度増えると試算している(”The Electoral Benefits of Opportunistic Election Timing”, 2016)。日本では、任期満了に伴う解散があったのは1976年の三木内閣の時だけだ。議会の任期が満了に近づけば近づくほど、選挙に臨む野党側の準備も進むから、その前に解散するインセンティブが一層のこと、強くなる。解散は、いつの時代も「自己都合解散」なのである(それゆえ解散権が及ばず定期選挙のある参院の存在理由が増す)。

多くの先進国で恣意的な解散権の行使が見られない理由

 ただ、議院内閣制をとる多くの先進国で、こうした恣意的な解散権の行使は見られない。そこから内閣の助言による天皇の国事行為である7条解散を制約すべきとの議論もある。この解説にもあるように、長い議院内閣制の歴史を誇るイギリスでも2011年に議会任期固定法が敷かれ、野党を含む議会の3分の2の同意がなければ解散できないとの制度変更をみた。もっとも、それでも先の6月の選挙のように解散総選挙が不可能なわけではない。そもそも議会任期固定法は、多数派のいないハングパーラメント(宙吊り国会)となった2010年選挙で、キャメロン政権が連立相手に選んだ自由民主党の要求で実った妥協案だった。2014年の議員調査によれば、保守党、労働党議員ともに、任期固定法を廃止ないし改正すべきとする意見が多数を占めている(YouGov調査)。

 確かに、多くの国でいつでも好きな時に行政府が解散権を行使できるわけではない。しかし、その規定は組閣後に一定期間を置くことを求めるものであったり、連続的な解散権の行使を禁止する規定であったりするものだ。つまり、議院内閣制のもとでは解散権そのものが否定されるものではないことを確認しておく必要がある。フランスやイタリアのように、大統領が解散権を行使する国もある。議会任期途中で解散が想定されていないのは、ノルウェー議会など一部の国に留まる。

政権に都合が悪い時に行われる、解散権の早期行使―イギリスの事例から

 それでは、解散権はいつ、なぜ行使されるのか。ここでは相対的に.執行制度や政治形態が日本と近似しているイギリスの例をみてみよう。そこからみえるのは、

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