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ドイツ総選挙―難民危機が極右政党の追い風(下)

ドイツの民主主義勢力にとっては長い戦いが始まった

熊谷徹 在独ジャーナリスト

「メルケル続投」の確信で緩んだ緊張感

ミュンヘンで行われた極右政党『ドイツのための選択肢』(AfD)の演説会には、多数の市民が集まった(筆者撮影)拡大ミュンヘンで行われた極右政党『ドイツのための選択肢』(AfD)の演説会には、多数の市民が集まった(筆者撮影)

 一体なぜこのような事態が起きたのだろうか。

 今回の選挙結果について、多くのドイツ人たちから「極右政党『ドイツのための選択肢』(AfD)が前回に比べて伸びるとは思っていたが、まさか第3党になるとは思わなかった」という言葉を聞く。選挙後の最初の1週間には、これほどAfDが躍進したことについて、ドイツ社会全体が呆然(ぼうぜん)としているように思えた。

 今回の選挙の特徴は、開票日に至るまで選挙戦が盛り上がりに欠け、無風だったことである。ドイツの多くの市民が「キリスト教民主同盟、社会同盟(CDU・CSU)が首位を占め、メルケル首相が四選するのは確実だ」と思っていた。人々が関心を持っていたのは、CDU・CSUとSPDの大連立政権が続くかどうかだった。

 SPDが欧州議会の議長だったマルティン・シュルツ氏を今年1月に党首に選んだ時、同党への支持率は一時20%から30%に回復したが、シュルツ氏が直ちに具体的な政策プログラムを発表しなかったために、SPDの人気は急激に低下していた。このため多くの市民が「メルケル続投」と考えた。

 特に経済界は、大連立政権の継続を望んでいた。ドイツは現在、未曽有の好景気に沸いている。輸出が好調であるために、企業の収益性、経常収支ともに安定している。2014年からは財政収支の黒字化に成功し、新規の赤字国債は不要になった。公共債務の国内総生産に対する比率は、低下する一方だ。

 今年7月のドイツの失業率は3.7%で、EU域内で2番目の低さ。ドイツの公共放送局ARDが今年5月に行った世論調査によると、回答者の81%が「私の経済状態は良い」と答えている。報道関係者らも、「景気が良く失業の危険が低い時代に、人々は安定を望み、無謀な実験は行わない」と予想した。多くの世論調査機関が、「メルケル優勢」という予想を行っていた。

 去年、AfDは旧東独のザクセン・アンハルト州など3カ所の州議会選挙で2桁の得票率を獲得していたが、今年6月の世論調査での支持率は6.5%と比較的低くなっていた。このため大半の市民は、「AfDは5%条項をクリアして、連邦議会に入るだろうが、大きな会派にはならないだろう」と高をくくっていた。

テレビ討論以降、AfDへの支持率が上昇

ミュンヘン市内に貼られたAfDの選挙ポスター。バイエルン州でAfDは約12%の得票率を記録した(筆者撮影)拡大ミュンヘン市内に貼られたAfDの選挙ポスター。バイエルン州でAfDは約12%の得票率を記録した(筆者撮影)

 ところが9月4日にメルケル首相とシュルツ候補がテレビ討論を行った直後に、異変が起きた。

 この番組で両候補は、激しい舌戦を避けた。特に挑戦者であるシュルツ候補は、メルケル首相を強く批判せず、CDUとSPDの政策の違いがはっきり表れなかった。対立よりは、調和的な雰囲気が濃厚だった。特に、多くの国民が関心を持っている難民政策について、突っ込んだ議論は行われなかった。メルケル、シュルツともに難民受け入れには寛容な態度を取っているので、この問題に深入りすることを避けたのだ。

 フランス大統領選挙の決選投票前のテレビ討論で、ルペン候補がマクロン候補を強く批判したのとは、対照的だった。多くの視聴者は「シュルツ氏は大連立政権が成立した時に入閣できるように、メルケル首相への強い批判をあえて避けたのだろう」と臆測した。ある世論調査によると、「テレビ討論はつまらなかった」と答えた回答者の比率は、68%に達した。

 この番組が放映されて以降、AfDへの支持率がぐんぐん上がり、わずか3週間の内に2けたを超えた。多くの市民は、テレビ討論を見て「CDUとSPDを政権につけておいたら、ドイツは変わらない」と考え、現政権に抗議するためにAfDに票を投じたのだ。

 実際、AfDを選んだ市民の間には、「AfDが決して良い政党だとは思わない。しかし連邦議会で真の議論を復活させるために、AfDを選んだ」とか、「とにかく伝統政党の目を覚まさせるために、AfDを選んだ」と語る人が多い。

難民危機がAfDを躍進させた

 AfD躍進にとって、最も強い追い風となったのが、難民危機である。

 2015年9月に、メルケル首相は、人道的な理由からEU法を無視して国境を開放し、ブダペストで立ち往生していたシリア難民ら約89万人がドイツで亡命申請することを許した。左派勢力やオバマ政権下の米国のメディアは、「メルケル首相は、欧州の信用性を救った」と絶賛したが、ドイツ国民や地方自治体の首長の中には、この決定に不満を持つ者が多く、首相の支持率は2016年に大幅に下がった。

 2015年の大みそかには、ケルン中央駅前で新年の花火を見るために集まったドイツ人女性ら1000人が、酒に酔った多数の難民によって下着の中に手を突っ込まれたり、携帯電話を奪われたりする事件が発生。去年12月には、イスラム国(IS)を信奉する難民がベルリンのクリスマス市場に大型トラックを突入させて、11人を殺害し55人に重軽傷を負わせた。その他、亡命申請者による自爆テロや、刃物を使った無差別テロも発生し、ドイツ市民の間で不安感が高まっていた。

 去年の春以降、セルビアやクロアチアなどバルカン諸国の政府が国境にフェンスを作って難民が通過できないようにしたほか、トルコとEUの間の難民の引き取りに関する合意が成立したために、ドイツに到着する難民の数は2015年に比べて激減している。

 それにもかかわらず、市民の間にはメルケル氏の難民政策に対する不満が残っている。AfDが選挙戦の中で難民政策を理由に大連立政権を厳しく批判して、市民たちの共感を得る一方、CDU・CSU、SPDはAfDの攻勢に対して、有効な反撃を行わなかった。これが伝統政党の最大の敗因である。

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筆者

熊谷徹

熊谷徹(くまがい・とおる) 在独ジャーナリスト

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
WebSite:http://www.tkumagai.de
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