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総選挙をめぐるネットの「風」を読む

決してブレない安倍氏の支持者。選挙で重要なのは、結局、好き嫌いとフィーリング

中川淳一郎 ネットニュース編集者

安倍さんに慣れ過ぎた

党首討論会で記念撮影に応じる各党の総裁、代表、委員長、党首。ネットの風はどこに吹くのか?=10月8日、東京都千代田区の日本記者クラブ拡大党首討論会で記念撮影に応じる各党の総裁、代表、委員長、党首。ネットの風はどこに吹くのか?=10月8日、東京都千代田区の日本記者クラブ

 いよいよ本格的な選挙戦に入ってきたが、今回の解散をめぐり、ネットの「風」はどのようになっているのか。本稿の執筆依頼が来たのが9月26日。以来、「風」を読み続けていたが、一つ確信できたのが、やはり日本の選挙というものは「好き嫌い」と「フィーリング」こそ決定的に重要だということである。

 今回の原稿で一つ明らかにしたいのは、編集部からの依頼である「ネットと親和性の高かった安倍晋三さん、今はどう?」ということである。現在言えることは、「みんな安倍さんに慣れ過ぎた」ということではなかろうか。

 なんだか「希望の星」としての安倍氏、「悪党」としての安倍氏の両方の側面からネットでは消費され過ぎて、さほど話題になっていないのである。確かに同氏の評判は、森友・加計学園問題以後、失速した感もあるが、それはあくまでも左派のテレビ・新聞の論調がそのように歩調を合わせたため、そうした「空気」が生まれたのだと考えている。

真の愛国者、悲劇の宰相……

 安倍氏をめぐっては、これまでにネットでは3回の盛り上がりがあったと考える。若干長くなるが、前提を把握しておくという意味で、お付き合いいただきたい。

 1回目は、『美しい国へ』(文春新書)が2006年7月に発売された頃。当時ネットで発言力が増していた保守派(≒嫌中韓派)に大絶賛され、首相待望論が沸騰する。写真(下)は同年9月の自民党総裁選前に行われた渋谷での街頭演説の様子だが、とにかくすさまじい熱気だった。これに似たような熱気がネット上にはあり、「真の愛国者」的な扱いを受けるようになる。そして、総裁選は圧勝。タカ派の首相誕生にネットは沸き立った。

写真:自民党総裁選にあわせて渋谷で行われた街頭演説に集まった人たち(筆者撮影)拡大写真:自民党総裁選にあわせて渋谷で行われた街頭演説に集まった人たち(筆者撮影)

 しかし、閣僚の不祥事や問題発言が相次いだうえに自身の健康上の問題などもあり、安倍氏は2007年9月に総理の職を辞任。その際に朝日新聞が「アベしちゃう」という言葉が流行語だという記事を掲載した。「仕事も責任も放り投げてしまいたい心情の吐露」という意味だという。これに対し、安倍氏のネットの支持者は「そんな言葉ははやっていない!」と猛烈に反論した。いつしか「捏造」を意味する言葉であるアサヒる」という言葉が生まれ、その年のネット流行語大賞を獲得した。

 この時のネットの心情(当時はリベラル派の勢いが圧倒的に弱く、一方向に行きがちだった)を考えると、「ついに真の愛国者が首相になったにもかかわらず、反日マスゴミが安倍氏をいじめ倒し、退陣に追い込んだ」といった論調になった。また、潰瘍(かいよう)性大腸炎という同氏が抱える難病について「おなか痛くなっちゃったのね」的にメディアが揶揄(やゆ)する向きもあった。これに対しても、ネットでは猛反発が発生したのである。

 この時、安倍氏は「悲劇の宰相」としての地位をネットでは築いた。その後、福田政権、麻生政権が短命に終わり、民主党に政権を奪取され、「あの時安倍ちゃんが健在だったら……」と臍(ほぞ)をかむ様子も見て取れた。

マスゴミから守らねば!

 この2回の盛り上がりを経て、安倍氏は2012年9月、j自民党総裁に返り咲く。民主党の鳩山由紀夫首相(沖縄の基地問題での失策)、菅直人首相(東日本大震災・原発問題での失策)、野田佳彦首相(すでに民主党政権が見放された後の尻拭い)という3人に辟易(へきえき)していただけに、保守派だけでなく、民主党政権にあきれた無党派層からも安倍氏に対する期待が高まった。しかし、そこで再び発生したのが「マスゴミ」による「安倍いじめ」である。

 ラジオ番組「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)でナインティナインが安倍氏の総裁復帰の話題を受け、「おなか痛くて辞めちゃった」的な発言をし、番組に抗議が多数寄せられた。「とくダネ!」(フジテレビ系)では、コメンテーターを務めたコンサルタントの田中雅子氏が「おなか痛くなっちゃって辞めちゃったということで」と安倍氏の1回目の辞任について語り、司会を務める小倉智昭氏が「ちょっと子どもみたいだったと思うよ」と続けたのだ。これがネットで炎上。この時、「オレたちの安倍ちゃんをマスゴミから守らねば!」といった空気が生まれた。これが3回目の盛り上がりで、しばらくの期間続くこととなる。

 この時と前2回の違いは、ツイッター、フェイスブックがあったかどうかである。安倍氏の返り咲き、第2次安倍政権誕生からしばらく、安倍氏とその側近はあまりにもネットにおもねり過ぎていた。ネットの一部の熱狂的な声を国民全体の声と思ったのか、攻撃的発言を繰り返す。たとえば田中氏に対し、安倍氏はフェイスブックにこう書いた。

