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北朝鮮問題は総選挙の争点か?

安全保障上の判断と政権選択とは区別するのが本筋。望ましくない安保の根幹めぐる対立

中西寛 京都大学公共政策大学院長

緊張状態の際の総選挙は是か非か

北朝鮮によるミサイル発射のニュースを伝える街頭の大型ビジョン=9月15日、東京都千代田区拡大北朝鮮によるミサイル発射のニュースを伝える街頭の大型ビジョン=9月15日、東京都千代田区

 9月25日、解散の意志を表明した記者会見の中で、安倍晋三首相は今回の解散を「国難突破解散」と名づけた。首相によれば、国難とは少子高齢化と北朝鮮問題をさす。

 急に生じた事態でもない少子高齢化を国難と呼ぶことには違和感が強いが、核実験及びミサイル発射を加速する北朝鮮をめぐり、国際的緊張が高まっていることは間違いなく、「国難」といった時代がかった表現が適切かどうかはともかく、安全保障上の重大事態であることは確かである。

 この「国難」に立ち向かうべく、国民の信認と結束を得るために解散する、というのが首相の主張だ。しかし、これに対しては、緊張状態の際に衆議院を解散し、選挙を行うことへの批判もある。本稿では、こうした議論の是非について、いくつかの観点から論じてみたい。

一般論としては危機管理体制にはマイナス

 まず、「国難」と判断される時期に衆議院を解散し総選挙を行うことは、どの程度、正当化されうるだろうか。

 一般論として、国会を閉会して行われる解散・総選挙は、国民や政治家の関心を内政問題に向かわせ、国際的な危機管理体制にとっては、マイナスの影響をもつと考えられる。実際、10月1日に安倍首相が京都で開かれた国際会議に出席中、菅義偉官房長官も選挙応援のため北海道に出掛けたため、政府の危機管理の責任者である首相と長官が同時に東京を離れる「空白の時間」が4時間ほどあった、と報じられている。

 もちろん、政府は「危機管理上の対応はとられている」と説明しているが、危機管理上の体制が弱まったことは確かである。くわえて、選挙期間中はメディアの政治報道はどうしても選挙が中心となり、国際的な動きへの注意が低下することも否めない。

早期解散の判断には合理性

 とはいえ、現行憲法には、国際的な緊張が高まる状況下であっても議員任期を延長する規定はないから、2018年12月の任期満了日まで30日以内のいずれかの時期に、衆院選が行われる必要はあった。その期間中では、早い時期のほうが相対的にリスクは低いという判断には、一定の正当性があったと考えられる。

 アメリカと北朝鮮の武力衝突が起きるには、①北朝鮮による意図的な米国、ないし同盟国への攻撃②アメリカによる意図的な北朝鮮への攻撃③錯誤ないし偶発的要因による意図せざる開戦――の3通りがあると考えられる。

 このうち、①および③は北朝鮮の意図、ないし行為が関係しており、いつ起きるかは分からない。ただし、北朝鮮への国連安保理の制裁決議の効果が徐々に表れ、北朝鮮が追い詰められていくことを考えれば、将来のほうがそのリスクが高まると考えることができる。

 一方、②については、トランプ米大統領が11月に東アジアを歴訪し、日本、韓国、中国で首脳会談を予定していることを考えれば、それまでにアメリカから攻撃を仕掛けることは考えにくい。従って、それより後の時期、たとえば今年の年末や来年以降に解散ないし任期満了選挙を行うよりは、早い段階での総選挙のほうが、リスクは相対的に低いであろう。

衆院解散時でも危機対応は可能

 衆院が解散されたときの危機管理にも、一応の制度的な対応が存在する。憲法54条の規定により、衆議院解散時には参議院も閉会となるが、「内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」と定められており、立法や予算措置を行うことは可能である。

 さらに、自衛隊法や武力攻撃事態対処法においては、防衛出動の要件として国会の承認が必要だと定められているが、衆議院の解散中は「緊急集会」で対応するとの明文の規定があり、有事に対する対応は準備されている。また、万が一、選挙投票日に緊急事態が生じた場合には、公職選挙法57条にある「天災その他避けることのできない事故により投票を行うことができないとき」に準じて、投票日を延期することができよう。

対外的緊張を使った権力強化は問題

 このように考えると、安倍首相が北朝鮮情勢の今後の推移を考慮に入れて、いまこのタイミングで解散・総選挙を断行することには、一定の合理性があるだろう。

 ただし首相は記者会見において、「民主主義の原点でもある選挙が、北朝鮮の脅かしによって左右されるようなことがあってはなりません」とも述べている。今回の総選挙が、日本の民主主義の強固さを示す機会であることを強調しているわけだが、この論理からすると、現政権が他の選択肢よりも北朝鮮問題で効果的に対処できると訴えることには、いささか問題がある。対外的緊張を根拠に権力を強化しようとするのは、非民主的な体制がとる常套(じょうとう)手段だからである。

 日本の民主主義の強固さを示すという観点からは、現首相は、選挙の結果、誰が首相となっても、万全の安全保障体制を確立していると主張し、有権者に対して安全保障上の判断と政権選択とを区分するよう求めることが本筋とも考えられる。

安保法制や日米同盟強化を問い直す機会

 ただしその場合には、日本の安全保障体制について、国内に根幹的な部分での対立があることは望ましくない。解散によって、安保法制や憲法をめぐる対立の解消を図るという考え方はありうる。実際、解散にあたって首相が述べた発言からは、9月20日に国連総会で訴えた北朝鮮への圧力重視政策への支持を確認するために解散するという趣旨であったと理解できる。

 首相は国際社会に向けて、「対話とは北朝鮮にとって、我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった。対話による問題解決の試みは一再ならず、無に帰した。なんの成算があって我々は三度、同じ過ちを繰り返そうというのか。必要なのは対話ではなく圧力だ」と訴え、トランプ米大統領とともに現時点での対話を否定し、国際的な圧力網を強化する方針を示したのである。

 この文脈からすると、今回の総選挙は、集団的自衛権の部分的行使を法制化した2015年の安保関連法制やそれが基づく日米同盟の強化が、国民に受容されているか否かを問う意味をもつだろう。 ・・・続きを読む
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筆者

中西寛

中西寛(なかにし・ひろし) 京都大学公共政策大学院長

1962年生まれ。京都大学法学部卒。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。京都大学助教授、同大学大学院教授などを経て2016年から現職。専門は国際政治学 。著書に『国際政治とは何か』(中央公論新社)、『歴史の桎梏を超えて』(共編著、千倉書房)、『「新しい安全保障」論の視座』(共著、亜紀書房)など。