メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

安定を遠ざける麻生太郎副総理の難民射殺発言

北朝鮮難民が武装する可能性は低い。難民を受け入れる覚悟と準備を

金恵京 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

難民問題の本質――難民とは何か、武装とは何か

シリアなどを逃れた難民らを乗せたボートに近づく密航業者の男(左)。上陸後、ボートからエンジンを外して車に積み込んでいた=13日午後、ギリシャ・レスボス島2015拡大シリアなどから逃れた難民(2015年9月、ギリシャ・レスボス島付近)。北朝鮮からこのように難民が来た場合、どう対応すべきか
 「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」

 9月23日に宇都宮市で行われた講演の中で、麻生太郎副総理大臣は、今後の北朝鮮で大量の難民が発生する可能性があるとして、上記のような発言を行った。日本国内では解散総選挙の話題にかき消された感はあるが、その発言は世界各国で報じられ続けた。

 以前から麻生氏の発言は不用意なものが多かったものの、今回の発言は事実誤認と扇動に溢れたものであり、近年、日本でよく使われる「国際貢献」の本来の意義を歪めるものでもある。そこで、本稿では北朝鮮からの難民というテーマを通じて、「難民をめぐる法的前提」および「問題解決に向けた方向性」を検証することとする。

 ここではまず、難民とは何か、武装とは何かという点から考えなければならない。1954年に発効した「難民の地位に関する条約」(難民条約)1条の定義を見ると、難民は人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由に迫害を受ける恐れのために国籍国の外にいる者(あるいは、居住地外にいる無国籍者)が主たる対象であった。

 しかし、近年では政治的な難民以外にも、内戦等で生活が崩壊し、社会権が大きく侵された人々も難民とされている。内戦が激化するシリアから500万人にもおよぶ難民が発生したが、彼らの多くは母国や居住国で生活ができないための難民と捉えることができる。

 次に、武装について概観する。1900年に発効した「陸戦の法規・慣例に関する規則」(ハーグ陸戦条約付属書)1条によれば、民兵や義勇兵にも適用される交戦者の定義として、(1)部下の責任を負う指揮官の存在、(2)遠方から識別可能な固有の徽章の着用、(3)公然の武器の携帯、(4)動作における戦争法規の遵守が条件とされている。つまり、他国との戦闘を行うに際しては、国際的にそうした条件が存在しているのである。

 また、「自衛隊法」76条に定める 防衛出動は「我が国を防衛するため必要があると認める場合」に行われるとされ、「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」22条では、国家の対処が必要な緊急対処事態を「武力攻撃の手段に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」と規定している。

 つまり、日本に来航した者が公然と武装し、大量殺傷を行うことが予測される集団だとすれば、彼らはそもそも難民ではなく交戦者となる。また、難民に紛れて戦闘員あるいは工作員であることを隠匿している場合、武器も軽装備あるいは不所持であり、人数も限られていることが予想され、その場で大量殺傷行為が行われる可能性は極めて低いことから、軍隊の動員は最終手段であり、国境警備や事後の監視・調査で対応するのが通常の行程であろう。そして、麻生副総理は北朝鮮からの難民について語る前に、シリアやイラクから難民が大量に発生した事例を挙げていたが、彼らの中で武装した者は皆無であったことも注記しておきたい。

難民政策の根本を揺るがす麻生発言

 確かに、出稼ぎのために不法入国した者が難民申請を行う、あるいはシリア難民の中に「イスラム国」の関係者が紛れ、難民として受け入れられた先でテロを起こすといった偽装は存在する。しかし、そうした存在が報道された場合、大変人目を引くものの、その情報に触れた際には難民の大多数は生活を脅かされた人々であるという事実を思い返さなければならない。残念なことに、我々が生きている社会は一部の過激な行動を基に、集団全体を色眼鏡で見るようなステレオタイプに陥りやすい。中でも麻生副総理の難民についての発言は、そうした要素や偏見が多分に含まれている。

 そして、難民の送り出し国の情勢が危機的な状況にあった場合、テロを起こす勢力(例えば、「イスラム国」)が何万人あるいは何千人単位で貴重な戦力となり得る人々を国外に出すことは、現実的にあり得ない。つまり、難民が大量に発生したならば、イレギュラーの存在はごく僅かであり、その人々のために大半の難民が助けを求めた当該国から暴力的に上陸を拒否される事態は、彼らが国内で経験した悲劇に輪をかけるものとなってしまう。

 そもそも難民に対する国際社会のあるべき姿勢は、難民条約前文の「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる可能性のあること並びに国際的な広がり及び国際的な性格を有すると国際連合が認める問題についての満足すべき解決は国際協力なしには得ることができないことを考慮し、すべての国が、難民問題の社会的及び人道的性格を認識して、この問題が国家間の緊張の原因となることを防止するため可能なすべての措置をとることを希望」するとの文言に良く表れている。

 生活が成り立たない難民に対しては、国際社会が全体として救済に努め、緊張の緩和に貢献するというのが、あるべき姿勢となる。このところ、日本では「国際貢献」という言葉が語られる時、軍事的な貢献が注視されることが多いものの、社会的な弱者の側に置かれてしまった難民に対する救済は国際法で明確に定められた国際貢献との認識を持つことが必要である。

 しかしながら、日本は欧米諸国の何百分の一程度の数しか難民を受け入れていない。そうした国の元首相であり現職の副総理が、助けを求めて必死で海を渡った大多数の難民に対して銃口を向ける可能性を述べたのである。それは国際的な協調体制を拒否し、緊張を高める行為に当たる。換言すれば、麻生副総理の発言は国際的な難民政策の根本を主要な先進国のリーダーの一人が揺るがしたものなのである。

北朝鮮難民という特殊性

 その上で、麻生副総理が言及した北朝鮮からの難民という事態について、検討を加えたい。以前の論考(「金正男氏暗殺で、北朝鮮を崩壊させてもいいのか――日本と韓国がとるべき方針とは?」WEBRONZA)でも北朝鮮からの難民については言及してきたが、 ・・・続きを読む
(残り:約2428文字/本文:約4974文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

金恵京

金恵京(きむ・へぎょん) 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

国際法学者。日本大学危機管理学部准教授、早稲田大学博士(国際関係学専攻)。1975年ソウル生まれ。幼い頃より日本への関心が強く、1996年に明治大学法学部入学。2000年に卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に入学、博士後期課程で国際法によるテロリズム規制を研究。2005年、アメリカに渡り、ローファームMorrison & Foester勤務を経て、ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学東アジア学部客員教授を歴任。2012年より日本に戻り、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て現在に至る。著書に、『テロ防止策の研究――国際法の現状及び将来への提言』(早稲田大学出版部、2011)、『涙と花札――韓流と日流のあいだで』(新潮社、2012)、『風に舞う一葉――身近な日韓友好のすすめ』(第三文明社、2015)、『柔らかな海峡――日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル、2015)、最新刊に『無差別テロ――国際社会はどう対処すればよいか』(岩波書店、2016)。

金恵京の新着記事

もっと見る