 〈私はテレビで何回も潰瘍性大腸炎について説明しています。テレビで堂々とコメントするのですから、当然それを知っていながらの中傷でしょう。という事は意図的な中傷であると判断せざるを得ません。テレビに出て来る資格無しです。知らずにコメントしているなら、そもそもコメテーターの資格無しです。田中雅子氏は、この程度で経営コンサルティングなんかしていて大丈夫でしょうか〉

 その後、田中氏は謝罪をしたが、この時、安倍氏はフェイスブックに「ネットの勝利」という書き込みをしている。J-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)創設など、自民党はこの頃、明確にネット戦略を重視している。

ネットの風を信じ込み過ぎて暴走

 2012年末の衆院解散・総選挙では、こうした安倍氏支持の声が圧倒的に高く、同時に「ルーピー」とバカにされた鳩山由紀夫氏を表すAAも多数登場し、ネットの風を反映するかたちで自民党は圧勝した。ここからネットの風を信じ込み過ぎた安倍氏の暴走が始まる。

 なにしろ同氏のフェイスブックへのコメント書き込みが、「絶賛キャーキャーコメント」だらけなのである。仮に批判するようなコメントでも書こうものならば、近衛兵のごとき支持者がその発言者をボロクソに批判し、意見を封殺する。

 こうした空気を見て、世界中が自分の味方だと思ったのだろうか。自民党の政権奪取直後、安倍氏の秘書はNHKの番組について、フェイスブックでこう告知した。

 〈我が自民党からは石破茂幹事長が出演予定ですが、他の出演者がスゴイ! 「帰国した5名の拉致被害者は直ちに北朝鮮へ帰すべきだ!」という発言で有名な藤原帰一教授。常に安倍晋三を批判し続けもはや精神科医よりも安倍非難が本職になりつつある香山リカさん。反安倍のクリンナップです〉

 ネトウヨのテンプレートをなぞったかのような文面が並ぶ。後に藤原氏が、このような発言はしていないとツイッターで否定してこの騒動は収まったが、秘書はこのポストをすぐには削除しなかった。また、この時はNHKのFAX番号まで併記し、NHKへの「電凸」ならぬ「FAX凸」をそそのかしているともとれる記述までしたのである。

「アベ政治を許さない」派の登場で元気に

 実はこの頃から2013年の春ぐらいまでが、私の観測範囲では、安倍氏がもっともネットの風を読んでいた(というか、うのみにしていた)時期であり、この盛り上がりが3回目、つまり最後だったのだ。以後、常に「高値安定」といった形になっていた。

 正直、そうならざるを得ないだろう。「真の愛国者」「悲劇の宰相」「民主党政権時代の地獄から我々を救ってくれる頼れる愛国者が復活」という三つのステージを経て、これ以上どう盛り上がれというのか。残された道は「世界を平和に導き、全国民の所得を2倍にした勇者・ロトのごとき英雄!」ぐらいしか道はないが、これはさすがに難し過ぎた。アベノミクス景気により株で大もうけした人はこの頃、大勢いたものの、ネットの庶民はその恩恵を受けていないため、その点での絶賛というのはあまり目立たなかった。

 となれば、安倍氏がネット民の心をつかむにはどうすればいいか――。ここでやってきたのが、「アベ政治を許さない」一派であった。

 2012年以降、「動員の革命」〈津田大介氏の著書『動員の革命-ソーシャルメディアは何を変えたか』(中公新書ラクレ)から引用〉ともいえる原発反対運動の成功体験もあり、ネットで連携し、安倍政権に対して抗議の意思を示す動きが広がった。SEALDs(シールズ)の登場、国会前での「共謀罪」や安保法制反対デモなどが活発化するにつれ、実は安倍氏の支持者及び市民運動にアレルギーを持つ人々が、彼らをディスることで元気になっていったのだ。安倍氏の支持者らは、経済が民主党政権時代にいかに停滞し、安倍政権になってから上向いたか、といった〝証拠〟らしきものを提示し、その政権に反対するのはアホ、と主張。両派がツイッターでバトルを展開するようになる。

SNSでは反政権派が劣勢

 メディアも反安倍・親安倍に明確に色分けされ、これらを基に2ちゃんねるではスレッドが立ち、まとめサイトにまとめられ、これがSNSに拡散し、「代理戦争」のごとき様相を呈し、安倍氏支持派が明確な称賛の言葉を述べる。反政権派もSNSを駆使するが、人数が違い過ぎる。結局は劣勢になることが多くなる。

 森友・加計学園問題でも、ネット上の空気はテレビ・新聞とは異なり、「そんなことはどうでもいい」「民主党政権時代に色々やっていたことが形になったわけだからブーメランだ」といった論を述べる派の方が数が多いような状態だった。

 これが、今回の解散・総選挙までの「安倍氏とネット」という流れである。長くなり過ぎて申し訳ない。ここから、今回の選挙をめぐるネットの「風」について書いてみる。 ・・・続きを読む
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筆者

中川淳一郎

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) ネットニュース編集者

1973年生まれ。東京都生まれ。一橋大学商学部卒。97年、博報堂入社、CC局(コーポレートコミュニケーション局)配属、2001年退社。以後無職、フリーライター、フリー編集者を経て06年からネットニュース編集者。複数のサイトの編集にかかわる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』『バカざんまい』(ともに新潮新書)など。